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第18章

 校門を出た時、和人が口を開いた。


「ユキナ、通学って何使ってる?」


「電車だよ。清森駅から4駅先のところに住んでるんだ。和人は?」


「徒歩。家、駅の裏あたりだから、10分かからないくらい」


「近くていいなあ。駅まで、同じ方向だね」


「もう少し話したかったから、ちょうどよかった」


「この時間ってことは、普通コース?」


「うん。俺、中等部からなんだ」


「中等部かあ。和人、頭いいんだね。でも持ち上がりなら、文理コースじゃないの?」


「うん。バスケの特待枠で入ったから、普通コース。でも部活途中で辞めて、3年からは一般枠」


「え、特待だったの?」


「2年までな」


「すごい。私なんて何も取り柄がない上に、一般枠でも合格ギリギリ。ほぼ落ちこぼれ」


 軽く笑ってみせる。


 けれど、和人の表情は少しだけ引き締まった。


「もったいないな」


「え?」


「点数って、何かを選ぶ時の目安にはなるけど、それだけだし」


 言い切り方は静かだが、迷いがない。


「本当の価値はそこにないよ。左右されんのはもったいない」


 その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。


 ふと、樹に『自分軸で考えろ』と言われたことを思い出す。


 顔を上げると、空はまだ青みを残したまま、夕焼けの茜が、湿った紙に滲むように広がっていた。

 溶け合った境目は、現実の輪郭を曖昧にしていた。


 隣にいるのは、今日初めて会った相手だ。


 何かが少しずつ動き出しているような、そんな感覚だけが残る。


 視線を横に向けると、和人が空にカメラを向けていた。


 クラシカルなカメラのシャッター音が、心地よく響く。


「ユキナ、今日なんかあった?」


 不意に言われて、足が止まる。


「え?」


「理科室に来たから。ラクガキからも感じてたけど、息苦しいのかなって。今日は呼吸したくて来たんじゃないかって、なんとなく」


――あの文字だけで、全部、掬い取るんだ。


 気づけば、胸にあった重さは消えていた。それどころか、ここ最近まとわりついていた陰鬱さも、どこかに抜けている。


「言わなくてもいいよ。少し気になっただけだから」


「ありがとう。言いたくないわけじゃないんだ。自分でもよくわからなくて」


 和人は短く頷く。


「確かにね、今日、落ち込んでたんだ。気づいたら理科室に足が向いてた。心のどこかで、ラクガキがあるのを期待して――」


「うん」


「そしたら、和人がいて。素敵な写真見せてもらって……」


 顔を上げる。


「空もこんなで、隣にいるのはあのラクガキの人なんだなあって……」


 言いながら、自分でも少しだけ可笑しくなる。


「そしたらなんか、胸がいっぱいになったっていうか。悩んでたこと忘れてた」


「そう」


 和人は力の抜けた笑い方をした。


「また溜まったら、ラクガキ感覚で、吐き出せばいいよ。俺でよければ聞く」


「ありがとう」


 自然に笑みがこぼれる。


「でも、ラクガキだからこそ書けたってのもあるよな? 素性がわかったせいで、逆に居場所奪う感じになったら、ごめん」


「そんなことない。会えてよかったって思ってる」


 首を横に振る。


「私ね、自分が何に引っかかっていて、どうしたいのか、よくわからなくて。何度考えても、同じことでぐるぐるしちゃうの」


「そっか」


 和人は短く声を返した。


「ぐるぐるするのってさ、どこかで答えには気づいてるからなんじゃないかな。でもそれをそのまま受け止めるのが、まだ難しいだけで」


「そうなのかもしれない……」


「きっと今は、整理するための時間なんだよ」


 さらっと言った言葉の奥に、彼の積み重ねた時間があるような気がした。


「気晴らしも必要だよ。また部室、遊びにおいで」


 彼の言葉は、押し付けがましくない軽さがあった。 


「そうだ。連絡先聞いてもいい?」


 和人はスマホを取り出す。


「あ、私も今、言おうと思ってた」


「ラクガキから、かなり進化したな」


 肩をすくめる仕草に、ユキナは思わず笑った。


 沈みかけた夕日が、スマートフォンを手に笑い合う二人の影を、そっと地面に落としていた。

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