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第11話 まだ勇気は出ないが……。

 昼休憩が終わるまで残り十分。


 彼女は、彼女自身が育てた中庭の庭園を自慢するように紹介してくれた。



「これはセイレンカというお花ですわ。お星様に良く似ているでしょう? くすす」



 俺の手をしっかり握り締め、しゃがんで花の匂いを嗅ぐ。振り向き様の笑顔は、天使のように美しかった。


 綺麗だね。ってつい彼女の方を向いて言ってしまうと、



「今、私に言いましたか?」



 上目遣いでそう言い返してくる。



「……だっ、断じてお前には言ってないから。違うから」


「そこまで否定されると、ちょっと傷付きますわ」



 少し顔を逸らしつつ、口を尖らせてしまうメリーゼ。



「え? ご、ごめん」



 素直に謝罪すれば、やっぱり直ぐに口角を上げ直すのだった。



「この私は世界で最も美しいとされる姿で創造されたのですよ? 貴方様が私に見惚れてしまっても、何ら不思議なことはありませんわ。くすす」


「自分で言うのかよ……」


「いいえ、これは事実なのです。現に、私よりも美しい人間様を見たことはないでしょう?」


「……そ、そりゃまぁ。あっ、や──それよりあっちの花は? ほら、あっちにも綺麗な花があるじゃないか」



 彼女は嫌味なく、あくまでも自らの容姿を最上の美と謳う。


 だが、そういうことを言われると認めたくなくなってしまうのは、単に逆張り精神とかではなく、もっと他のこと──



 俺はきっと、未だ勇気がないのだ。


 メリーゼみたいに、思わせ振りな態度は取っていいのかが分からない。優しくしてもいいのかが分からない。何故なら、彼女は俺の「彼女」ではないからだ。



 そう勇気がないのだ。


 その可能性を受け入れる勇気が。



 ワザと話を逸らそうとした俺を、彼女は沈黙したまま横目で見つめる。思っていた反応じゃない、と言いたげだ。



「……」


「……な、何だよ」


「ツレナイですわね。もしかして、恥ずかしがっているとか? もぅ貴方様ってば可愛いんだから──」



 ちょんと肩を軽くぶつけて、次のエリアへ向かう。



「恥ずかしいとかじゃないし」


「お顔が赤いですわよ。くすす」


「……くぅ」



 今日はいつになく好戦的だ。

 


「此方はアザミチョウセンという、阿佐美水林山にしか咲かないお花ですわ。花弁の一枚が黒いのは、まるで方角を差し示しているみたいで面白いでしょう。昔の人はこれを頼りにして、森で狩りを行ったそうです」


「へぇ、見たことないかも」


「山の奥深くにしか自生しておりませんから、仕方ありませんわ。成長には一定のミネラルが必要なので、阿佐美水林山の地層はそれに適しているそうです。現在は絶滅危惧種に認定されておりますが、私が市に無理を言って了承頂きました。地域の保全活動に少しでも助力出来たら、とアザミチョウセンについて書いた私の記事が市民会館に今でも掲載されているのですよ」



 知識と自らの実績を雄弁に語る。自分はこんなにも凄いんだと、それはまるで子供のように。



「流石だな、メリーゼ」


「私は最優のロボットですからね。くすす」

 


 中庭を抜ける微風にメイド服を揺らし、雲のような白髪を耳に掛ける。飛んでいる小さな蝶ですら、メリーゼは嬉しそうに俺に報告する。



「夏はミツバチやアゲハチョウも遊びに来るのですよ。その時は是非、私とまたデートして下さいね」

 


 水彩画の世界に脚を踏み入れたみたいな、色鮮やかな自慢の庭園で、可憐な彼女は俺の目に際立って映っていた。




「貴方様、今誰か居ました!!」



 それは唐突だった。



「以前報告のあった不審者様かも知れません」


「は!?」



 人間を守ることが何よりも大切な彼女は、「確認します」と言って俺の手を引っ張っていく。



「おっ、おい。昼休み終わっちゃうって──」



 使命感に燃えたその瞳は真剣そのもので、彼女の耳に俺の声は届いていないようであった。



「この付近です」


「良くあそこから視えたな」


「風速から予測された茂みの動きが大きく異なっておりました」



 阿佐美水林山の茂み。先程居た中庭から凡そ百メートルくらい離れているにも関らず、「自動観察モードで確認出来ました」と彼女は述べた。


 流石は超高性能なハイテクロボット。瞳の中にあるレンズのような代物は伊達じゃないらしい。



「でも、誰も居なくないか? 茂みがちょっと揺れたくらいで、人間とは限らないし」


「ちょっとでは御座いません。大きく揺れたのです」


「どっちも変わらないよ……」


「黒い影も見えたのですが」


「熊か何かだったんじゃないのか?」


「……ぅぅ」



 溜息を吐く。折角良い雰囲気だったのに……って、別にそれはいいか。


 まぁでも、真剣な彼女を見るのも決して悪くない。



「で? 時間ヤバくない?」


「はっ──!! も、申し訳御座いません。予鈴まで一分。授業開始まで六分です」



 それは自動タイマーモードとかで知らせてくれないのか。



 言っている間に、予鈴が鳴ってしまった。


 じゃあ、後五分か。すっごい微妙だな……。走れば間に合いそうだけど、制服のまま汗を掻きたくないし……。



 そう思って、



「まぁいいじゃん。どうせ間に合わないし、ゆっくり歩いて戻ろうぜ」


「いけません!!」



 彼女は語気を荒げて、詰め寄ってきた。



「えっ!?」


「遅刻はイケナイことです。貴方様にそのような卑劣な真似はさせれません!!」



 卑劣……? そ、そこまで言わなくても……。


 俺だって遅刻したことくらいあるのに。



「でも、俺脚遅いしさぁ──」


「乗って下さい」


「乗る……?」


「背中に乗って下さい!!」



 真っ白な髪が表面を殆ど覆ってしまっている彼女の小さな背中が差し出されて、


 早く、と催促された俺は、意を決してそこにしがみ付くのだった。




作者より。

いつも有難う御座います。

お花は実在しません。また前々話でスキットが言っていた「国際連合と交わした秘密保持」云々ですが、彼女達を所有するネクストロボティクスがあまりにも発達したロボット技術を保有している為、技術を公開しない代わりに世界と結んだ平和条約的なヤツです。同社を運営するのも人工知能な為、人間視点ではターミネーター的なことが起きないようにしてます。


私、そういう社会の仕組みに疎いので、ギリ有り得るかくらいの感覚で読み進めて下さい。


まぁなので、この世界は人工知能が超進んでいる訳じゃありません。現代日本と変わりません。

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