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第124話:街が違っても、止まる場所は同じだった

朝。


いつも通りの空気。


畳の匂い。

台所から味噌汁の湯気。

焼ける鮭の音。


窓の外では商店街のシャッターが順番に開いていく。


昭和の朝。


何も変わらない。


だが恒一の頭の中だけは、もう別の街へ向かっていた。


第二の地方都市。


隣県。


駅前衰退。


人流減少。


全部、前の街と似ている。


(見る前から分かる部分もあるな)


人が止まらない街は、崩れる。


それだけだ。


「恒一、最近ほんと遠く行くわね」


母が笑う。


「見る場所増えたから」


短く返す。


新聞を開く。


地方欄。


再開発。

地価上昇。

郊外型店舗。


全部繋がる。


(流れは同じだ)


地方都市は違って見えても、崩れ方は似る。


だから戻し方も読める。


学校へ向かう。


通学路。


乾物屋。

薬屋。

文房具屋。


どこも普通。


だが流れが変われば価値も変わる。


それをもう知っている。


教室。


「おはよう」


「おはよう」


席に座る。


ノートを開く。


書く。


・第二都市(視察)

・銀行競争(加速)

・再開発(拡大)


その下。


・共通点


(ここだ)


授業が始まる。


黒板を書きながら、頭の中では別の駅前を想像している。


入口。

改札。

駐車場。

視線。


全部繋がる。


昼休み。


教室ではまた駅前の話。


「最近ほんと不動産屋増えたな」


「うちの親父、“今買っとけ”って言われたらしい」


(広がってる)


価値が見え始めた。


だから群がる。


だが、本当に強いのはその前に動くこと。


放課後。


今日は別の路線へ乗る。


隣県。


窓の外を見る。


古い住宅地。

低い建物。

少し寂れた商店街。


(似てるな)


地方都市特有の空気。


一時間ほどで着く。


駅に降りる。


(……やっぱりか)


すぐ分かった。


止まっている。


改札を出る。


人はいる。


だが流れない。


駅前広場が広すぎる。


店が遠い。


視線が分散している。


「こちらです!」


商工会の男が慌てて走ってくる。


かなり緊張している。


「遠い中ありがとうございます!」


「見るだけ」


短く返す。


駅前を歩く。


古いアーケード。


閉まった店。


シャッター。


前の街と似ている。


だが決定的に違う。


(入口が弱い)


人が止まる理由がない。


「最近ほんと人減ってて……」


男が言う。


「昔はもっと賑わってたんです」


(当然だ)


地方都市は同じ流れで崩れる。


郊外化。


大型店。


車社会。


だから――。


入口を作り直す。


それだけ。


「ここ」


恒一が指差す。


駅から商店街へ入る角。


古い喫茶店。


「ここ止まってる」


男が止まる。


「え?」


「入口弱い」


それだけ。


周囲を見る。


駅前広場。


無駄に広い。


視線が散る。


歩道も流れが悪い。


(前の街と同じだ)


止まる場所がない。


「人、抜けてる」


短く言う。


「スーパー側へ」


男が驚いた顔をする。


「……なんで分かるんです?」


(見れば分かる)


人の流れ。


それだけ。


「止まらないから」


短く返す。


その時。


後ろから声。


「君か」


振り返る。


スーツ姿。


銀行。


しかも一人じゃない。


(……こっちもか)


地方銀行。

都市銀行。


両方いる。


完全に囲い込みが始まっている。


「話は聞いてる」


年配の男が言う。


「駅前を動かしたって」


「少し」


短く返す。


男たちは駅前を見る。


閉じた店。


人の流れ。


そして恒一。


全部見ている。


「率直に言う」


別銀行の男が言う。


「うちとも組んでほしい」


(早いな)


だが当然。


流れを作る側に、金は集まる。


「条件」


短く返す。


男が即答する。


「土地案件優先」


「融資枠拡大」


「情報共有」


一拍。


「かなり自由に動けます」


(完全に競争だな)


横で別銀行が嫌そうな顔をする。


「うちはもっと出せます」


(始まった)


銀行同士の囲い込み。


商工会の男が少し引いている。


当然だ。


普通、小学生相手に銀行が競争しない。


だが今は違う。


「君」


年配の銀行マンが言う。


「この街、戻せると思うか?」


(戻せる)


「入口次第」


短く返す。


「あと駐車場」


「導線」


それだけ。


男が止まる。


「……前の街と同じことを言うな」


(同じだからだ)


地方都市は、止まる場所が似ている。


崩れ方も。


戻し方も。


「街違っても同じ」


短く返す。


「人は楽な方流れる」


それだけ。


沈黙。


商工会の男が駅前を見る。


銀行マンたちも見る。


少しずつ理解し始めている。


“街”ではなく、“流れ”を見ていると。


夕方。


駅前を歩く。


閉じた店。


広すぎる広場。


止まらない人流。


だが――。


(変えられるな)


前の街で見た。


入口を変える。


流れを変える。


すると全部動く。


「君」


銀行マンが低い声で言う。


「本当に小学生か?」


(まあ違うな)


そう思う。


だが言わない。


「見る場所違うだけ」


短く返す。


夜。


家に帰る。


机に向かう。


ノートを開く。


書く。


・第二都市(視察完了)

・入口弱い

・導線分散

・銀行競争(激化)


その下。


・地方共通構造


(いいな)


街が違っても、止まる場所は同じ。


だから読める。


だから先回りできる。


「……面白いな」


小さく呟く。


未来では、もっと地方が崩れる。


シャッター街。


郊外化。


人口流出。


全部知っている。


だから先に動く。


流れを読む。


価値を読む。


そして押さえる。


静かに。


確実に。


誰より早く。


布団に入る。


目を閉じる。


二つの地方都市が浮かぶ。


一つは、動き始めた街。


もう一つは、止まりかけている街。


だが共通している。


止まる場所。


流れる場所。


人の動き。


全部。


その中心を、小学生の恒一だけが見抜いていた。


流れはさらに広がる。


もう一つの街も、動き始めようとしていた。

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