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婚約破棄されたので復讐しますが、隣国王子の溺愛が想定外すぎて計画が崩壊しそうです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

「リシェル・フォン・アルヴィス。貴様との婚約は、ここに破棄する」

 王宮の大広間に、冷たい声が響いた。

 私はゆっくりと顔を上げる。そこには、かつて婚約者だった男――第一王子レオナルト。そして、その腕に絡みつく女。

 ……ああ、なるほど。

「理由を、お聞きしても?」

 静かに問い返すと、王子は鼻で笑った。

「貴様は冷たすぎる。女らしさがない。俺は――彼女、エミリアを愛している」

 名を呼ばれた女は、勝ち誇ったように微笑んだ。

「ごめんなさいね、リシェル様。でも愛は止められないものですの」

 ……滑稽だ。

 愛? 違うでしょう。

 ただの不倫だ。

 私は知っている。この二人が、半年以上も前から密かに関係を持っていたことを。

 そして、それを隠すために――私を悪者に仕立て上げたことも。

「……そうですか」

 私は小さく息を吐く。

 怒りは、ない。

 ただ、冷たい何かが胸の奥に沈んでいく。

「では、婚約破棄、謹んでお受けいたします」

 周囲がざわつく。

 泣き叫ぶでもなく、取り乱すでもない私に、王子は一瞬だけ不快そうな顔をした。

「……あっさりだな」

「ええ。不要な縁は、切るに限りますから」

 その一言で、空気が凍りついた。

 エミリアの顔が歪む。

「な、何ですのその態度!」

「事実を述べただけですわ」

 私は微笑む。

 それはきっと――これまで見せたことのない表情だっただろう。

「ですが、一つだけ」

「何だ」

「本当に、それでよろしいのですね?」

 意味ありげに問うと、王子は苛立たしげに吐き捨てた。

「当然だ! 二度と顔を見せるな!」

 ――ああ、決まった。

 その瞬間、私の中で何かが完全に切り替わった。

「承知いたしました」

 優雅に一礼する。

 そして、私はその場を去った。

 ……復讐のために。

 数日後。

「――というわけで、私は国を出ます」

 そう告げた相手は、隣国の王子だった。

「面白いな」

 金色の瞳が細められる。

 彼の名は、アレス・ヴァルディア。冷徹と噂される隣国の王子。

 ……のはずなのだけれど。

「君、ずいぶん楽しそうに復讐を語るね」

「楽しそう、ですか?」

「うん。いい顔してる」

 さらりと言われて、少しだけ言葉に詰まる。

 この男、距離感がおかしい。

「それで、協力してくださるのですか?」

「もちろん。その代わり――」

 アレスは、私の顎に指をかけて軽く持ち上げた。

「君は、俺のものになれ」

「……は?」

「形式だけでいい。偽の婚約だ」

 ……意味が分からない。

「メリットは?」

「復讐がやりやすくなる。それに――」

 彼は楽しそうに笑った。

「俺が君を守れる」

 その言葉に、ほんの一瞬だけ胸が揺れる。

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。

「……いいでしょう。乗ります」

「交渉成立だ」

 こうして私は、隣国の王子と手を組んだ。

 復讐は、静かに進んだ。

 まず、王子とエミリアの不倫の証拠を洗い出す。

 次に、彼らの裏取引――金銭の不正や、貴族への圧力を暴く。

 そして、決定的な一手。

 ――公開の場で、全てを晒す。

「な、何だこれは!?」

 王宮での再会。

 狼狽える元婚約者に、私は微笑む。

「貴方がしてきたことの、ほんの一部ですわ」

 証拠が並べられる。

 ざわめきが広がる。

 エミリアの顔が青ざめていく。

「ち、違う! これは罠よ!」

「罠?」

 私は首を傾げる。

「では、この手紙も偽物だと?」

 読み上げる。

 愛の言葉と、不正の相談。

 全て、彼女の筆跡。

「……ああ、終わりですわね」

 ぽつりと呟くと、エミリアは崩れ落ちた。

 王子もまた、顔面蒼白だった。

「リシェル……なぜ、ここまで……」

「簡単です」

 私は一歩、近づく。

「裏切られたからですわ」

 その一言で、全てが決した。

 数日後。

 王子とエミリアは失脚。

 爵位剥奪と幽閉。

 ――完全な終わり。

「見事だったな」

 隣でアレスが笑う。

「これで満足か?」

「ええ。十分です」

 私は頷く。

 復讐は終わった。

 ……のに。

「じゃあ次は結婚だな」

「は?」

「約束だろ?」

「偽装では?」

「途中で本気になった」

 即答だった。

 ……この人、本当に何なの。

「断ったら?」

「逃がさない」

 にっこり笑う。

 怖い。

「……強引ですね」

「溺愛ってやつだ」

 さらっと言われて、思わずため息が出た。

 でも。

 悪くない、と思ってしまう自分がいる。

「……仕方ありませんわね」

「お、いいのか?」

「ただし条件があります」

「何でも聞こう」

「一生、私に尽くすこと」

 言い切ると、アレスは楽しそうに笑った。

「望むところだ」

 その手を取る。

 ――これは復讐の終わりで。

 そして、新しい物語の始まり。

 少しだけ騒がしくて、やたらと甘い――そんな未来の。

 幕開けだった。



◆ ◆ ◆ ◆



「というわけで、今日から同居だな」

「待ちなさい、話を飛ばさないでください」

 朝。

 私の寝室に当然のように座って紅茶を飲んでいる男――アレス。

 いや、なぜいるの。

「鍵は?」

「作った」

「犯罪ですわよ!?」

「愛だ」

「免罪符みたいに言わないでください!!」

 朝から頭が痛い。

 復讐を完璧に遂行したはずなのに、どうしてこうなった。

「それよりリシェル、今日の予定は?」

「王妃教育です」

「じゃあ俺も行く」

「来ないでください」

「夫婦だろ?」

「まだです!!」

 テンポがおかしい。

 いやこの人が全部おかしい。

 ――王妃教育室。

「本日は王妃としての立ち振る舞いを――」

 講師が話し始めた瞬間。

 ドアが勢いよく開いた。

「見学に来た」

「来るなって言ったでしょうが!!」

 当然のように入ってくるアレス。

 講師が固まる。

 他の令嬢たちも固まる。

 空気が死ぬ。

「えーと……どなたでしょうか……」

「夫です」

「違います!!」

 即否定。

「まだ婚約段階です!」

「細かいな」

「細かくありません!!人生です!!」

 私のツッコミが止まらない。

「では、リシェル様。優雅な一礼を――」

 指示され、私は一歩前に出る。

 完璧な姿勢で礼をする。

 ――はずだった。

「可愛い」

「集中させてください!!」

 背後からアレスの声。

 そのせいで一瞬崩れる。

 講師が震える。

「も、もう一度……」

「最高だな」

「だから黙っててください!!」

 ……何この地獄。

 休憩時間。

 私は机に突っ伏した。

「……疲れました」

「頑張ってたな」

「原因は貴方です」

「愛だ」

「だから免罪符にするなと言ってるでしょう!!」

 同じ流れ三回目。

 成長しない男。

 いや悪化している。

「ところで」

「まだ何か?」

「次は結婚式だな」

「話が早すぎます!!」

「準備は進めてある」

「勝手に!?」

「国を挙げて祝う」

「やめてください!!規模がでかい!!」

 もうツッコミが追いつかない。

 数日後。

「……何ですのこれ」

 目の前に広がるのは、豪華すぎるドレスの山。

「全部リシェルのだ」

「多すぎます!!」

「毎日着替えればいい」

「私は人形じゃありません!!」

 どれも最高級。

 布地も装飾も、異常なレベル。

「これ一着で屋敷買えますわよね?」

「たぶん」

「たぶんで流すな!!」

 さらに。

「こちらは王都全域を使った結婚式の設計図です」

「やめなさい!!」

 設計士が持ってきた図面を即座に止める。

「城から港まで花道を敷く予定で」

「国を巻き込むな!!」

「祝砲は百発ほど」

「戦争ですか!?」

 隣でアレスが満足げに頷いている。

「いいな」

「よくないです!!」

「……はぁ」

 私は深く息を吐く。

 もう怒る気力もない。

「なあ、リシェル」

「何ですか……」

 ふと、アレスの声が少しだけ静かになる。

「嫌か?」

「……何がです?」

「こうして、一緒にいるの」

 珍しく、まともな問い。

 私は少しだけ考えて。

「……騒がしいです」

「うん」

「理不尽です」

「うん」

「でも」

 一瞬だけ、笑ってしまう。

「退屈はしませんわね」

 そう言うと、アレスは嬉しそうに笑った。

「じゃあ決まりだな」

「何がです」

「一生一緒だ」

「勝手に決めないでください!!」

 結局これ。

 でも。

 その手を振り払う気には、なれなかった。

 ――復讐は終わった。

 だけど。

 私の平穏は、たぶん一生戻らない。

 代わりに手に入れたのは。

 騒がしくて、甘くて、少しだけ幸せな――

「リシェル、好きだ」

「今さらですか!?」

「毎日言う」

「多い!!」

 ……こんな日常。

 悪くない、と。

 思ってしまうのだから、困ったものだ。

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