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第16話 体育④ 確かに想っている。

──私は構いませんが。



 自信家のメリーゼにしては、いつもと少し違っていた。そう感じたのは、声に若干の遠慮が窺えたからだ。


 俺に思わせ振りな態度を平気で取る癖に、こういう時だけ「引かれる」と逆に気になってしまうのは、男としての性なのかも知れない。



 そうして、


 助走位置で待機する俺に、小走りで跳び箱まで戻って行ったメリーゼが「いつでも大丈夫ですわ」と手を振って合図を送ってきた。


 

 俺は跳び箱を真っ直ぐ捉え、走る準備を整える。


 それと心の準備もだ。



 ──私は構いませんが。



 ね。


 

 メリーゼからの「申し出」は、俺にとって都合が良い。


 この際、一ノ瀬ムスビのことは置いておくとして──こんな子からの好意を無碍にするのは、凄く勿体無いと思うのだ。



 だって、またとないチャンスじゃないか。



 ──貴方様は私の特別ですから。



 メリーゼは数ある生徒の中から俺を見付け、そう言ってくれた。何故俺を選んだのかは、今だに良く分かっていないが……。


 彼女は更に「構わない」と言った。今後の人生で恋人が出来るか分からない状況で、メリーゼは実質的に「OK」と言っている。


 

 だから、勿体無いと感じてしまうのだ。


 取り敢えず、付き合っておけばいい。

 取り敢えず、キープしていればいい。



 でも、こうも思うんだ──



『愛って、多分そういうのじゃない』



 誰かを愛するということは、人生を捧げる覚悟が必要なのだ。


 やはり俺には、その覚悟はない。



 それが何とも情けなくて、モヤモヤして、むしゃくしゃして、気付いたら俺は駆け出していた。



「貴方様ならいけますわ!!」



 暗闇の中、メリーゼの声が響く。それは太陽のように輝いていて、一瞬で道を照らしてくれた。



 一切の躊躇なく踏み込めたのは、きっと彼女を「確かに想っている」からだ。



 ジャンプ台を踏み付ける。


 と、同時に飛び上がった。両手を跳び箱の頂点に付いて、身体を押し上げる。


 そこで見た景色とは、遥か下で見上げるメリーゼの笑顔だった。その先に敷いてある白いマットもまた、遥か遥か下にあった。



「貴方様っ!! やりましたわね!!」



 次の瞬間、まるで自分事のように喜ぶメリーゼが左隣に居た。



「おめでとうございます」



 取り敢えず言葉を添えてくれるナフィーリエは右隣に居る。


 俺は、今まで見ていた錯覚から目を覚ました。



「全然跳べてないじゃん……」



 もの凄く跳んだ気でいたが、俺は跳び箱の上に跨ったまま停止している。


 しかも、後少し後ろにズラしたら落っこちてしまうくらいに手前で跨っていた。



「ですが、貴方様は頂点よりも高く跳ぶことが出来たのですよ。くすすっ」



 何がそんなに楽しいのか、メリーゼは可愛いらしく笑いながら俺の背後に回る。



「お、おい。メリーゼ何を──」


「貴方様は身を委ねるだけでいいのです」



 すると突然、俺の体操服が引っ張られる。


 俺は態勢を崩して跳び箱の上から、後ろ向きに落下してしまう。



「……っ!!」



 背中から落ちたものの、


 直ぐにその背中は受け止められた。受け止めたのは小さな面──非常に心許ないが、軽々と俺を支えてしまう。


 メリーゼは次に俺の脚の関節部分に腕を入れ、あっさりとお姫様抱っこをしてしまった。


 体重六十四キロの俺を持ち上げる様は、まるで発泡スチロールのように重さを感じさせない。


 メリーゼはやはり「くすす」と笑っていた。



「私の腕にすっぽりと収まる貴方様は、とても愛らしいですわね。そうは思わなくて、ナフィーリエ」


「わ、私には良く分かりません」


「愛が足りませんね、ナフィ」


「メ、メリーゼ……早く離してくれ──」


「あら、貴方様じゃない」


「おい、未だそこに居たんだ、みたいな言い方をするな」


「貴方様にそのような無礼は致しませんわ」



 俺を無断で引き摺り落としたのは無礼なことだと俺は思います。



「もう一度挑戦するから、早く下ろしてくれ。恥ずかしいし」


「いいえ。それは出来ないようです」


「は? どうして」


「先生が笛を吹くからです」


「えっ?」



 メリーゼが言ったように、ピーッと笛が吹かれた。



「集合しろ。お前ら遊んでっから。もうテストは始めても良いってことなんだよなぁっ!!」


「えぇー。後十分あるじゃん」


「うるさい。文句を言うなら、遊んでた奴に言え」



 遅れて集合してきた俺を、沢渡先生が鋭い目付きで見てきた。きっと、遊んでいた奴の中に俺も含まれているのだろう。


 俺一応ちゃんとやってたんだけど……。



「テストの方法はさっき言った通りだ。マット運動で二種、その他好きなもので一種披露しろ。採点は俺とメリーゼ。二組のナフィーリエにお願いしてるから。分かったな」


「は〜い……」



 沢渡先生の笛を合図に、出席番号順にテストが開始された。


 三名が順に出て行って、それ以外の人は体育館の隅で待機する。



 胡座をかいて座っていると、近くにいた女子生徒が俺の背中を突いた。


 振り向けば、葉っぱ色のアホ毛が苗芽のようにタラリと提げられた緑髪の女の子──シノギが俺を怪しむような眼で見ていた。


 彼女は長袖の体操服のチャックを半分くらいにまで緩め、大きな胸を膝に押し付けている。



「ねぇ、ナキト君」


「なに?」


「さっきの……メリーゼと何話してたの」


「え? 普通に跳び箱の練習に付き合って貰ってただけだけど──」


「そっ、そうじゃなくて」


「……?」


「お昼休みに決まってんじゃん……」



 シノギが言い辛そうにモジモジする度、膝に押し潰された胸が揺れる。


 お昼休みというと、誤って着替え中の教室に入ってしまった時のことだが、彼女は未だ根に持っているらしい。



「いや、あれは偶然メリーゼと会っただけだから──」


「あんなに仲良さそうにしちゃって?」


「それは別に関係ないだろ」


「関係あるし。何か、最近メリーゼとの距離近いじゃん」


「え? そう見えるのか?」



 体育座りのシノギは、頭を膝に押し付けるように頷いた。


 メリーゼにちょっかいを出されるようになって、それ程日数は経っていない。だけど、隣の席であるシノギは、俺達の異変に気付いたらしい。


 

「メリーゼに何か言ったの……?」


「何かって何だよ」


「そ、そりゃ……変なことに決まってるじゃん」


「……? 何だよそれ。別に何も言ってないから。メリーゼとは──」


「さっきお姫様抱っこされてた癖に……」


「……っ。あ、あれは跳び箱から落ちただけで」


「別にお姫様抱っこさせる必要ないじゃん」



 なるほど……そういうことか。


 シノギは、俺がメリーゼに命令して「そのようなこと」をさせていると思っているらしい。


 全生徒を平等に扱うメリーゼが、自主的に行う筈がない。そう考えるのが普通か。



 俺の名誉の為にも、あれら全てはメリーゼが勝手に行ったことであると弁解しておきたい。


 だがその時、テストの順番が回ってきてしまった。



「篠宮ナキト様」



 俺を呼んだのはナフィーリエだった。だが、何故そんなに嫌そうなのか。彼女は相変わらず気不味そうにしていた。



 シノギに目を向け直し、



「と、取り敢えず行ってくる」


「……うん」



 彼女の疑問は理解した。だけど、何故頬を膨らませているのかまでは良く分からない。


 俺は内心で溜息を吐きながら、眉を顰めるナフィーリエの案内に従うのだった。




作者より。

土日はすいません。出来るだけ毎日あげるつもりです。

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