表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/34

07.囚われの聖女

あれからどのぐらいの時間が経っただろう。

ユーリの自宅はおろか村自体がなくなってしまった。

あの魔物が爆破したからだ。

周囲には瓦礫やへし折れたポプラの木々、村人、騎士、家畜の亡骸が転がっている。


今戦っているのはビルただ一人。

彼は鍔迫(つばぜ)り合いをしている。

小柄でふくよかな非戦闘員であるはずの伯爵と。


「ロナルド! しっかりして!」


わたくしはミラに守られながら、隊長ロナルドの治療にあたっていた。

彼はわたくしとミラを庇って負傷した。

村を消し飛ばすほどの爆風から、わたくし達を守ってくれたのだ。

何としても助けたい。何としても……っ。


「あっ……」


命が消える。

また一人、取りこぼしてしまった。


「わたくしは……なんて無力なのでしょう」

「エレノア様……」


神よ。この場にいたのが、わたくしではなく天賦の才を持つセオドアお兄様であったなら、ロナルドを、皆を救うことが出来たのでしょうか。


「ぐおぉおぉぉぉおぉ!!!??」

「「「っ!?」」」


突如、天から光が降り注いだ。

雷だ。巨大な柱のような落雷が地を、魔物の命を抉っていく。


わたくしは胸を熱くしながらレイに目を向ける。

彼はうつ伏せの状態で倒れていた。

意識こそ失っているものの息はしている。

刺された右脇腹もご自分で止血を。

抜かりがない。流石ね。


「すっげ……」


ユーリが目を覚ました。

彼は全身に打撲を負っていて、立ち上がることが出来ない。

上体を持ち上げては沈んで、もどかしげな声を上げている。


「ユーリ、動いてはダメよ――」

「くっくっくっく……素晴らしいぞ、賢者レイモンドよ。想像以上だ。しかし、今一歩足らん。貴様の師、大賢者エルヴェ・ロベールを超えるのには」


聞き慣れない男性の声。

まさか――。

恐る恐る空を見上げる。


あれは……何?

若い青年のような見た目をしたそれは、背中に黒い翼を生やしていた。

黒髪に赤い瞳。

着ている軍服は焼け焦げて、白い肌からは紫色の血を滴らせている。


「……悪魔……?」

「さあな」


凄まじい威圧感。

白い布にぽとぽととインクを垂らすように恐怖が広がっていく。

呼吸すらまともに出来なくなった。


敵わない。本能的に理解した。

ユーリ、ミラ、ビル、レイの命を守るのには、もうこれしかない。


「降伏、致しますわ」

「っ!? 止せ! エレノア!!」

「そうですよ!! バカなこと言わないで――」

「賢明だな」

「きゃっ!??」


ミラの体が吹き飛ばされる。

悪魔の仕業であるようだ。

彼女の華奢な体が地を滑って、土煙を上げる。


「ミラ――っ!」


不意に悪寒が走った。

誰かが……うしろに立っている。

吐息がわたくしの首筋にかかった。

酷く冷たい。生き物のものとは思えないぐらい。


「案ずるな。手荒な真似はしない」

「っ!!!??」

「エレノアーーーーー!!!!!!」


視界が透明なガラス板で覆われる。

周囲は薄暗い。足元には黒い靄が立ち込めて。


『くっ……!』


魔除けの結界を張ると、靄は恐れ慄くようにして散っていった。

良かった。有効みたいね。


「見事だ」


眼前に悪魔の顔が迫る。

異様に大きい。視界いっぱいに赤い瞳が広がって。

まさか……小さくなった?


「せいぜい抗うことだ。オスカーのような『傀儡(かいらい)』になりたくなくばな」


やはり、この瘴気はその類の。

なら……限界がきたその時には――。


白いポシェットに手を伸ばす。

中には短剣が入っている。

勿論、出来れば避けたい。

でも、皆に……国に迷惑をかけるぐらいなら……。


「貴様っ!!!!!」


ビルが悪魔に斬り掛かる。

凄まじい剣幕だ。見ているこちらが臆するほどの。

けれど、悪魔は僅かも怯むことなく攻撃を躱して、ビルの腹を蹴り飛ばした。


「ぐはっ……!!!」

『ビル!!!!』

「見込みはある。だが、まだまだだな。剣聖ウィリアム・キャボットよ」

「っ! どうして僕の名前を――」

「励め。期待しているぞ」


高度が上がっていく。撤退する気ね。

虹色の結界に手をついて、皆の姿に目を向ける。


地面に倒れ込んだままのユーリが、こちらに向かって手を伸ばしていた。

声が枯れるのも厭わずに、何度も何度もわたくしの名前を呼んで。


『……っ』


 『助けて』、叫びたい衝動をぐっと抑え込む。


「賢者ガッファー――いや、レイモンドに伝えよ。『常闇の森』の我が城にて待つ。聖女エレノアを取り戻したくば、辿り着いてみせろ……とな」

「お前の目的は一体――っ!?」

『ビル!?』


ビルの姿が消えた。

いえ、ビルだけじゃないわ。ユーリ、ミラ、レイの姿もない。


「どうということはない。フォーサイスと言ったか? 貴様らの仲間の邸宅に飛ばしたまでのこと」

『なぜ……?』

「決まっておろう。手当てを受けさせるためだ。こんなところで死なれては困る」

『貴方は一体何を――っ!?』


不意に景色が切り替わった。

ここは……室内? 石造りだ。

壁に取り付けられた燭台には、紫色の炎が灯されている。

かなり広い。少なく見積もっても五百人は収容出来そう。

もしかして、ここが先ほど言っていたお城の……?


――「『常闇の森』の我が城にて待つ」


……っ! ちょっと待って。

心臓が早鐘を打つ。

城を持つ高位なる存在。今更になって思い至る。

この悪魔の正体は――。


『まっ、魔王……? 貴方は魔物の王、なの……?』

「……まぁ、そういうことにしておいてくれ」


推定魔王は大あくびをしながら、最奥にある玉座に腰掛けた。

わたくしは(はらわた)が煮えくりかえる思いだ。

あれだけの数の命を奪っておいてこの態度。

罪悪感は欠けらもない。

取るに足らない命だと? 彼らが何をしたというの……?


怒りは収まりそうにない。

だけど、怒っていても仕方がない。

情報を集めるのよ。何か……手を打つために。


『お前の目的は何? 彼らに何を期待しているの?』

「刺激だ。魔族の寿命は果てしなく長いのでな」


魔王は薄ら笑いを浮かべている。

本心だとは思えなかった。

はぐらかされた。そんな印象を抱く。


「吾輩は少し休む。……ああ、ただ早まるなよ。自死したところで、吾輩が得するだけのこと。貴様の望む結果にはならん」

『……体を乗っ取るから?』


魔王は気だるげに頷くと、そのまま目を閉じた。

疲労困憊といった様子だ。

けろっとしているようでいて、割と堪えているのかもしれない。


『っ!』


瘴気が迫ってくる。

魔王が就寝しても、術の効力は変わらないのね。


――耐えなければ。


この体を奪われたら、少なからず皆に迷惑をかけることになる。

自死の選択が失われた今、耐えるしか……っ。


――いつまで?


途方もない不安が押し寄せてくる。

わたくしは堪らず『よすが』を求めた。

ウェストポーチから取り出したのは、ユーリから貰ったあの野花だ。


ミラから聞いた話によると、『ハルジオン』というらしい。

別名『貧乏草』ともいうそうだけど。


ふふっ、十歳の少年らしい何とも甘酸っぱい失態ね。

だけど、きっと……貴方はこう言うのでしょうね。

『大事なのは心だ!』って。


『……ユーリ』


成長したユーリが……勇者の証である白い軍服を身に纏ったユーリが手を差し伸べてくる。

そんな稚拙なビジョンが思い浮かんだ。

バカね。けれど、今のわたくしには欠かせない夢だから。

みっともなく言い訳をして花を抱く。



昼も夜も分からない暗闇の中、今日は、明日は、今年こそは……と、そうやって何年も待ち続けた。

気付けば十年。

わたくしは変わらず、野花を抱いている。


残された時間は残り僅か。

二日……いえ、一日もてばいい方ね。

最期に一度だけ。

幻でもいいから、貴方に――ユーリに会いたい。

命を焚べながら切に願う。

暗く澱んだ闇の中で、独り佇みながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ