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第8話 スキット。

 数学の授業を終え、英語の授業が始まる。


 英訳は少し苦手だが、その他は何とか付いて行けている。でも授業をしっかり聞いていないと、やはり二年の学習内容は昨年に比べて難しい。



 眠気が訪れないように祈りつつ、俺は板書を必死で書き写していく。


 

 ちょんっ──と耳を触られた。



 俺は顔を上げ、通り過ぎて行くメイドを睨み付ける。



 それなのに毎回こうだ。


 メリーゼがやたらとちょっかいを掛けてくるのだ。しかも、結構な頻度で。


 マジで授業に集中出来ない……。



 ほら、言ってる間にまた来た。



 メリーゼは授業中、生徒達の助けとなるよう教室を練り歩いていることが多い。


 その次いでか、それとも逆か、俺にちょっかいを掛ける。



 メリーゼは適当な場所で反転し、また俺の側までやって来る。


 サッと消しゴムを盗んでいった。



 おいっ──!!



 流石の俺も物を盗まれたとあれば抵抗する。しかし、彼女の腕を掴もうと手を伸ばしたものの、軽やかに避けられてしまった。


 彼女は教室の後ろを通り、蝶のように手を振って去って行った。



「どうしたの?」



 異変を感じたシノギが声を掛けてくれたが、何でもないと言って誤魔化す。



 メリーゼのやつ、本当にどういうつもりなんだ。



 シャープペンシルの後ろに付いている消しゴムで、間違えたところを消す。


 あまり使いたくなかったのに……。



 メリーゼは俺の消しゴムを盗んだまま、黒板の横で待機し続け、


 授業が終わる直前に、俺の机に消しゴムを置いで行った。



 何となく、消しゴムのカバーを取ってみると、『メリーゼ』『貴方様』の文字が相合傘の下に、機械のような精密な文字で刻印されていた。


 俺は直ぐにカバーを付けた。



「次は何をして欲しいですか?」


 

 去り際、そんな囁きを残していった。



◆ ◆ ◆



 あんなロボットが居ていいのだろうか。


 あんな思わせぶりなロボットが居ていいのだろうか。


 作り物の美しさが十六歳の男子生徒をたぶらかしていいのだろうか。



 これって人間の学園生活に、あまりにも介入し過ぎじゃないのか?


 いや、知らんけども……。




 昼休みになって、校舎の外に出る。


 神委高校は山の麓にある。なので、体育館の裏には「阿佐美水林山」という大きな山と森が広がっている。


 敷地ギリギリにはフェンスが設けられているが、稀に猿が侵入することもあるとか。


 また、山から綺麗な川が流れており、そこが虫の発生源となって大量の羽虫とそれを食べる鳥達が集まる。一応熊も出没する為、あまり近付かないように言われている。



 まぁ俺はその直ぐ近くにあるベンチで、コンビニのパンを食べている訳だが。


 ここへ来た理由は幾つかあった。



 先ずはメリーゼから逃げること。ずっとあんな悪戯をされていたら身が持たないからな。


 そして、もう一つは──



 見回していると、それは現れた。


 勿論、偶然だ。



 肩まで伸びた黒髪は切り揃えられておらず、まるで数ヶ月以上髪を切っていないような乱れ方をしている。前髪も同様で、顔の大半を覆わんとし、その隙間からチラリと見えるのは感情の無い黒の瞳だ。


 見るからに物静かなロボット──彼女こそが、昨年同じクラスだった一年一組を担当しているお掃除メイドロボットのスキットだ。



 いつも何かと学校を徘徊している彼女は、一度見失ってしまうと何処に居るのか分からなくなってしまう。


 校内で彼女に偶然出会える回数は決して多くないのだ。


 占い好きのシノギがスキット占いとしてそれを利用しているくらいで、彼女に偶然出会う可能性は約十%らしい。



「スキット、待ってくれ」



 何処からともなく現れて、何処へ行くのかも分からない。ただただ校内を徘徊するだけのスキットを追いかけ、呼び止める。


 立ち止まった彼女は、無表情で此方を確認した後、身体をしっかり向けて一礼してくる。



「篠宮ナキト様。お久しぶりで御座います」



 隠れた瞳が微風を受けて露わとなり、真っ直ぐ俺を捉えているのが分かった。彼女の黒い瞳の中には、真っ赤な輪が一つずつあった。


 顔立ちはやはり美しい。メリーゼと比べるとちょっと田舎感があるけど、それでもこの学校の誰よりも美しいのは流石といえる。



「お前、俺を覚えていたのか」


「はい」


「そ、そうか」



 同じクラスだったとはいえ、コイツとは一度しか喋ったことがない筈だが、


 いやまぁ、ロボットなら覚えていて当然か。


 

「こっち」


「は? ──え、ちょっ」



 スキットは一切の前触れなく、突然俺の腕を掴み走り出す。彼女の力は強く、引き摺られそうになりながら、何とか足を動かして付いていく。



「ス、スキット!? 一体どうしたんだ!?」



 尋ねても、彼女は黙って走り続ける。


 前髪が大きくなびき、そこにあった真剣な表情を見て、俺は黙って付いて行くのを決心した。


 そういう顔もするらしい。



 そうして連れて来られたのは、誰にも干渉される心配のない体育館の裏側だった。


 阿佐美水林山に続く森が隣接し、フェンスと体育館の壁に挟まれたここで、


 俺はカツアゲでもされるのだろうか。



「スキット。どうして俺をここへ?」


「メリーゼに見つかってしまうからです」


「……? どういう意味だ?」


「篠宮様、良く聴いて下さい。メリーゼには──」



 突然連れて来られて、彼女が言い放ったのは同族であるメリーゼについてのこと。


 彼女のあまりに迫真な表情に、俺はつい息を飲むのだった。


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