表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/145

第117話:まだ安い。でも、もう遅い人もいる

朝。いつも通りの空気、畳の匂い、台所から味噌汁の湯気と焼き海苔の香り、窓の外では商店街のシャッターが順番に開いていく、変わらない昭和の朝、だが頭の中だけは完全に別の場所を見ている、地方都市の駅前、入口店舗、人が止まり始めた流れ、その変化が昨日よりさらに強くなっているのを感じていた。


「恒一、最近新聞の見方がお父さんみたいよ」


母が笑いながら言う。


「そう?」


新聞をめくる。


地方欄。


再開発。


商店街。


道路。


駅前。


全部繋がって見える。


(始まってるな)


まだ小さい。


だが流れはもう戻り始めている。


「今日も行くの?」


「うん」


短く返す。


「飽きないわね」


(今が一番面白い)


そう思う。


だが口には出さない。


学校へ向かう。


通学路。


乾物屋。


薬屋。


自転車屋。


全部普通に見える。


だが“流れ”が変われば価値も変わる。


それを知っている。


教室に入る。


「おはよう」


「おはよう」


席に座る。


ノートを開く。


書く。


・入口店舗(本日)

・人流(増加)

・地価(反応開始)


その下に。


・周辺変化


(ここからだ)


授業は流れる。


黒板を書きながら頭の中では駅前の動きを整理している。


入口。


停止位置。


視線。


滞在時間。


全部繋がる。


放課後。


電車に乗る。


地方都市へ向かう。


窓の外を見る。


昭和の地方都市。


まだ古い。


まだ遅い。


だから先に動ける。


駅に着く。


改札を出た瞬間。


(……増えたな)


昨日より明らかに人がいる。


入口店舗の前。


数人並んでいる。


まだ正式オープン直後。


それでも止まっている。


「来ました!」


商店会の男が少し興奮した顔で走ってくる。


「昼、かなり入りました!」


(当然だ)


入口だから。


駅から見える。


入りやすい。


安い。


流れが止まる条件が揃っている。


入口店舗を見る。


“500円定食”

“大盛り無料”


看板はそのまま。


だが今日は違う。


人が見ている。


止まる。


入る。


さらに周囲も見始める。


(流れてる)


それだけで十分だった。


「隣の雑貨屋、営業時間伸ばしました」


男が言う。


「あと乾物屋も表に商品出してます」


(来たな)


連鎖。


一つ流れると周りも動く。


その時。


「坊主」


不動産屋が早足で来る。


顔が昨日と違う。


少し焦っている。


「土地、動き始めた」


(早いな)


「どこ」


短く聞く。


「駅前の空き地」


一拍。


「問い合わせ増えてる」


(当然だ)


人が戻れば価値も戻る。


「あと」


不動産屋が続ける。


「昨日まで売れ残ってた店舗、今日二件見学入った」


(始まった)


まだ小さい。


だがもう止まらない。


「坊主」


不動産屋が低い声で言う。


「お前、どこまで見えてた?」


(未来だ)


だが言わない。


「流れ」


短く返す。


それだけ。


不動産屋が苦笑する。


「ほんと意味分からんな」


だが目は笑っていない。


少し本気になっている。


その時。


銀行の男が来る。


支店長代理。


駅前を見回し、少し止まる。


「……一週間で空気変えたのか」


(まだ入口だ)


「少し」


短く返す。


男が入口店舗を見る。


並んでいる客。


周囲を歩く人。


開き始めた店。


全部見ている。


「地価、もう動いてる」


低く言う。


「まだ表には出てないが、不動産側は気づき始めてる」


(当然だ)


「まだ安い」


恒一が言う。


銀行の男がこちらを見る。


「……まだ買う気か?」


「今しかない」


それだけ。


沈黙。


男が息を吐く。


「普通は、人が増えてから買う」


(遅い)


「その時は高い」


短く返す。


男が少し笑う。


「やっぱり見る場所が違うな」


(そうだな)


もう店だけでは見ていない。


街。


土地。


流れ。


そこを見ている。


夕方。


駅前を歩く。


昨日まで閉じていた雑貨屋。


今日は外に商品が出ている。


乾物屋は照明を明るくしている。


さらに少し離れた空き店舗。


中を見ている人間がいる。


(変わったな)


空気が。


街の。


止まっていたものが少しずつ動いている。


入口一つ。


それだけで。


「最近、人増えたな」


通りすがりの男が言う。


「駅前、前より明るい」


別の人間も言う。


(来た)


周囲が認識し始めた。


“変化”を。


夜。


家に帰る。


机に向かう。


ノートを開く。


書く。


・入口店舗(成功)

・人流(増加)

・地価(反応加速)


その下に。


・駅前(再生開始)


(いいな)


流れが戻る。


すると価値が上がる。


土地。


店。


街。


全部。


未来では当たり前になる。


だが今はまだ誰も理解していない。


だから強い。


だから取れる。


「……面白いな」


小さく呟く。


まだ入口。


まだ序盤。


だがもう“変化”は始まった。


布団に入る。


目を閉じる。


地方都市の駅前が浮かぶ。


止まっていた通り。


閉じた店。


だが今は違う。


人が止まり。


人が歩き。


人が集まり始めている。


(もう戻らないな)


そう思う。


一度流れが戻れば、街は変わる。


そして価値も変わる。


その変化を、誰より早く掴んでいる。


もう止まらない。


その段階に、完全に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ