11話 塔の実習Ⅶ ― 目覚めの兆し ―
俺とユミは焼け焦げた大地を走っていた。
静かすぎる。生物の気配がない。
それが逆に、この階層の異常さを物語っていた。
「お兄ちゃん…」
ユミが小さく呟く。
「……どうした」
「さっきのレギウスさん…本当に死んでたの?」
「……ああ」
短く答える。
だが――
本当に死んでいるのは、レギウスだけじゃない。
この階層そのものが、
既に死んでいるような感覚だった。
その時。
ゾワッ…
背筋に悪寒が走った。
「止まれ」
俺はユミの腕を掴み、動きを止める。
「え…」
次の瞬間。
俺たちの目の前の空間が、歪んだ。
俺はこの階層に入ってずっと違和感を感じていた。
その正体が今、目の前に現れようとしていた。
歪んだ空間から、その何かが顕現した。
…
「なるほど…」
俺は笑った。
あのレイという奴はこれを想定して、
俺を1人にしたのか…
顔のない人間だったものが転がっている。
「始まったか」
その瞬間、背後の空間が揺らいだ。
「久しぶりだね…セラフィム」
声…
俺は振り返る。
そして…
初めて、表情を消した。
本能が理解した。
こいつは…今まで殺してきたどんな存在よりも危険だと。
…
空間の歪みから、そいつは現れた。
「お兄ちゃん…何あれ…」
空気が…重かった。
全身が黒く…顔がない…
その顔はまるで深い…
とても深い闇で覆われており、見ていると吸い込まれそうになるような…
クソッ…もっと早く気づければ…
額から汗が溢れる…
「…」
そいつはまるで笑っているような顔でこっちを見ていた。
その瞬間、そいつから禍々しい何かが放たれた。
ユミが膝をつく、
「お兄ちゃん…立てな…」
そのまま、倒れた。
気絶したのだろう。
俺は歯を食いしばる。
「……」
立て…立て!
動け。
だが…
体が動かない。
呼吸が重い。
視界が暗くなる。
使徒でこの圧かよ…
いや…この圧は違うか…
造徒主だ…
冗談だろ…
こんなところに…
(変われ)
内側からそんな声が聞こえた。
(今のお前には耐えられない)
クソ…まだ俺は…
次の瞬間、世界が暗転した。
…
「何故貴様がここにいる。クロ」
次の瞬間、そいつの装甲が外れ、顔が現れる。
目は赤く、狂気が満ちていた。
「君こそ…なぜ器に抑えられているんだい?」
「…まだその時でない」
「へぇ…」
「早く帰れ…お前は90階層より上にいるはずだろう?長く下の階層にいると、あのお方が見過ごすとも思えない」
「それもそうだね…僕はここで帰るとしよう…君と久しぶりに会えて嬉しいよ。僕が使徒を通しての再会なのが悔しいな…」
「黙れ」
「相変わらず君は酷いね」
「《消滅の闇》」
そいつの足元から無数の闇が現れる。
そいつは当たり前のようにそれを避けた。
「君の異能はやっぱり危ないね…」
「チッ…」
「神臨の徒…」
そう聞いた瞬間…俺は目を見開いた。
その名は、本来この階層で聞くはずのないものだった。
こいつは……
「貴様…」
「君を待ってるよ」
そう言い、
そいつは歪んだ空間が元に戻ると同時に消えていた…
歪みが完全に消えた。
静寂が戻る。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。体が重い。塔の掟に逆らい過ぎたのだろう。
視界が揺れる。
「時間切れか…」
器の限界だ。
隣で眠っていた妹が…目を覚ましているのが見えた…
「…ちゃん!」
そう聞こえた時には遅かった。
次の瞬間、意識が沈んだ。
…
暗闇。静かな、暗闇。
そこで俺は目覚めていた。
「まだ、早い」
あの声だった。
「今のお前では、まだ耐えられない」
「……わかってる」
俺は答える。
俺自身があの使徒を作った者とまた、対峙しなくてはならない。
「お前の主は誰なんだ?」
俺がもう1人の俺にそう聞いた。
「…話すと長くなる。ここでは話せない。それに…お前はあっちで妹を守らなくてはならないだろう」
「…そうかよ」
視界が揺れる。
「お前は…いずれ必要となる」
次の瞬間、世界が暗転する。
…
次の瞬間、
目を開けた。
「お兄ちゃん!!!」
ユミの声。
目の前に、ユミの顔があった。
「……ユミ」
「よかった。急に倒れたから…」
泣きそうな顔だった。
「…あいつは?」
俺は周囲を見る。
もう、いなかった。あいつが対応したのだろう。
「気がついたら、気絶してて、目が覚めたら黒い奴は消えてたの」
「…そうか」
間に合わなかったか。
いや…違う。
まだ、その時じゃない…だけだったのだろう。
その時、通信機が鳴った。
『ユウ!ユミ!無事か!』
レイの声だった。
「無事です」
『よかった…連絡が取れなくて心配した。無事なら良い!こちらは敵の排除をしつつ、探索を進めている。合流地点は中央だ!中央に来い!』
…排除、か。
やはり、この階層は…
「ユミ」
「うん」
「行くぞ」
あのイレギュラーが消え去り…この階層に何も小細工していないなら、手順通りに動いた方がいい。
…いや。
クロがここに来てまで何もしないわけがない。
高階層の造徒主だ。
レギウスを使徒化された今、俺達は…
急がねば。
俺達は中央に向かった。
…
俺達は焼け焦げた大地を走っていた。
「お兄ちゃん!どうしたの?」
「このままいけば全滅する!急ぐぞ!」
「え…!うん!わかった!」
俺達が走るのを早めようとしたその時、
「お兄ちゃん…」
ユミが立ち止まった。
「どうした」
「血の匂いがする」
俺も気づいた。
前方…地面に、
人が倒れていた。
近づく。
それは……
服装から見るに…
セラフィムらしきものだった。
「…」
死んでいた。顔がない。
抉り取られていた。
「…!!セラフィムさん?」
「いや、違う」
俺は即座に否定した。
「こいつはセラフィムじゃない」
俺は断言する。
「あいつがこんな簡単に死ぬわけがない」
その時、通信機が鳴った。
『ユウ!!』
レイの声。焦っていた。
『中央に来るな!!』
「…何?」
『中央に…』
ノイズ
『……がいる!』
「何がいるんですか」
沈黙、
そして
『上位存在が確認された』
「…黒い人型の存在ですか?」
『…ッ!そうだ。ヴァルフがそいつに殺された』
「すぐ向かいます」
『ダメだ、来るな』
「全滅を避ける為には俺が必要だ」
『……』
「先生、俺の言うことを今から実行してください」
…
ドゴ…ドゴ…
その人型の生物が歩くたびに地面が抉れる。
「ハハ…君は…一体…」
『言われた通りにすれば死ぬことはありません』
「時間は稼ぐ…早く来てくれ」
ユウが言った事はこうだった。
「《氷神顕現》」
氷神を顕現させてその人型と戦わせてください。
貴方の異能なら少しは戦えるはずです。
氷神の援護をしつつ時間を稼いでください。
俺が向かうまで…頼みます。
「私を誰だと思ってるんだかねぇ…先生の威厳見せないとな」
あの人型の生物は、
昔の、エリュシオンの記録に残っていた情報では…クロと呼ばれる高階層にいる造徒主の使徒だろう。
その記録には…
ー討伐。所要時間。数分。
そう書いてあったな。
「…」
ふざけるな。
目の前のこれは…そんな次元の存在ではない。
「《絶対凍結》!」
…
俺達は走っていた。
「ユミ、俺は先に行く」
「え?」
「もし生物と遭遇しても、お前の強さなら大丈夫だ」
「あ、うん。わかった。気をつけて」
俺は異能を使った。
闇が俺を纏う。
《闇穿》
次の瞬間…俺は一直線の闇となり、
その場から消えていた。
「…お兄ちゃん…ずるいなぁ…」
…
「はぁ…はぁ…」
A班、B班の生徒が合流して氷神の援護をしてくれていたが、
私たちは防戦一方だった。
時々、攻撃を入れたりするが、
クロの使徒には効いてるように見えなかった。
「先生!あれ本当に倒せるんですか!」
「時間を稼ぐと言ったはずだ!まだ耐えるんだ!」
ゴァッ…
そんな音が響いた。
絶望の音だった。
その使徒が…その使徒の手が…
氷神の身体を貫いていた。
使徒がこちらを向いた。
その顔は、ないはずなのに…
笑っているように見えた。
氷神の身体が光の粒となって消えてゆく。
「レイ先生!!」
次の瞬間、そのクロの使徒は、私の目の前にいて…
(あぁ…私も、ここまでか…)
その手が私の身体を貫こうとした。
その瞬間…
一閃の闇が世界を切り裂いた。
ドゴォォン!!
絶望は…不思議と消え去った
…
間に合った…か。
レイが目を見開いていた。
「遅かったじゃないか…ユウ…」
「すみませんね」
「本当…大変だった」
「後は任せてください」
バギィッ!!
「ユウ!お前がユウか!!」
他の班の奴がそう言う。
「お前!!避けッ!」
「助かっ」
バゴォォォン
そいつは吹き飛ばされていた。
そいつがいたはずの場所には…
クロの使徒がいた。
「チッ…今の俺でどれくらいだろうな…」
だが…やるしかない。
ここからが、本当の戦いだ。




