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第18話 公にするつもり。

 体育のテストが終了して数日が経過したある日──中間テストを目前に控えた、所謂テスト前週間の一日目。


 朝、俺の席に人集りが出来ていた。



「あ、篠宮だ」


「え、どこどこ」



 教室に入るや否や、集団を形成するクラスメイト達が俺に注目する。



 困惑する俺。


 に対し、此方を見遣る彼らはというと……何故か同様に困惑しているようであった。


 まるで俺が犯人だと言わんばかりに懐疑的な目が此方に向けられている。



 ……。



 若干ウンザリしたのは、この光景に何処かデジャヴを感じたからに違いない。



 すると、案の定。集団に混ざっていた女子生徒が告げ口をするみたいに「彼女」へ言った。

 

 

「メリーゼちゃん。篠宮君が来たみたいだよ」



 同時に集団を形成していた生徒達が左右にズレていけば、やがて現れたのは白い綿毛のような後ろ髪。


 その美しい後ろ髪は椅子に座りながら女子生徒に頷くと、横向きに座った。



「メリーゼ……」



 他の人間を差し置いて自分だけ椅子に座っている彼女。その光景は人間への奉仕に全力を注ぐ彼女の性格から鑑みても異様である。


 しかも、その座席は俺のものだ。



 今度は一体何を企んでいるのか……。

 


「貴方様」



 メリーゼが俺を呼ぶ。が、いち早く反応したのは周りの生徒だ。



「え、貴方様って何……?」


「篠宮君のことだよね?」


「もしかして、貴方様って呼ばせてるの?」



 生徒達が互いの顔を見合わせ、ひそひそと。



 そういえば「貴方様」と人前で呼ぶのはこれが初めてだったか。


 いつもはちょっとした悪戯だけだったのに、今回は大きく出たな。



 メリーゼが周囲の目を気にする様子はない。寧ろ計画通りとばかりにニヤけている。


 どうやら彼女は本気らしい。俺達の奇妙な関係を公に晒すつもりらしい。



「貴方様。此方へいらして下さい」



 メリーゼが可愛らしく手招きをする。


 本来なら彼女自身が率先して近付いて来そうだが、座ったまま動かない。



 仕方なく、彼女の元へ向かう。



「おはよう御座います。貴方様」


「おはよう。メリーゼ……どうして俺の席に座っているのか訊いてもいいか?」


「温めておいたのです」


「温めて……?」



 メリーゼは「はい」と頷き、ようやく立ち上がった。



「さぁ貴方様、お座り下さい」


「……?」



 まるで作りたての料理を振る舞うように、たった今まで座っていた椅子を俺に明け渡してくる。


 戸惑う俺に、彼女は「冷めないうちに、さあ」と催促する。


 

「……」



 また意味の分からないことを……。



 周囲の生徒達が騒ついているのは、当然のことだった。メリーゼのこんな姿を見たのは、きっと初めてなのだろう。特に俺とメリーゼの唯ならぬ関係について、皆んな疑問を抱いているように見える。



 俺が足を止めていると、メリーゼは態々俺の手を取って椅子に座らせた。



「はい、貴方様。如何でしょうか?」


「……い、いや。うん。凄く温かいよ」



 椅子の表面には確かな温もりが宿っている。手で触れてみても、はっきりと分かる程度の温かさ──それが彼女のものであると分かれば、少し特別に感じてしまったりも……。



 そんな俺に、彼女の方もご満悦の様子だ。

 


「お気に召したようで、とても嬉しいですわ」


「……お、お気に召したとは言ってない」


「くすす。貴方様だけの為にご用意したのです。十二時間三十八分五十二秒掛けて、ずっと温めてきたのですよ」


「やり過ぎじゃない……?」



 なんだろう。妙に恩着せがましい。



「愛情を込めた甲斐がありましたわ。それはまるで母鳥が卵を温めるように──きっと私の体温と同じになっている筈です」



 一人で勝手に語り続けるメリーゼは、次に「確かめて下さい」と手を差し伸べてくる。



「お、おい……だから勝手に──」



 彼女の指先が俺の右手に触れると、一瞬ヒンヤリと冷たい。彼女の手が上から覆い被さってギュッと握られれば、ジンワリと温かい。



「如何でしょう。私と椅子、どちらも同じ温度でしょう?」


「メリーゼ、人前でこんな──」



 小声で彼女に伝えるも「私はロボットですわ」といつも通りの返答が返ってくる。



「集中して、感じて下さい」


「……」



 雪のように白くとも、体温は温かい。それは着席した瞬間から感じていた彼女の温もりと、間違いなく同じだった。



「た、確かにお前の体温と同じだ。だから、も、もういいだろ……」



 人前でこんな、流石に恥ずかし過ぎる。


 クラスメイト達は真顔でこのやり取りを見ているし……。



 しかし、彼女は物足りなさそうに口を窄めて「それで?」と追加の感想を要求してきた。



「それでって……」


「好きか、嫌いかで言えば……?」


「は!? え、いや……」


「くすっ。好きなのですね」


「だから未だ何も言ってないって」


「恥ずかしがり屋様ですね、貴方様は」 



 まるでイチャつく馬鹿ップル。


 恥ずかしい……もう帰りたい。



「これ、篠宮君とどういう関係なの……?」


「そうそう。お前ら、まるでカップルみたいじゃん」


「え? まさか、そういう?」



 一連のやり取りを見ていた生徒達がようやく口を開く。


 まぁ当然の反応だった。



「こ、これはメリーゼが俺を揶揄ってるだけだって──」


「メリーゼって、そんなことしなくない?」


「どちらかと言うと、冗談通じないタイプだよな?」



 メリーゼって他の生徒の前では、冗談通じないタイプなんだ。って、それはどうでも良くて……。



「これは多分っ、メリーゼのお遊びだから──」


「あ、逃げた」



 苦しい言い訳を吐きつつ、俺は席を立った。


 熱りが冷めるまで、スキットにでも助けて貰おう。そう思って俺を囲う生徒の集団から逃走を計ろうとした時、



「ナ、ナキト君……」


「シノギさん……?」



 やや離れた位置で静観していた七草シノギが立ち塞がった。


 彼女は大きな胸の谷間に腕を押し込めて、不安に押し潰されそうな雰囲気を漂わせながらも、眉尻を上げて、



「やっぱりそうじゃんっ」


「えぇ……?」



 若干疲れ気味に尋ね返せば、



「もうっ、どっちが好きなの!? って聞いてるの!!」



 と、ヒステリックに叫ぶ。



「どっちって、どっち……?」


「ムスビちゃんとメリーゼ!! ──それと私ぃっ!!」


「……?」



 何故そこに自分が含まれているのか、シノギは理解しているのだろうか……。



「はっきりしてよぉ、うわぁあん」


「え、ナキト君って、シノギちゃんにも手を出してるの?」


「うわぁ」



 周囲の反応も当然のものだった。


 どう考えても人聞きが悪い……。

 

 

 結局収拾が付かなくなった現場に秩序はなく、憶測が憶測を呼び始め、最終的には俺が三股していると結論付けられたが、それは俺が教室を去った後の話だ。



◆ ◆ ◆



 放課後。


 

「おい、篠宮。お前も参加しろよ」


「おっ、そうだそうだ。お前ならいけるんじゃないか?」


「ほら、こっち来てメリーゼに告白しろ」



 何故このようなことになったのか。


 俺は教室に居残ったことを後悔することになる。

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