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第7話 普段の彼女。


「メリーゼちゃん、昨日の放課後に不審者が出たんだって。知ってる?」



 翌日の休み時間。メリーゼに話し掛けているのは、七草シノギを含む女子生徒の集団だった。



「はい、存じ上げておりますわ」


「何が目的なんだろ? どんな姿とかさ、何か知らない?」


「申し訳御座いません。報告を頂いた時点で不審者と思われる人間様は、既に現場近くには居りませんでした」


「そうなんだぁ」


「怖いよー、メリーゼぇ。もし襲われたら助けてくれる?」


「はい、勿論ですわ」


「でも人間に危害を加えることは出来ないんでしょ? 何だっけ? ロボット三原則?」


「ロボット三原則は確かにプログラムされておりますが、あれは完璧ではありません。ですので、少し解釈を変えております。もし皆様に危険が生じるようであれば、ある程度の防衛プロトコルが発動致します」


「ある程度ってどれくらいなの?」


「ご安心下さい。相手の手を掴み、拘束するくらいですわ」


「うわぁん、それじゃあ安心出来ないよぉ。もっとやっつけてよぉ」


「申し訳御座いません。私達ロボットは何があろうとも人間様を傷付けることは出来ないのです。ですが、盾となりお守りすることは出来ますので、どうかご安心下さい」


「それじゃあ、メリーゼが死んじゃうよぉ。うわぁんっ」


「ロボットに死という概念は御座いませんわ」


「ちょっとシノギ、煩い」



 頬杖を付き、彼女達の会話を一番後ろの自席から観察する。


 

 普通だな。



 そう感じるのは、昨日の放課後のメリーゼと今とでは応対の仕方がえらく違っているからだ。


 メリーゼは常に笑顔で生徒達と接しているが、それは何処となく社交辞令的な笑顔に見える。喋り方も、昨日のメリーゼと比べればやや堅苦しい気がする。



 ──七秒間見つめ合うと、恋に落ちるそうですわ。



 そんなこと、絶対に言わなさそうだよな……。


 昨日のメリーゼは、やはり普段と違うと言わざるを得ない。



 じゃあ、他のロボットはどうなのだろうか。



 ふと湧いた疑問。しかし、残念ながら俺はロボットと殆ど交流がない。


 昨年の一年一組に配備されていたメイドロボット『スキット』は、非常に内向的な性格だった。というか、全く教室に居なかったのだ。


 だから、ロボットと言ってもこんなものか、って興味すら湧かなかった。


 他クラスのロボットを見る機会といえば、入学式や文化祭等の行事くらい。少なくともスキットよりは社交的に見えたが、それでも大して興味は抱かなかった。


 恥ずかしい話、昨年は美しいロボットよりも、人間の一ノ瀬ムスビのことをずっと追いかけてしまっていたのだ……。




「篠宮。この問題解いてみろ」


「はい」



 授業が始まり、席を立つ。


 今は数学の時間だ。二年に進級してやや難易度は上がっているが、何とか付いて行けている。


 当てられた問題も、大して難しくない。



 黒板の前に立ち、チョークを持ったところで気付いた。



「うっ、メリーゼ」


「くすす」



 直ぐ背後にメリーゼが立っていたのだ。


 驚いた俺の顔が面白かったのか、彼女は楽しそうに笑った。



 皆んなが見てる前で変なことするなよな……。



「篠宮。早く問題を解け」


「え? あ、はい……」



 注意するならメリーゼにしろよ……。



 そういや、神委高校に所属する教師がロボット達を注意したところを見たことがない。


 昨年のスキットだって、授業中にあやとりをしていたくらいだし。



 多分、あの噂は本当なのだろう。



 政府絡みのロボットプロジェクトに対し、一介の教師が彼女達の行動を妨げることは出来ない。みたいな噂。


 だからって、俺を注意するのはおかしい気もするが……。



 俺は気を取り直して、黒板に解答を書き始めた。


 チョークの音だけが教室に響く。


 全クラスメイトに見守られている状況は非常に緊張する。でも、俺の気を特に惑わしているのはメリーゼだ。



 直ぐ隣で、俺の顔をジッと覗いてくる。


 気が散って仕方がない。



 それでも何とか解答を書き進めると、



「間違ってますわ」



 そんな悪魔の囁きにチョークを止めた。



 この俺が数学の問題を解き間違えただと……っ!?



 しかし、一体何処が間違えたのだろう。一度解答を俯瞰して見てみるも、やはり良く分からなかった。


 俺が首を傾げていると、メリーゼは黒板消しで一箇所を消した後、新たに数字を書き加える。



「計算ミスですね」


「あー本当だ……有難う」


「私は貴方様を愛しているのですから、これくらい当然ですわ」


「……っ!?」



 計算ミス以降の数式を書き直していたところに、メリーゼがまた思わせ振りなことを囁いてくる。


 彼女の生温かい息が耳に吹き掛かる。ホラー映画を見た訳でもないのに、下半身から上半身に掛けてゾワッと寒気が過ぎる。



 お、落ち着け。メリーゼは俺を揶揄っているだけだ。いちいち気にする必要はない。



 俺は計算ミス以降の数式を何とか解き直し、黒板に記載した。



「正解だ、篠宮」


「は、はい」



 俺が書き終えた後、先生が言う。


 

 ホッとして席に戻ろうとした時、教室の静かな騒つきに気付いて振り返る。



 俺が書いた解答に落書きがされていた。「0」の周りに花びらが付け足されていた。



 してやったり顔のメリーゼが、俺を見つめ返してくる。先生は特に落書きには触れず、解答を消してしまった。


 

 一体何がしたいんだか。メリーゼの心はやはり分からない。



「ねぇ、ナキト君。メリーゼと何喋ってたの?」


 

 隣に座る七草シノギが訊いてきた。


 彼女は大きな胸を相変わらず机に乗せ、教科書を立てて弁当を食べている。



「……別に何も」


「えー、何か変だったよぉ?」


「気のせいじゃないか」


「ええー」



 シノギに相談すると、変な誤解を生み兼ねない。俺は適当に誤魔化すと、シノギが不満そうに箸を咥える。



「七草ぁっ!!」


「はっ、はひっ!?」


「後で職員室に来い」


「は、はひぃ」



 最初からバレバレだったが、箸を見られたのが決め手だった。葉っぱのようなアホ毛が垂れ下がり、ガクンッと肩を落とす。


 シノギの姿を見て、教室は笑いに包まれた。


 メリーゼも、人差し指を口に当てて愉快そうに笑っている。


 そんな彼女につい目が行ってしまうも、胸の高鳴りに気付くのはもう少し後の話だった。

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