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昭和に逆行した俺、バブル前に仕込んで億万長者になる  作者: 柿の木


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第17話:使う金と残す金

三度目の掲載通知が届いたのは、梅雨の気配が少しずつ濃くなり始めた頃だった。


学校から帰ると、居間の卓袱台の上に封筒が置いてあった。

見慣れた出版社の名前。

母がそれに気づいて、少し弾んだ声で言う。


「また来てたわよ」


恒一は「うん」とだけ答え、封筒を手に取った。


重さは、前回とそう変わらない。

だが中身を開くまでの感覚は、最初の頃より少し変わっていた。


一回目は恐る恐るだった。

二回目は期待半分、不安半分。

そして今回は、不思議と落ち着いている。


もちろん、通っていれば嬉しい。

落ちていれば悔しい。

その感情はある。

けれど、それ以上に「どう評価されたかを知りたい」という気持ちが強かった。


部屋に戻って封を切る。


掲載の知らせ。

短いコメント。

そして、小さな謝礼。


「……よし」


自然と息が抜けた。


三回目。

ここまでくると、さすがに偶然では片づけられない。

編集部の中に、自分の投稿が「継続して読む価値のあるもの」として認識され始めている。

そう考えてよさそうだった。


謝礼の額を見つめる。


大きくはない。

前世の感覚でいえば、本当に小さい。

だが今の恒一には、その数字以上の意味があった。


書いて、通って、金になる。


この流れが繰り返せるなら、それはもう立派な収入源の芽だ。


「どうするかな」


恒一は畳の上に胡坐をかき、封筒と缶を前にして考え込んだ。


今までは、謝礼を缶に入れて終わりだった。

それでよかった。

まずは“自分の金”を持つ感覚が大事だったからだ。


だが、少しずつ額が増えてくると、次の問題が出てくる。


この金をどう扱うか。


前世の自分は、金の扱いが下手だった。

それはもう、認めるしかない。

節約する時は変に締めすぎるくせに、何かの拍子に気が大きくなって無駄なものに使う。

増やそうとする時も、根拠ではなく焦りで動く。

結果、金に振り回される側の人間だった。


だから今度は、その逆をやる。


金を感情で扱わない。

役割で分ける。


恒一はノートを開き、ページの上に三つの項目を書いた。


「使う金」

「残す金」

「増やすための金」


書いてから、しばらくその文字を見つめる。


まだ今の額では、“増やすための金”といっても大したことはできない。

株も土地も買えない。

まとまった投資など話にならない。


だが、だからこそ今のうちに癖を作るべきなのだ。


たとえば、投稿に必要な封筒、便箋、切手、雑誌代。

それは「使う金」だ。

単なる消費ではない。

収入を生むための支出だ。


一方で、全部を使ってしまっては意味がない。

どれだけ少額でも、“残す金”を決めておくことで、種銭の芯を作る。


そして、まだ先ではあるが、“増やすための金”を意識して取っておく。

今は使い道がなくても、その箱を頭の中に作っておくことに意味がある。


「……これだな」


前世なら、こんな小さな額を分けたところで意味がないと鼻で笑っていたかもしれない。

だが、実際は逆だ。


額が小さいうちにできないことは、額が大きくなってもできない。


金が増えれば増えるほど、人は雑になる。

だからこそ、雑にならない習慣は小さいうちに作るべきなのだ。


居間に出ると、母が夕食の味噌汁をよそっていた。


「どうだった?」


「載った」


「ほんと? 三回目?」


「うん」


母は素直に喜んだ。


「すごいじゃない。もう、ちゃんと書く人ねえ」


“書く人”。


その言い方が妙にくすぐったかった。


作家というほどではない。

記事の依頼を受けるような立場でもない。

まだ投稿者の一人にすぎない。


それでも、“たまたま一回載った子供”ではなく、“継続して書いている人”として見られ始めている。

その変化は、自分の中でも確かに感じていた。


食卓で父が言う。


「金ももらったのか?」


「少しだけ」


「じゃあ、ちゃんと使い道考えろよ」


「考えてる」


「ほう」


父はそこで少しだけ笑った。


「金ってのは、持った時より、どう使うかで人間がわかるからな」


その言葉は、思っていた以上に重く残った。


どう使うかで人間がわかる。


まさに今、自分が向き合っていることそのものだった。


食後、恒一は缶を開き、謝礼を三つに分けた。


封筒や切手に使う分。

手をつけない分。

そして、“いつか動かす分”。


額は小さい。

笑ってしまうほど小さい。

だが分けてみると、不思議とその金がただの硬貨や紙切れではなく、“役割を持った道具”に見えてきた。


前世では、給料日は嬉しかった。

だが、その嬉しさは数日で消えた。

結局、どこに消えたのかわからなくなる金も多かった。


今は違う。


一円一円に意味がある。

いや、意味を持たせている。


その違いが、何より大きかった。


寝る前、恒一は押し入れの缶を見つめながら考えた。


投稿で得る金は、たぶんこれからもしばらく大した額にはならない。

それは現実だ。

でも、ここで学んでいるのは金額ではない。


金の扱い方。

増やす前の準備。

焦らず積み上げる感覚。


どれも、あとで大きな金を動かす時にきっと必要になる。


「無駄じゃない」


小さく呟く。


むしろ、今ここでしか学べないことだ。


十歳の体で、少額の金を、自分の力で生み出し、自分の頭で分ける。

そんな経験は、前世ではどこにもなかった。


だからこそ、この時間は大事にするべきなのだろう。

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