第17話 体育⑤ テスト。 +それが見ている。
「お前が俺の採点をするのか」
「……は、はぃ。順番的に」
ナフィーリエは非常に小さな声で、とても嫌そうに、目を合わさずに言ってきた。
これで嫌われてない、は無理があるだろう。
「それではナキト様、此方──へ?」
「……?」
ナフィーリエが俺をマットまで案内する為に腕を開いた瞬間、
「貴方様の採点はこの私が務めます。ナフィーリエは次の須藤様の採点をして下さい」
「は、はい……」
彼女の肩をメリーゼが掴み、静止させた。
ナフィーリエは姉の登場に一時は頬を強張らせて硬直していたが、やがて何処かへ歩いて行ってしまった。そんな彼女を瞼を下げて見送ったメリーゼは、ニンマリと俺に笑みを向けてくる。
「さぁ、貴方様は此方へいらしてください」
「……お前なぁ」
「どうかなさいましたか?」
「ナフィーリエに怖がられてないか?」
「……?」
てっきりナフィーリエは俺を嫌っていると思っていた。しかし、今ので分かったことがある。
メリーゼに肩を叩かれた瞬間のナフィーリエの表情──彼女は慄いていたんだ。
勿論姉を尊敬しているのだろうが、それと同時に怖い存在としても認知している。
例えば武術の師範とかだって怖いけど尊敬出来る。メリーゼとナフィーリエはそんな関係に見えた。
しかし、メリーゼは俺の発言をきっぱりと否定した。
「そんなことは有りませんわ。私とナフィーリエは姉妹。とても仲良しです」
「いや、それはそうだろうけど……」
でも確かに、ちょっと大袈裟な気もする。メリーゼって、そんなに怒ったりしなさそうだし。身内には厳しいとか、そういう感じかな……?
そもそもロボットに人間のような上下関係があるだろうか。
「貴方様。本テストの内容は宜しいですね?」
「あ、ああ。だけど、七段の跳び箱を跳べるかどうか……」
「それについてはご安心下さい。貴方様は六段の跳び箱を跳んで下さい」
「え……!?」
てっきり、貴方様なら次こそは出来ますわ、とでも言ってくるかと思った。
まぁそれで良いならそうするが……。
「元より七段の跳び箱を跳べる可能性は低かったのです」
「……?」
「申し訳有りません。騙す意図は無かったのですが、貴方様には是非高得点を取って頂きたく……何故なら──」
特別なお方ですから、とメリーゼは瞳を閉じて告げる。
「……で、でも。じゃあ、六段で良いってのは」
「貴方様は前回まで、五段の跳び箱が限界でした。ですが、今回──本当の全力を貴方様は知りましたね。本気を出せば七段の頂点を捉えることが出来るのです」
「な、なるほど……?」
「恐怖を見事打ち消したのも、貴方様の功績ではありますが……その。きっと私を想ったから、ですよね……?」
「……」
メリーゼが頬を赤くし、俺を二、三度見ては目を逸らす。恥じらいを隠そうともがく、ような振る舞いをした彼女は何とも意地らしかった。
「えっと、それは……」
「言葉にする必要は御座いませんわ。その方が、くすす。花がありませんこと?」
なんだろう。誘導尋問というか、勝手に話が進んでいるというか、妄想が止まらないというか……。
「……そ、それでメリーゼ。六段を跳べば、後は前転と後転で良いんだな?」
「はい。全て成功すれば五点満点です」
「たった五点で満点?」
「運動能力の違いで、大きな差が生まれないように配分されておりますわ」
「なんだよ。結構心配してたんだから」
「私が沢渡先生に助言致しました。公平こそが、愛なのだと」
妙に誇らしく言うメリーゼ。愛という単語が彼女のようなロボットから出ると、不思議な感じがする。いや、不気味だろうか。
愛──彼女はそれを知っているというのか。
人間の俺ですら、良く分からなくなっているのに……。
──私は構いませんが。
その言葉がチラチラと脳裏に蘇る。まるで呪いのように。
俺はメリーゼに連れられ、一枚のマットの上で前転と後転を披露した。
「完璧ですわ。百六十二分間と十三秒をそれに注ぎ込んだ甲斐がありましたわね」
「は、恥ずかしいからやめてくれ」
その後、六段の跳び箱に跳んだ。
当然七段よりも低いそれに、七段と同様のジャンプ力を発揮すれば容易に越えられることが出来る。
メリーゼの可愛いらしい声援を受け、見事完璧に跳ぶことに成功した。
「おめでとう御座います。流石は貴方様ですわ」
「……まぁ、何だ。正直お前が居なければ、跳べなかったかも知れない。結構達成感があるな」
「くすすっ。もう、言わなくて宜しかったのに……」
「え、何が?」
メリーゼは下腹部で両手を重ねたまま、肩を左右に揺らしながら恥じらった。
「また私を想って跳んだのでしょう。貴方様は意外と積極的なところがあるのですね」
「は……?」
いや俺が言ったのは、メリーゼが七段を勧めてくれたからって意味なのだが……。
「それでは次の方が待っておられますので、私はこれで。くすす」
「あ、ああ」
嬉しそうに笑うメリーゼ。
彼女が嬉しそうだと、俺も少し嬉しいというか。彼女のような人気者の心を動かせたのなら、俺もまだまだ捨てたものじゃないって思えてくる。
ボンヤリとそんなことを考えながはメリーゼの背中を見送っていると、彼女は突然振り返ってニッと笑う。
──メリーゼには気を許さないで下さい。
そんなスキットの忠告を忘れて、つい心を躍らせてしまうのだった。
◆ ◆ ◆
彼女の周りには誰も居ない。たった一体、校舎の傍らに立ち、体操服姿の生徒達が体育館から流れ出るのをただ見つめている。
幾度かレンズが絞られ、一人の男子生徒をフォーカスした。
「あれが、あのメリーゼがマーキングした男子生徒──」
地面に突き刺さる雷が如き長髪を人差し指で絡め取り、スッと伸ばす。コンクリートの地面を踏み躙り、呟く。
「聖蘭高校の時みたいに傷害事件を起こされたら、たまったものじゃないわ」
「アンタには無理よ。私と同じ人格データのアンタにはね」
そう吐いたものの、妙な苛立ちや敗北感に苛まれた彼女は、男子生徒が校舎に消え行くその瞬間まで彼を捉え続ける。
シャッターに焼き付ける。
誰も居なくなった通路を暫し眺めた後、「くしし」と小さく笑うのだった。




