第2章
中間テストが二週間後に迫ってから、ユキナはようやく焦り始めた。
先月の学力テストの結果は散々だった。
数学に至っては教科担任に呼び出され、このままでは進級すら危ういと、切々と説かれたほどだ。
「もうすぐじゃん……やばい」
そう呟いたユキナを、机を向かい合わせて弁当を食べていたクラスメイトの朱莉と沙里が見た。
「あーね……」
「テストね……」
二人の表情はみるみるうちに曇っていく。
「みんなで勉強会とか、やっちゃう……?」
朱莉が箸を止めたまま提案した。
「でもこのメンバーでやっても意味なくない?」
沙里は弁当箱を覗き込みながら、げんなりした様子で言う。
「確かに三人とも似たような学力だし、教え合うとか無理だよね……結局、喋って終わるよね」
ユキナがそう言うと、昼休みの教室に再びどんよりとした空気が流れた。
「各自……頑張ろーぜ」
沙里の言葉に、ユキナと朱莉は小さく頷く。
「「だね」」
ホームルームが終わり、机の中の物をリュックに詰めていると、教室の入口に立つ樹の姿が目に入った。
さすがに不自然に避け続けるわけにもいかず、数日前から観念して、再び樹と登下校を共にするようになっていた。
ユキナはリュックを背負い、彼のいる廊下へ向かう。
「おせえな。ホームルーム終わる前に荷物入れとくだろ、普通」
最近の樹は、口を開けば憎まれ口ばかりだった。
ユキナはギロリと睨む。中学の頃は、もっと感じが良かったのに――そんな変化に苛立ちを覚える。
並んで廊下を歩いていると、ふっと肩が軽くなった。
見ると、樹がユキナのトートバッグを持っていた。
「何だこれ、重っ」
トートバッグを肩にかけながら、樹は顔を顰めた。
「あ、漫画。朱莉に借りる約束してたんだけど、まさか一気に全巻持ってくるとは思わなくて。重かったから助かる、ありがと」
「へー、何?」
「星の宮殿」
「おお、おもれーよな」
「読んだことあるの?」
「6巻くらいまで」
「37巻で完結だよ。読む?」
「中間終わったら、な?」
語尾に力を込めて言った樹は、圧のこもった視線でユキナを睨んだ。
「あー……」
その視線に現実へ引き戻され、ユキナの気分が沈む。
「こんな時期に漫画の貸し借りとは、ユキナさんとっても余裕があるんすねえ」
わざとらしい皮肉に、ユキナは言葉を失う。
「今日こそ帰ったら勉強すんぞ。これは中間まで我慢しろ」
「うえー、鬼すぎる」
憎まれ口を返しながらも、思ったより自然に樹と会話できていることに、ユキナは安堵していた。
異性として意識してから振り回されていた感情も、少しずつ落ち着いてきている。
勉強を見てもらえることも、現実的にはかなり助かる。
「腹減らねえ?」
学校から駅前へ向かう途中、樹が言った。
「少し」
そう答えると、樹は親指で右手側のコンビニを指す。
ユキナは頷き、二人で店内に入った。
「お前も肉まん?」
「と、唐揚げ棒」
少し考えてから、ユキナは付け足した。
「少しじゃねえじゃん」
樹が思わず笑う。
「いや、せっかくだし」
その返しに、樹はククッと喉で小さく笑った。その自然な笑顔に、ユキナは思わず目を逸らす。
コンビニを出た二人は、並んでガードレールに腰掛けた。
「ごちそうさまでーす」
立て替えてくれた樹に、ユキナは言う。
「おお」
「え、マジでいいの? 冗談だけど」
「いいよ、こんぐらい」
「わーい! ありがとー!」
肉まんを頬張るユキナを見て、樹が言う。
「こんな暑い日に肉まん食ってんの、俺らだけだろ」
「えー、肉まんはいつだって食べたいでしょ」
「お前は肉まんだけじゃねえけどな」
「うるさいな。唐揚げ一つあげようと思ってたのに、あげないよ?」
「一つだけのつもりだったのかよ。それ、一個増量中だから五個もついてんぞ」
「そんなに取るつもりだったの?」
「人聞きわりぃな。俺の金だろ」
「わ、モラハラ」
樹はユキナの頬を摘む。
「肉厚。共食いだな」
ユキナは手に持った肉まんへ視線を落とす。
「……もう唐揚げ一個もあげない」
樹は、怒ったユキナを見て声を出して笑った。彼の瞳にふと、温かいものが浮かんだ気がして、ユキナは戸惑った。それが確かに彼の内にあったものなのか、それとも自分の見る目が変わってしまっただけなのか、わからなかった。
――私たちは、ただの幼馴染。
変に意識してしまいそうになるたび、彼女は自分にそう言い聞かせた。




