第14話 体育② 八女のナフィーリエ。
「なぁ、お前……」
ナフィーリエに声を掛けてみる。
「……っ!!」
しかしその途端、ナフィーリエは唇に力を入れて口を噤んでしまう。何故か気不味そうな顔になって目を逸らされた。
「お前、ナフィーリエだったよな……?」
「……」
名前を呼んでも、返事はない。
人見知りなのだろうか。いや、まさかロボットにそんな性格が設けられている訳なくないか……?
ナフィーリエとはもちろん初対面の筈。返事すらしてくれないのは、やっぱりちょっと変だ。
「なぁ、聴こえているだろ? お前に話し掛けているんだが──」
「し、失礼致します……っ」
「えっ……?」
俺が歩み寄って行くと、彼女は頭を下げてそそくさと歩き去ってしまった。取り残された俺は彼女の後ろ姿を目で追う。
どうも俺とは関わり合いになりたくないらしい。
初対面の彼女に避けられて、内心ショックを受けていると、とある人物に気付く。
「メリーゼ、俺達にも教えてくれよ」
「そうそう。手取り足取り、なんつって」
「くすす」
メリーゼが此方に歩いてきた。男子生徒達の呼び掛けを笑顔で躱し、跳び箱の近くで佇む俺の元に歩み寄って来る。
「貴方様」
ちょっとご機嫌な様子だった。
「お手伝い出来ることはありますでしょうか。貴方様の為であれば、何だって致しますわ」
「……」
何だって、か……。
ロボットは必ずしも人間を優先するとは限らない。先程のナフィーリエを見ていれば分かる。
一方のメリーゼは俺に異常な好意を向けている。
彼女達に自我があるのは火を見るよりも明らかだが、無意味な行動を取るとも思えない。やはり目的がある筈なのだ。
何者かの命令という線はどうだろう。
スキットからの助言もあるし、ナフィーリエにも尋ねてみようと思った矢先、避けられてしまった訳だが。
「浮かない顔ですね。体調が優れない場合は、私自ら保健室で介抱致しますわ」
「い、いや。それは大丈夫だから」
気付けばメリーゼの手が俺の額に迫っていた。慌ててそれを避けると、行き場を無くした彼女の手はスッと元の位置に戻って行く。
「では、今回のテストについての考えごとでしょうか? ご安心下さい。今回のテストは私が考案した──」
「なっ、なぁメリーゼ。それより俺、ナフィーリエに嫌われているような気がしてるんだけど……」
「ん……? ナフィーリエですか?」
目をパチパチさせたメリーゼは、しかし自信に満ちた溢れて、
「そんなことは絶対に有り得ませんわ」
「どうして?」
「私が貴方様のことを好いているからですわ」
「え? いやそれはぁ……まぁ知ってるけど」
「それは良かったです。てっきり、あまり伝わっていないのかと思っておりました」
「……」
まるで乙女のように恍惚とした笑みが覗き込んできて、若干頬を染めた彼女の美しい顔を前に、俺は顔を背けざるを得なかった。
俺の顔を執拗に追ってくるメリーゼは、さっと俺が左を向けば、腰を曲げて右から歩いて来て、逆を向けばまた追い掛けてくる。
彼女から逃げる切ることが出来ないのは、もう分かっている。
「お前の話はもういいから、ナフィーリエのことを聞かせてくれ」
「くすす。出来れば私のことをもっと知って欲しいのですが……それが第一歩ではありませんか?」
何の第一歩だよ。
「……仕方ありませんわね。ナフィーリエが貴方様を嫌っているなんてことは絶対に有りませんわ」
「でもさっき避けられたんだけど」
「少し恥ずかしがり屋な性格なんです」
「でも、ほら。向こうでは普通に喋ってるけど……?」
俺を避けるように去っていったナフィーリエは、遠くの方で女子生徒に喋り掛けられている。確かに社交的ではないようだが、避けたりはせずちゃんと会話していた。
メリーゼはそんなナフィーリエの方をジッと見つめる。
すると、女子生徒と会話中にも関わらず、ナフィーリエは俺達の方に顔を向けた。
それから少しして、会話を終えたナフィーリエがやって来る。
「お姉様、お呼びでしょうか」
「ええ、ナフィーリエ。ナキト様にご挨拶が未だだったでしょう? 折角の機会ですのでご挨拶なさい」
「はい」
ロボット同士の会話って、何だかむず痒い。というか、今お姉様って言ったか?
紺色のインナーカラーに灰色のウルフカットが良く似合う黄色い瞳のナフィーリエ。先程は俺を避けていたが、しっかりと此方に目を向けて、
「篠宮ナキト様。私はナフィーリエで御座います。二年二組を担当しておりますので、いつでもお声がけください」
ペコッとお辞儀する。
合わせて、つい俺も頭を下げた。
「えっと……篠宮ナキトです。二年一組です」
対してメリーゼは「ほら、嫌われてないでしょう」とでも言いたげにニコニコしている。
「この子、お前の妹なのか……?」
「はい。二十体のシスターズの中で、ナフィーリエは八番目の妹です。勿論、私は長女ですわ」
誇らし気だ。
確かに二人並んでいると、目元が良く似ている。濃い睫毛に囲まれた、やや吊り目で切長の瞳。
下手をすればキツい印象を受けるが、メリーゼは下手を踏まない。
優しさを感じさせる微笑みは、流石人気投票一位のロボットだ。
一方のナフィーリエは硬い表情をしているが、これは俺が居るからかも知れない。
直ぐ目を逸らされるし、何処か姉に遠慮しているようにも見える。
こ、ここは一つ世間話でも……。
「ナフィーリエは普段、何をしているんだ?」
何だこの質問。我ながら会話が下手過ぎる。
「……」
ナフィーリエも返答に困っているのか、やはり気不味そうに眉を顰めている。
「ナフィーリエも私も、お掃除メイドロボットですので。放課後以降は学校の清掃や備品の管理をしていますわ。ね、ナフィーリエ」
「はい、お姉様」
代わりに答えたのはメリーゼだった。
「じゃ、じゃあ、ナフィーリエは運動とか得意だったりするのか……?」
「い、いえ……得意かどうかは分かりません」
やっと答えてくれたが、彼女は仕切りに姉を意識していた。
「そ、そうなんだ……じゃあ、メリーゼの妹ってのは、後継機ってこと? シリーズモノとか?」
「後継機になります。お姉様の素体をモデルにして生産されたのが私達シスターズです」
「なるほど……?」
一応会話は成立するが、話は続かない。
メリーゼに助けを求めても、ニコニコしているだけだ。仕方ない。次の質問を──
と、そこでナフィーリエの顔が青褪める。
「後継機ってことは、メリーゼよりも性能が良かったりするんだよな?」
「──っ!?」
青褪めた顔でメリーゼの様子を伺うナフィーリエ。
「そっ、そんなことは御座いません!!」
彼女は本の一瞬の沈黙を破り、語気を荒げた。
「素体の性能は定期的にアップグレードしているので変わりません。それに、お姉様はシスターズの中で一番優秀です。私達はお姉様の跡を追っているに過ぎませんから!!」
「そ、そっか……」
余程姉のことを慕っているらしい。ナフィーリエはここ一番で感情の爆発を見せた。
長女を立てる良く出来た妹を、笑顔のメリーゼが無言で頭を撫でる。ナフィーリエはハッとして口を閉ざし、メリーゼの手の重みに頭をやや落とし、
嬉しいのか嫌なのか曖昧な表情で撫でられ続けている。
ふと、猫の雑学を思い出す。
猫は少なくとも二匹以上の場合、必ず立場が上の猫が頭を舐めるらしい。
偉い方が頭を撫でるのだ。
この光景が単なる姉妹愛に見えたのなら、きっと、そんな雑学を思い出すことはなかっただろう。
ナフィーリエがメリーゼを立てたのも、メリーゼがナフィーリエの頭を撫でるのも、愛情に由来するもの──よりも、もっと別のものが由来している。
何故か、この時はそのように思えたのだ。




