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05.忍び寄る魔の手

ユーリから貰った野花をガラスケースの中へ。

そのままウエストポーチにしまって青年のもとに向かう。


お声掛けをしつつ患部を確認する。

負傷しているのは左上腕部と右腰。

これは……切創ね。かなり深い。


「大丈夫です。直ぐに良くなりますからね」


緑色の魔法陣を展開。

切り裂かれた筋組織を繋ぎ合わせながら、生命力を活性化させていく。

ゆっくり、じっくりと。

口の中でキャンディーを溶かすように。


「あっ……はぁ……はぁ……」


顔色が良くなってきた。脈拍も安定している。

もう大丈夫ね。


「リンク、何があった?」


駆けつけた団長様が徐に問いかける。

リンク様はそばかすがかったあどけなさの残る顔に恐怖を滲ませながらも、懸命に口を開く。


「ひっ、東の森で、カマキリの化け物にやられました。アランさんとフレッドさんが交戦中で――」

「何だと!?」


護衛隊の皆が驚き、戸惑っている。

一体なぜ? 答えを求めてビルに目を向ける。

彼はチュニックにパンツといった、非番の騎士のような恰好をしていた。

他の騎士達が甲冑姿でいるだけに自然と目を引く。


「彼が対峙したのは、おそらく……バトルマンティスという脅威ランクAの魔物です」

「なん……ですって?」


脅威ランクA。

それは、国のトップクラスの戦士達が相手にするような魔物だ。

村の自警団が相手にするような魔物じゃない。そもそも……。


「なぜこの地にそんな魔物が? ここから『常闇の森』までは、馬車で三日はかかるはず」

「分かりません。ただ……これは間違いなく異常事態です」


ビルに同調するように、他の戦士達も深く頷いた。


『常闇の森』――それは王国の外れにある広大な森だ。

人の手が及んでおらず、鬱蒼としていて常に薄暗いことから『常闇』と称されている。


不思議なことに、強力な魔物であればあるほど件の森に執着する傾向がある。

そのため森から離れれば離れるほど安全というのが、この国の通説となっていた。

まさにこれまでの常識を覆すような事態。

一体何が起きているのかしら。


「レイ殿とビルは、自警団の加勢に回ってくれ。残りは聖女様の護衛だ」


隊長のロナルドがいち早く切り替えて指示を出し始める。

わたくしも動かなくては。


「村の守護と、救護のお手伝いをさせてください。きっとお役に立てるはずです」


案内役の家令に申し出ると、快く了承してくれた。

彼に連れられて広場に向かおうとしたところで、雄叫びが聞こえてくる。

その声は甲高く、それでいて幼くて。


「おっしゃー!! もえてきたぁーー!!」

「バッ!? ユーリ!! テメェはダメに決まって――」

「見てろよ、エレノア!! カマキリの首、プレゼントしてやっからな!!」


ユーリは団長様の制止も聞かずに、リンク様の馬で駆け出してしまった。


彼の力量は、正直なところよく分かっていない。

けれど、今回の敵は国の精鋭が相手にするような魔物で。

胸がきゅっと苦しくなる。誰か、誰かユーリを……っ。


「ご安心ください。僕とレイ殿で、ちゃんとお守りしますから」


ビルがレイに、「ね?」とアイコンタクトを送る。

レイは謁見の時から変わらず、革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツスタイルだ。

物凄くパンクでいかついけど、その職業柄からか知的な印象を抱かせる。


「チッ、ここにきてガキのお守りかよ」

「満更でもなさそうですが?」

「あ? ナメてんのか、テメェ?」

「子供、お好きなんですね」

「~~っ、無視してんじゃねえぞゴラァ」


じゃれつくレイとビル。

緊張感がまるでないけど、あれは自信の裏返しだ。


何せ二人は王国でも五指に入る精鋭。

脅威ランクAの魔物なんてもう何百と討伐してきている。

心配するだけ野暮というものだ。


「頼みましたよ。剣聖ウィリアム、賢者レイモンド」

「はっ」

「…………」


二人はわたくしに一礼すると、瞬時に姿を消した。

ビルは脚で、レイは風魔法でユーリのもとに向かったのだろう。


「さあ、ミラ。わたくし達も参りましょう」

「はっ、はい!」


ミラと護衛隊の皆を連れて広場に移動する。

魔除けの結界を張っている間に、次から次へと患者様が運ばれてきた。

どうやら他にも強力な魔物が攻めてきているようだ。


周辺の村にも被害が出ているのかしら?

心配ね。一刻も早く事態を収束させて、司令官であるお兄様に報告しなくては。

一人、二人と処置を済ませていく。残るはあとお二人。


「ぐっ、はぁ……ぁ……っ!」

「お気を確かに。大丈夫。直ぐに良くなりますよ」


男性騎士の処置に当たりつつ、隣で別の患者様の治療にあたるミラに目を向ける。


「ぐっ……うっ……! この……っ!」


緑色の淡い光がミラの顔を照らしていた。

額に汗を滲ませて、もどかし気に顎を震わせている。


「大丈夫よ。落ち着いて」


男性への処置を終えたわたくしは、ミラの顔に付いた汗を拭っていく。

手にしているハンカチの右端には、Eのアルファベットと柊の刺繍が施されている。

これはお守り。旅の無事を願って、お母様がプレゼントしてくれたものだ。


「エレノア様……っ」


濃緑の瞳がじわりと歪む。

かと思えば、ずーーっと勇ましく鼻を啜ってカッと瞳を燃え上がらせた。


「アタシ、頑張ります!!」

「ええ。でも、慎重にね」


落ち着いて。落ち着いて。

そう言い聞かせるように、ミラの汗を拭っていく。


「ふっ、……くぅ~~!! 終わったーー!!」

「お疲れ様でした」

「いえ~い!!」

「いっ、いえーい?」


ミラに誘われるままハイタッチをする。

それと同時に、ひょいとハンカチを取られてしまった。


「きちんと洗ってお返ししますね」

「ふふっ、気にしなくていいのよ」

「本当に嬉しかったから。だから、ちゃんとお礼がしたいんです!」


敵わないわね。

はにかむミラを心から愛おしく思う。

もしかしたら、妹のように思い始めているのかもしれない。


「おい。オスカー様を見ていないか?」


家令だわ。

オスカー様……この村の領主様ね。


「さぁ~……俺はずっとここにいるが、見てねえな」


急な来客があって、領主様とは未だに会えていない。

お兄様からは民思いな方だと聞いている。

御自ら率先して、サポートに回っておいでなのかしら?


……秘書役も兼ねる家令に何も言わずに?

常識的に考えると、ちょっと考えにくいけど……。


「聖女様!!」


荒々しく切迫した声が広場中に響き渡る。

その声の主はビルだった。


「ビル! ああ……よくぞご無事で――」

「ユーリが大怪我を! バトルマンティスに腕を斬られました」

「えっ……?」


聞き間違いだと、そう思いたかった。

あの戦士を夢見る少年の腕が、魔物の鎌に――。


「……っ」


震えて今にも折れてしまいそうな膝に力を込めて、ビルに向き直る。


「分かりました。ユーリのもとに連れて行ってください」




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