第22章
ユキナは、再び写真部の部室を訪れていた。
昨日のうちに現像されたネガは、しっかり乾いていた。
和人は棚から四角いフタ付きの機械を引き出してきた。
コピー機のような姿だが、上蓋の裏には細長い光源が仕込まれている。
「フラットベッドスキャナー。ネガをデータにして、このパソコンのモニターで見られる」
乾いたネガを細長いホルダーに挟み、ガラス面にそっと置く。フタを閉じると、機械が低く唸りをあげて動き出した。
しんとした部屋にブーンという駆動音が響き、ガラス下を光がゆっくり横切っていく。
モニターには、暗い帯のような像がじわじわと下から広がっていった。
最初に浮かんできたのは、オレンジがかった反転像。何が写っているのかはまだ判然としない。
「これはネガのままだから、こうして……」
和人がマウスを操作すると、一瞬にして色が反転する。
くっきりとした色彩がモニターに広がった。
ユキナは思わず息をのんだ。ただ覗いただけだった景色が、ネガから写真へと変わり、目の前に現れる。
和人はデータを整えると、プリンターにL判の写真用紙を差し込んだ。小さな機械音が響き、ゆっくりと白い紙が送り出されていく。
「はい」
ユキナは用紙をそっと両手で受け取った。
インクの甘い匂いがふわりと漂い、まだ乾ききらない色面が光を反射する。
滑らかな表面に映るのは、部室の隅の観葉植物――パキラ。
窓のブラインドから斜めに差し込んだ陽の光に照らされ、葉の一部が淡く透けて見える。
構図は決して上手いとは言えない。葉の先が見切れている。
けれど、日常に溶け込んだ優しい時間の、音や香り、窓から吹き抜けていた風までもが、そこにあるかのように感じられた。
感嘆の声を漏らすのみで、ただ眺めているユキナに、和人は微笑みながら言った。
「それ、スリーブに入れてあげる」
和人は、丁寧な手つきでビニール製の袋に写真を入れ、そっと差し出した。
「光のバランスが、すごく良いね」
ユキナは手渡された写真に視線を落とし、頷いた。
「傾いてるし見切れてるけど、気に入った」
「上手に撮ろうって思いすぎるより、自分がいいと思った瞬間を逃さないことの方が、俺は大事だと思うよ」
「ありがとう。すごく楽しかったし、感動した」
「良かった」
「不思議な感じ。あの真っ暗な部屋での作業が、今持ってるこの写真になったなんて」
「カラーは引き伸ばし機で焼くと難しいけど、ネガさえあればこうして簡単にスキャナーでプリントできる。今はこっちの方が主流」
「さらに難しいやり方もあるってこと?」
「そう。俺みたいな変態は、その面倒くささに醍醐味を感じちゃってさ。バイト先でやらせてもらってる。奥が深くて楽しいよ」
「変態って」
ユキナはクスクスと笑った。彼はそう言って自身を揶揄していたが、ユキナにとって、とことんこだわる彼の姿勢は、どこか圧倒されるものがあった。
目の前の小さな世界に真剣さを注ぎ込むその横顔が、意識から離れなかった。
その夜、自室の机の上にその写真を飾った。
スマホを手に取り、和人にメッセージを打つ。
『入部しても、いいかな』
送信する。心の奥にじんわりと灯った何かが、言葉になるにはまだ早くて、でも確かに温かかった。
数分後、スマホが静かに震えた。
画面にはたった一言。
『やった』
拍子抜けするほど軽くて、まっすぐな返事。
でもその言葉の奥にあるものが、ちゃんと伝わってきた。
ふいに笑みがこぼれ、ユキナはもう一度写真を見やる。
部室のあの午後、パキラの葉が揺れていた時間と、シャッターを切った、初めての感覚。そこに閉じ込められた一瞬が、まだ熱を帯びたまま、ここにあった。




