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06.幼い勇者

「こちらです」


目の前には一軒の家が建っている。

(すす)けた白壁に、苔混じりの茅葺屋根(かやぶきやね)

古びているけれど、どこか温かみを感じさせる家だ。

周囲には似たような造りの家が点在している。


「ユーリ……すまない。……俺のせいで……っ」


家の中から悲痛な男性の声が聞こえてきた。

ビルと共に中へと入っていく。


「……っ、ユーリ……」


ベッドの上には力なく横たわるユーリの姿が。

そんな彼の傍らには、中年の男女の姿があった。


いずれも白と薄茶色を基調とした恰好をしている。

男性はチュニックにズボン、女性はブラウスにスカート。

ブーツや服の端々には乾いた土が付着していた。


ユーリのご両親ね。

顔はお母様と瓜二つ。紅髪はお父様譲りか。


「簡単な処置は済ませておきました」


レイはご両親への配慮のためか、声を潜めて報告してきた。

彼の言う通り、ベッドに横たわるユーリの腕にはしっかりと包帯が巻かれている。


「辛うじて繋がってはいますが、場合によっては……切断も検討せざるを得ない状態です」

「……分かりました」


不安や緊張がないと言えば嘘になる。

だけど、怯むことはない。むしろ力が湧いてくる。


「必ず治します。ユーリの夢を、こんなところで終わらせたりしないわ」

「っ!? あぁ!! 聖女様!!」

「どうか息子を……っ、ユーリをお救いください……っ」


ご両親はわたくしに気付くや否や直ぐさま駆け寄り、祈りを捧げてこられた。

組まれたその手は小刻みに震えている。


ユーリ、貴方は愛されているのね。


見たところ、子供は彼以外にいないようだ。

おそらくは一人息子。

ご両親がやや年配であることも踏まえると……多くの悲しみの果てに、授かった子であるのかもしれない。


だとすると、ご両親が未だ入団をお許しにならないのも納得だ。

他の子の分までと、大事に大事に育ててきた息子がこんな目に遭うなんて、耐えられないわよね。


でも……いえ、今は止しましょう。

首を左右に振って頭を切り替える。


「お任せください。必ずやお救い致します」

「~~っ、ありがとうございます! ありがとうございます……っ」


わたくしは眠るユーリのもとへ。

彼の瞼にかかった紅髪をさらりと払って、小さく息をつく。


「ユーリ、共に励みましょう」


霧がかかった虹色の魔方陣を展開させていく。

これは治癒術じゃない。

『祈り』と呼ばれる、聖者・聖女のみが扱える魔法だ。


治癒術が対象の生命力を活性化して回復を促すのに対して、祈りは生命力そのものを生成して対象に与える。

そのため、自己治癒では対処不能な傷病も癒すことが出来る。

失ったり、腐ったりしていなければ。


「……ユーリが心配で、探しに行ったんです。そうしたら魔物は……もうほとんど塵になりかけてて……」


ユーリのお父様だ。

これはきっと懺悔ね。

この光に神を見出される方は多い。


「死んでると思ったんです。けど、生きてて。……それでユーリが、俺を庇ったんです。~~っ、こんな子供に俺は……っ」

「ただのガキじゃねえ。コイツはもう立派な戦士だ。いい加減、認めてやんな」


レイが言い放つ。

わたくしとビルが躊躇している間に。

貴方はいつもそう。率先して憎まれ役を買って出る。

それが自分の役割だと言わんばかりに。

ほんと、カッコいいんだから。


片側の口角だけ持ち上げて、ふっと魔方陣を消す。

治療は完了した。あとはユーリの意識が戻れば。


「んっ……」


ユーリの白い手がぴくりと跳ねた。

ご両親に席を譲り、後ろからそっと見守る。


「手は? 腕は? ちゃんと動くのかい?」

「えっ? ああ……うん! 平気!」


ユーリは手をぐーぱーしたり、腕をぐるぐる回したりして快調ぶりを示してくれた。

ご両親は安心したのか、涙を流しながらユーリを抱き締める。

ユーリは「苦しいっ」なんて文句を言いながらも、満更でもなさそうな顔で笑っていて。


「ああ、良かった。……っ」


ぐらりと視界が傾いた。

ビルに支えてもらって、ほっと息をつく。


『祈り』は総じてかなりの量の魔力を消費する。

今回のような患者様が多数いらっしゃるような現場には、不向きと言わざるを得ない。


だから、わたくしは治癒術を磨いている。

……まぁ、お父様をはじめとした聖教の方々からは『出過ぎた真似をするな』と、睨まれまくっているのだけれど。


「おぉ! 良かったなー、坊主!」

「聖女様! 流石でございます!」


歓声に包まれる。

見ればユーリの家の周りを、護衛隊の皆が囲っていた。

その中にはミラの姿もある。


「ねえ、アンタ! エレノア様のこと、もっともっと好きになっちゃったんじゃなーい?」


ミラがにたにたと笑いながらユーリに迫っていく。

それを受けて、彼の顔がぼっと赤くなった。

ちらりとわたくしの方を見て――ばっと目を逸らす。


「そっ、そんなわけ! ……ある……」

「きゃーー♡♡♡」

「ちょっ……なっ、何の話だい?」

「ユーリってば、エレノア様にプロポーズしたんですよ!」

「「はぁ!!???」」

「んで、OKもらっちゃったりなんだりしてー!」

「ばっ、バカ! 言うなよ!!」


ご両親は口をぽかーんと開けたまま固まっている。

ご存じなかったみたいだ。

はっと我に返り、「バカ!」だの「身の程知らず!」だのと言って、ユーリに撤回を求め出す。


「~~っ、うっせえ!! オレはエレノアと結婚するんだ!!!」


ユーリは高らかに宣言した。

まるでそう曇天の空を切り裂くように。

ダメね。つい期待してしまう。

貴方ならもしかしたら、って。懲りないわね。


この旅が終わったら、わたくしは誰かの妻になる。

貴方を待つ時間なんてないのに。


「ほっほっほ! 何とも微笑ましい限りですな」


賑やかな声がぴたりと止んだ。

()()()()()()()()()()()()()()()

そのお方は、リビングの中央に立っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

十人の戦士の目を掻い潜って。


騎士達が一斉に剣を構える。

レイは右手に紫電を走らせ、ビルはわたくしを守るように前に立つ。


「テメェ……何者だ?」

「申し遅れました。わたくし、この村の領主を務めております、オスカー・ペンバートンと申します」


行方不明になっていた領主様……?

ふくよかなその男性は人好きのいい笑顔を浮かべている。

一見すると、とても悪人には見えない。

けれど、それがまた一層不気味で。


「聖女エレノア・カーライル様、恐れ入りますが……少々ご足労願えますでしょうか?」

「えっ……?」


不協和音が鳴り響く。

なぜ? 様々な仮説が思い浮かんでは消えていく。

何にせよ嫌な予感しかしない。

あまりの恐ろしさに堪らず息を呑んだ。


「くらああぁあああ!!!」


若手の騎士サンチェスが斬り掛かる。

直後何かがぶつかり、ぐちゃりと潰れたような音がした。

酷く生々しい。思わず目を閉じかけて――見開く。


「あっ……」


伯爵が……やった。背中から何かを生やしている。

サンチェスはその何かに腹部を貫かれていた。

あれは……何? 黒い。木の幹?

よく見ると肉感があり、腕のようにも見える。


ドスッ……ドスッ……。

また同じ音がした。

今度は二つ。一体誰が。


「とう……ちゃん……? かあ……ちゃん……?」


貫かれたのはユーリのご両親だった。

お母様の手がユーリに伸びる。

その手は助けを求めているというよりは、別れを惜しむようで。


「あっ……、あっ……ああああああ!!!」


ユーリの全身が輝き出す。わたくしと同じ虹色に。

だけど、その輝きはわたくしのものよりもずっと鋭利で、力強くて。


「……勇者……」


まさか……ユーリが……?


「くっくっく……漸く目覚めたか、紅髪の勇者ユーリよ」


伯爵もまたオーラを纏っていく。

紫色。あれは魔物固有のものだ。

信じられない。でも、間違いない。


伯爵は魔物に乗っ取られている。

そして、その魔物の目的はわたくしとユーリだ。




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