第9話 必ず──して下さい。
一年一組のお掃除メイドロボット──スキット。
新聞部が掲載する人気投票では、堂々の最下位で、僅か二票。その二票も、可哀想だからという理由で入れられているとか。
そんな彼女との初邂逅は、昨年の七月頃。
授業中、窓がコツコツと鳴らされたので開けてみると、スキットがあやとりを持って立っていた。
「取って下さい」
前髪で隠れた瞳の中にある赤い輪っかのような瞳孔は、俺をただ無表情で見つめるのみで、
「いや、今授業中……」
「取って下さい」
「……」
英語教師がたった今教科書を説明しているところ、空気を読むことを知らない彼女は早くしてと言わんばかりに、あやとりの「川」を差し出してくる。
これは所謂、二人あやとりだ。
「取り方、分からないですか」
「……いや、分かるけど」
幸い、二人あやとりは祖父母の家で昔教えて貰ったことがあった。
「……取るけどさ」
感情が全く読めないスキットだけど、何だか妙に健気さを感じさせる。だからそれに免じて、渋々差し出されたあやとりを取ることにした。
すると、彼女はすかさず取り返してきて、「はい」と無機質な声で言うのだ。
「これ、いつまで続けるの」
「不必要と断定するまでです」
「……んん? 良く分からんが、それってどれくらい?」
「平均三ヶ月程度です」
「……やってられるか」
結局英語の授業中、ずっとスキットのあやとりに付き合う羽目になった。先生は全く注意しないし……。
ロボットって、所詮こんな感じなんだ。って落胆したのを覚えている。
そんな昔の出来事がふと頭に過ぎり、スキットに腕を掴まれた俺は、彼女に引っ張られるまま走っていた。
「こっちです」
「スキット、そんなに走るなって──」
そうして辿り着いたのは、体育館の裏側。
敷地ギリギリにあるそこは、高いフェンスと壁に挟まれた細い道となっている。
ここなら何をしようと見つかる心配がない。そんな不良生徒が優等生からカツアゲするのにもってこいな場所で、
俺はこれから、何をされるのだろうか。
「スキット、説明してくれ。どうしてここへ連れて来た」
「バレるからです」
「は? 誰に……?」
「メリーゼにです」
メリーゼ……?
アイツに見つかったら不味いことでもあるのか……?
「どういうことだ……!?」
「メリーゼに何をされましたか」
「え?」
鬱陶しい前髪から覗くスキットの大きな瞳。メリーゼよりも身長が低い彼女は、何をしようとも上目遣いになって必死に俺を見つめ返してくる。
そんな彼女に突然問われて、困惑が増すばかりだ。
「何をされたって言ってもなぁ。別にただ……え、ていうか、お前はどうしてそんなこと知ってるんだ」
「何をでしょうか」
「いや、だから。俺がメリーゼからちょっかいを受けてるって」
「何をされているかは知りませんでした」
「あ、いや。うん、悪い。質問が悪かった」
溜息が出る。メリーゼならもっとスムーズに言葉を交わせるのに。やっぱりアイツって優秀なんだな。
「で?」
「で、って……うーん。その、そうだなぁ。メリーゼから何か、狙われてるっていうか……なんて言うか」
「狙われている……??」
伝えた途端だった。彼女に、使命感のような威勢が感じられた。本の僅かだが、確かに感じられた。
その証拠に、彼女は今にも俺に詰め寄ろうとしている。
「どういうふうにですか?」
でも、相変わらず無機質な声だ。
「えっとその……恋愛的な意味で……?」
「具体的にはお願いします」
「……お、俺を恋人にする、とか。恋に落ちる、とか。思わせ振りな態度を取って、やたらスキンシップしてくる、とか……? そんな感じ……?」
「分かりました」
え、何が分かったの……?
「それだけですか?」
「……それだけ、かな」
すると、やや前のめりだったスキットは肩を落とすみたいに身体を戻した。
「私の思い過ごしだったようです」
「……? 何のことだ?」
「私の予想が外れたという意味で言いました」
「……」
そういう意味じゃねぇ……。
この、いまいち噛み合わない感じ。
ロボットって普通、こういう感じだよな。
「失礼致します」
「ちょちょちょっ、待ってくれよ」
「……?」
メイドらしくお辞儀、をすることはなく、そのまま踵を返して去って行こうとするスキットを呼び止める。
「俺の用事が未だ終わってない。メリーゼについて、知っていることを言え」
「それは神委高校ひいては国際連合と交わした秘密保持条項第三項に抵触する為、お答え出来ません」
デカいデカい。話が大き過ぎるわ。
「そうじゃなくてさ。もっと個人的なことで──例えば、メリーゼは俺以外に恋人は居るのか? とか」
断じて俺はメリーゼの恋人ではない。だけど、そう伝えないとスキットは答えてくれない。だから、そう言っただけだ。断じて。
実際に俺が聞きたいのは、メリーゼが日頃からそういう行動をしているのかどうかについて。
俺にだけ行っているのか、他にも居るのか……だ。
「少なくとも、今まで議題に上がったことはありません」
「議題ってなんだ」
「ロボット間で情報共有される特記事項です」
「えっと、じゃあつまり。俺が初めてってこと……? 俺以外には居ない……?」
「はい」
「あ、ふーん。そ、そっか」
じゃあ、メリーゼは普段から常習的にそういう悪戯をしている訳じゃないのか。
うーん。でも、どうしてアイツは俺を選んだ……? フラれたからか?
「なぁスキット。メリーゼって、どうして俺にあんなことをするのかな? あ、あんなことってのは、ちょっかいとかな」
「分かりません」
ま、そうだよなぁ。
もうちょっと考える素振りをして欲しいところだが、スキットだってこう見えても高性能なロボット。きっと、俺が尋ねた瞬間に超速で思考してくれたに違いない。って思っておこう。
モヤモヤする部分はまだまだあるものの、何処かホッとしている。
メリーゼのアレは、俺にだけ向けられている。そこに妙な優越感を感じてしまっている。
それはきっと、あまり良くない邪な感情だ。俺が好きなのは一ノ瀬ムスビであって、ロボットのメリーゼじゃないんだから。
その後、スキットと少し話をした。
「私は探しています」
彼女が何故学校を彷徨っているのかを聞いたところ、そのような返事があった。
何を探しているのかは秘密保持条項……ではなく、彼女達の母親であるマザーからの指示で秘密とのこと。
でも、何をしているのかについては教えてくれた。
「同じ形の石を探すこと。ノートに丸を書き続けること。塩を並べること。階段をジャンプすること。これが現在、私が行っていることになります」
「は? え?」
スキットは普段からそんな苦行のような行いをしているらしい。
しかも「現在」ってことは、過去にも色々やっていたのだろう。
昨年の二人あやとりも、その一つだろうか。
「何の為にしているんだ」
そう尋ねても、それは先程の「何を探している」に触れてしまう為、教えてくれなかった。
ただ、自ら考えた結果、そんな苦行をしているとか。
「同じ形の石がこの世に二つと存在しないことは、初めから分かっておりました。十ヶ月と三日間、石を探し続けて、そろそろ不必要だと結論付けようと考えています」
その苦行の成果は、ただ「やる必要がない」と分かっただけ。
本当に何がしたいのだろうか。
「有難う、スキット。もういいぞ」
「はい。それでは篠宮様。失礼します」
スキットと別れようとした時、彼女はふと振り返るのを止めて足を戻した。
前髪の被った黒い瞳で彼を見つめ、
「篠宮様」
「何だ?」
「篠宮様、良く聴いて下さい」
更に、
「良く聴いて、良く覚えておいて下さい」
二度の前置きを重ねて次に、
「メリーゼと関わる際は、必ず気を抜かないで下さい。注意を怠らないで下さい──メリーゼには決して、気を許さないで下さい」
何度も、俺が理解出来るよう、彼女なりに言葉を変えて、
「もし不足の事態が起きた場合、A棟三階の地学準備室へ来て下さい。鍵は常に開けておきます。そこで、篠宮様を保護致します」
深刻にそう伝えてきた。
その後、スキットはこの場を去って行ってしまった。




