プロローグ:終電の夜に
私は2000年生まれでバブル時代を経験した事ないから憧れます
「高瀬ぇ、お前さあ――やる気あんの?」
低い声が、フロアに響いた。
オフィスには、まだ蛍光灯の白い光が残っている。
時計は、すでに22時を回っていた。
立ったまま頭を下げているのは、高瀬 恒一。
その目の前で腕を組んでいるのは、課長の三浦だ。
「この資料、何回目の差し戻しか分かってる?」
「……三回目です」
「違うな。四回目だ」
ピシャリと言い切られる。
「数字の整合性、甘い。ロジックも雑。で?」
三浦は資料をペラペラとめくり、わざとらしくため息をついた。
「“頑張りました”ってか?」
周囲の視線が、じわじわと集まってくる。
誰も助けない。
助ける理由もない。
「……すみません」
それしか言えない。
言い返す気力も、根拠もなかった。
「すみませんじゃねえんだよ」
机に資料が叩きつけられる。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
「結果出せって言ってんの。お前もう35だろ?」
その言葉が、妙に刺さる。
「新人じゃねえんだよ。いつまで“教えてもらう側”でいるつもりだ?」
笑いが、どこかから漏れた気がした。
気のせいかもしれない。
でも、そう思ってしまうくらいには、居場所がなかった。
「……明日までに全部やり直せ」
「はい……」
「“はい”じゃねえんだよ。できんのかって聞いてんだ」
一瞬、言葉が詰まる。
できる保証なんて、どこにもない。
でも――
「……やります」
そう言うしかなかった。
「チッ……まあいい。帰るなよ」
それだけ言って、三浦は背を向けた。
デスクに戻ると、誰も目を合わせてこない。
キーボードを叩く音だけが、やけに大きく聞こえる。
画面に映る数字が、頭に入ってこない。
何度見ても、同じミスを繰り返している気がする。
「……なんだよ、これ」
小さく呟く。
自分の仕事なのに、自分のものじゃないみたいだった。
気づけば、終電ギリギリだった。
慌てて会社を出て、駅へ向かう。
スーツは皺だらけで、靴も少し擦り減っている。
「……こんなはずじゃなかったんだけどな」
誰に言うでもなく、呟いた。
終電の車内は、妙に静かだった。
吊り革に掴まったまま、高瀬 恒一はぼんやりと窓の外を見ていた。
ガラスに映る自分の顔は、思っていたよりも老けて見える。
「……35歳、か」
口に出してみると、妙に軽かった。
その数字の中身は、何もなかったのに。
⸻
スマートフォンの画面には、ニュース記事。
「バブル崩壊から30年、日本経済はいまだ回復せず」
⸻
鼻で笑う気力もない。
「あの時代に生まれてりゃな……」
つい、そんな言葉が漏れる。
努力が足りなかったのかもしれない。
運が悪かったのかもしれない。
でも――
「どうしようもなかっただろ、これは」
ブラック企業にすり潰され、投資で失敗し、気づけば貯金はほぼゼロ。
やり直しなんて、もうできない。
電車が駅に滑り込む。
ドアが開く音。
人が流れ出る。
その流れに身を任せながら、恒一はふと思う。
「もし、やり直せるなら」
ありえない仮定。
くだらない妄想。
けれどその瞬間――
世界が、わずかに歪んだ。
足元がぐらりと揺れる。
視界が白く滲む。
「……は?」
次の瞬間、強烈な耳鳴り。
遠くで誰かの声がする。
だが意味はわからない。
意識が沈んでいく。
まるで、水の底へ引きずり込まれるように。
⸻
最後に見えたのは、
スマートフォンの画面に映る日付。
2026年、4月。
⸻
そして――
すべてが、途切れた。
次に目を覚ましたとき、
そこはもう、
彼の知っている世界ではなかった。
今まで読み専だったけどこんなストリートをもっと読みたいと思ったけどないから書いてみました
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