第13話 体育① マット運動最終日。
シノギと俺は体操服に着替え終え、全速力で体育館に急いだ。
結果、五分遅刻した。勿論先生に怒られたし、恥を掻いた。
一部の女子からはヒソヒソと睨まれて、男子からはシノギと一緒に来たことでニヤニヤされる始末。
思春期真っ只中の高校二年生は、そういうことに敏感だ。俺だって男女が歩いていたら「恋人」なのかなって思うし。
でも、こういうのって嫌だよなぁ。
もし仮に、変な噂が一ノ瀬ムスビに伝わったら「乗り換えたんだ」って思われるかも……なんて流石に自意識過剰過ぎるけど、少しでもそれが頭に過ぎってしまうと、途端に身動きが取り辛くなるんだよ。
さて、今日はマット運動の最終日だ。
体育館にはマットや平均台、跳び箱が左右に並べられている。それらを並べたのは、今もあそこで用具の微調整を行っているお掃除メイドロボットだろう。
メリーゼは直前まで俺と一緒に居た為、きっと彼女が一人で準備してくれたのだ。
「前回も言ったように、今回はテストすっから。最初の三十分は練習。残りの二十分でテストを行う。メリーゼとナフィーリエ、そして俺が採点者だからな」
名前はナフィーリエと言うらしい。
紺をインナーカラーに持つダークグレーの髪。まるでオオカミを思わせるヘアスタイルの紛れもない美少女。
二年二組に配備されているのは知っていたが、今日は一組の手伝いに来てくれたらしい。
その理由は先生も言っていたように、テストの採点だ。
「それじゃあ、早速始め。笛を吹いたら集合しろよ」
先生の合図により生徒は散っていき、用具を使い始める。
ナフィーリエはメイド服のスカートの裾を床に広げ、生徒が使用したことでズレてしまった用具を、タイミングを見計らって位置の修正を行っていた。
見たところ、少し気難しそうだ。それにやや几帳面な性格でもあるらしい。
「お前何にする? マット運動苦手なんだよなぁ」
「普通に前転と後転でいいだろ? それと平均台で三つじゃん」
「平均台って……ダッセェよ」
テストは何かしら三種の技を披露すればいいだけで、不合格という概念はない。
マット運動で二種、その他で一種という縛りはあるが、前転と後転を行い、平均台を落ちずに渡れれば誰でも通過することが出来る。
多分最低点ではあるが、運動が苦手な生徒に配慮されているのは嬉しい。
かく言う俺も、前転と後転、そして少し上を狙って跳び箱で切り抜けるつもりである。
前転と後転は練習せずとも出来るので、何段の跳び箱を飛ぶのかを決めた方が良さそうだ。
そう思って跳び箱の列に移動すると、
「メリーゼちゃん、あれやって!!」
「ほらほら、前にも見せてくれたじゃん」
何だか女子達が騒がしい。
囲まれているのはメリーゼだった。
いつの間にか居なくなった彼女だが、俺とシノギよりも先に体育館に居た。遅刻して来た俺達を「くすす」と笑っていたのだ。
自分だけ遅刻から免れて、ズルいヤツだ。
彼女は体操服を着ておらず、動き辛そうなメイド服のままだけど、一体何をするつもりなのだろうか。
すると、メリーゼが平均台の上に立つ。
「メリーゼちゃん、頑張れ」
「ファイトォ!!」
女子の声援に包まれながら、メリーゼは平均台の上でバレリーナのように爪先立ちになって──彼女の靴はやや厚底のパンプスで明らかに運動に不向きだが──完璧なバランス感覚で手始めに細い平均台の上で回転し、スカートを摘んで優雅にお辞儀をした。
女子達が更に声援を上げる。
それから軽くステップを踏んだメリーゼは、その勢いのまま両手を平均台に付けると音も無く脚を上げる。
上げられた両脚は頂点を通過し、片方ずつ前へ倒れていく。背中は滑らかにしなり、ほぼブリッジのような体勢を作ったと同時に、両手が平均台から離された。
遠心力を利用し、上半身が持ち上げられる。
一連の演舞を終え、余裕そうに笑みを浮かべるメリーゼがお辞儀をする。一瞬だけ得意気に視線を向けてきた気がしたが、多分気の所為だ。
「凄い凄い、メリーゼちゃん」
「やり方教えて!! それやれば満点でしょ、絶対」
「くすす。残り二十三分と三十一秒では練習時間が足りませんわ」
「ええー」
歓声を上げる女子達と、やや離れたところで見る男子達。
俺はその隙に、誰も居ない四段の跳び箱を飛んだ。
「ふぅっ」
四段なら楽勝だ。多分五段も余裕な気がするが、問題は六段と七段かな。
並べられた跳び箱を見比べていると「あっ」。
目が合った──
片隅で両手を下腹部に揃えたウルフカットの美少女と。
長い睫毛で縁取られた黄色い瞳は、まるで満月のように暗く輝いている。




