第5話 確かめてみますか?①
「確かめてみますか?」
小悪魔のような笑みを浮かべるメリーゼが一歩、脚を踏み出す。
俺は逆に、脚を後方に戻した。
「そう警戒なさらずに。くすす」
「だったらそんな胡散臭い笑みをやめてくれ……」
「でも気になるのでしょう? 私が本当にロボットなのか、そうじゃないのか──」
彼女の瞳の奥には薄っすらカメラのレンズが見て取れる。機械であるという証拠は、外見からだとそれしかない。
もっとも、彼女の圧倒的な美しさは確かに作り物のようだが……。
「確かめるたって、一体何を見せてくれるんだ。バク宙でもするのか?」
「いいえ。貴方様が『診る』のです」
「はい……?」
困惑する俺を差し置いて、性懲りも無く近付いてくる彼女に、俺はまた後退する。
しかし、背後にあった机に背中をぶつけてしまい、その隙に右腕を取られてしまった。
「なっ、何をするつもりだ!?」
メリーゼの小さな手が俺の右手首を掴んで離さない。その強い意思に込められた細指は、決して俺を痛め付けることはなく、優しい抱擁で右手首を包んでいた。
「私のことが怖いですか?」
「……あ、ああ、怖いね。ロボットの癖にこんなことをするなんて」
「ロボットかどうかは、今から確認するのでしょう? 今の貴方様は私がロボットかどうかは分からない」
「な、何が言いたい……?」
「くすす。さぁ、遠慮為さらずに──」
私に触ってみて下さい。
彼女はそう言って、俺の腕を引き寄せた。細い体躯の割に力があって、俺は呆気なく彼女の眼前に迫る。
出来るだけ身体を後ろに反らせても、彼女との距離は数十センチ。自由を奪われた俺の右腕は彼女の腰に添えられ、長い睫毛に囲まれたワインレッドの瞳が待ち侘びているように俺を見つめている。
「ご安心下さい。私はちゃんとロボットですから。人間様のルールは適用されません」
だから何をしてもいい。そう言いたいのだろうか。
「……」
「自由に、何処でも触ってみて下さい」
そう言われても……一体何処に触れと言うんだ。
しかし、彼女の透き通る肌を間近に見て、彼女の艶やかな唇を間近に見て、彼女の美貌を間近に見て、
そして、
「何をしてもいいのですよ」
その声が呪いのように深刻なダメージを脳に与えてくる。
妙な気分にさせてくる。
間違いを犯しそうになる。
女性の身体に触るなんて、犯罪に近い行為だ。
でも彼女が良いと言っている。
それにロボットだ。ロボットに人間の法律は適用されない。
そう自分に言い聞かせて、左手を伸ばしてみる。
「そこで良いんですか?」
彼女の右腕に触れようとした時、問い掛けられた。
「ロボットであるかを確認するには、肌に触れた方が分かり易いと思いますわ」
「……」
彼女は空で立ち止まった俺の左手を、自身の首筋へ連れて行く。
あくまで俺の意思で触れて欲しいのか、中途半端な位置で降ろされた。
ごくりと唾を飲む。
「本当にいいんだな……?」
「はい」
静かに頷いたメリーゼの挑戦的な瞳を受け、ついに彼女の肌に触れる決心が付いた。
「……そ、それじゃあ、少しだけ──」
彼女の首筋に、優しく指先を触れさせた。
「くすす。如何でしょうか」
柔らかい。柔らか過ぎる。
それにすべすべで、サラサラだ。
これが女性の肌。いや、ロボットか?
それともメリーゼ……?
彼女の側頭部から首を伝う筋に、喉仏はないが、触っているとそこに固い骨がある。鎖骨にも触れた。
不味い。癖になりそう……。
心臓に痛みを覚えるくらいドキドキしている。心臓とは違う胸にも痛みがある。頭は熱い。
自分の人体に感じたこともない異変が起きている。にも関わらず、俺は夢中で指を這わせた。
「くすっ。もうっ、貴方様。擽ったいですわ」
メリーゼの右手が突然視界に入ってきて、俺の行手を邪魔する。俺は今更彼女の存在を思い出して、手を止めた。
「わ、悪い。つい……」
「いいえ。ですが、そこだけでは私がロボットかどうか判別するのは難しいでしょう?」
「じゃあ、どうすればいい……?」
「では、ここなんて如何でしょう」
彼女が示してきたのは、自分の頬をだった。
「そ、それは幾らなんでも……」
「ご安心下さい。私はロボットですので」
またそれか。コイツ、都合の悪いことは全部それで乗り切るつもりじゃないだろうな。
「ほら、早くしないと誰か来てしまうかも知れませんよ」
彼女に言われて初めて気付く。
まるでこの学校に俺とメリーゼ以外居ないと思い込んでいたが、今はただの放課後だ。
中間テストが再来週に控えているとはいえ、まだ部活動は禁止されていない。
「そ、そうだな。急がないと」
「くすす。はい。今のうちに沢山触らないと、ですわ」
「え? いやいや、それは……」
これはメリーゼによる人身掌握の一環なのだろうか。彼女は俺が入学するずっと以前から、この学校に居る筈で、沢山の生徒と交流するうちに人間の心をコントロールする術を身に付けたのだろうか。
ただ、今は──
目の前に差し出された何百カラットの宝石を愛でたい。その欲望を彼女なら受け止めてくれそうな気がする。
「も、もうちょっとだけ……」
「はい」
彼女の右の頬に手を伸ばす。
頬に掛かった彼女のふわふわな白髪を右耳に引っ掛けて、露わになった白玉のような頬をなぞってみる。
「……っ」
触れた瞬間、指が沈んだ。しかし、途端に跳ね返される。
凄い弾力だ。
指が吸い付いていく。
だ、駄目だ。違う。こんなことがしたいんじゃない。確認しないと、彼女がロボットであるという証拠を。
思えば、女性の身体に触れたことがない俺に分かる筈もなかった。
「も、もう終わりだ、メリーゼ」
彼女の頬から指を離す。
すると、
「もうですか……?」
残念がって口を尖らせるメリーゼの、ルビーの瞳と視線が交差する。
「揶揄うのはよしてくれ」
ムスッとした顔はやっぱり演技だったようで、くすす、と悪戯な笑みを浮かべるのだった。




