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34.エピローグ

あれから二十年。


聖女エレノアの肖像画の前には、一人の青年が立っていた。

ミルキーブロンドの前下がりボブ、瞳の色は栗色で、目尻はくったりと垂れ下がっている。


「母さん! 見て見て!」


青年はその場でゆっくりと回ってみせた。

真新しい白の軍服を見せびらかすように。


彼の名はルーベン・カーライル。二十歳。

わたくしとユーリの一人息子だ。


「俺、勇者になったんだよ」

「無理くりだけどな」


扉を開けて男性が入ってくる。

紅髪に栗色の瞳。

髪は長く腰のあたりまで伸びていて、後ろで綺麗に一つ結びにしている。

ユーリだ。

相変わらずの恰好。今となってはルーと揃いの軍服に身を包んでいる。


彼も今年で四十一歳。

年齢の割に若く見られるけど、その白い頬には薄っすらとほうれい線が刻まれている。


「無理くり~? っは、それが何? 別にいーでしょ。()()()()でも勇者は勇者なんだから」

「今からでも聖者に――」

「うっさいな。その傷、塞ぐよ」

「っ! 勘弁しろよ」


ユーリが勢いよく額を覆う。

あの日、わたくしが治療を見送った傷だ。

彼は結局、その傷を塞ぐことはなかった。


なぜならその傷は、彼にとっては『勝利の証』。

聖女エレノアが天命ではなく夫を選んだ、その証であるからだ。


「ははっ、必死だね~。流石は『追想の勇者』様」

「羨ましいだろ?」


これ見よがしに指輪を見せつける。

装飾なしのプラチナの指輪。

揃いの指輪はここにある。今も変わらずわたくしの薬指に。


そう。彼は未だ、わたくしへの愛を貫いているのだ。

最も忌避していたはずの手段――大衆にロマンスを提供するという手段を駆使してまで。


端的に言えば、彼はとある高名な作家様に明かしたのだ。

わたくしとの婚約~死別に至るまでの出来事を。


そうして生み出された作品は多くの人々を魅了し、広く愛されるように。

結果、ユーリとわたくしの愛は不可侵の領域へ。

誰一人として、ユーリに再婚話を持ちかける方はいなくなったというわけだ。


『彼なら大丈夫よ。きっと貴方への愛を貫くわ。どんな手を使ってでもね』


結婚式の日、お母様はそう仰られていた。

あの時からこうなることを予見していた、或いは仕掛け人であったのかもしれない。


……あり得るわ。

だってあのお方は、希代のフィクサー、ミシェル・カーライルの母ですもの。

したり顔のお母様の姿を想像しつつ、ユーリに目を向ける。


根負けよ。貴方の覚悟は本物。これ以上疑いようがない。

だから、もう望んだりしないわ。後妻を迎え入れて、なんて。


「お前もどうだ? そろそろ恋の一つでも」

「いらない。俺にはアイツらがいるから」

「仲がいいのは結構だがな――」

「旅に出るから」

「……は?」

「キャル、ヒュー、ノル、俺の四人でね」

「はぁ!? そんなん許されるわけ――」

「安心してよ。ちゃーんと真の魔王か、激つよ魔物を倒してからにするから」

「そういう問題じゃ……っ。ちょっ、ルー!」

「ばいにゃ~♡」

「ちょっ! 待て、ルー!」

「あっ! ルーベン様……」


逃げるようにして部屋を出たルー。

その先で誰かと鉢合わせたみたい。誰かしら……?


ふわりと飛んで廊下に出る。

するとそこには、黒のモーニングコートを身に纏った小柄な青年の姿があった。


真ん丸な黒い瞳、桃色の短い巻き毛が何とも愛らしい。

あの子は確か、執事見習いのアーロね。

年は十六。ルーよりも四つ年下だったはず。


「あれ? どうしたの?」

「あっ、その……ハンカチをお返しに……」


アーロが手渡したのは、象牙色のリネンのハンカチだった。

イニシャルの『R』と、一輪のハルジオンが刺繍されている。


けれど、施された刺繍はガタガタな上にグラデーションもなく……相変わらずの酷いデキだ。

居た堪れず、つーっと目を逸らす。


「アンナ様から伺いました。このハンカチ、とても大切なものだったんですね」

「アーロだから貸してあげたんだよ」

「えっ……?」

「諦めないで。絶対に、何が何でも俺の専属執事になってよね」


ルーが笑う。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。

お父様にも負けてない。とっても素敵ね。

でも、貴方の顔はわたくしと瓜二つだから……何だかちょっと気恥ずかしい。


「ルーベン様……っ」


沈んでいた黒い瞳が輝き出す。

まるでそう夜空にバンバンと花火が打ち上がるみたいに。

また一人魅了してしまった。貴方の血ね、ユーリ。


「はっ、はい! 精進致します!!」

「旅にも連れていくから、そのつもりでね~」

「旅!?」

「そっ、旅する執事。良くない?」

「っ! たっ、確かに……素敵です!」


ふっと微笑む声が聞こえる。ユーリだ。

扉の隙間から、そっと覗き見ていたようだ。

やれやれと首を左右に振って、部屋の中へと戻っていく。


『ふふっ……貴方、また折れるつもりね?』


ルーが『勇者を目指したい』と言った時もそうだった。

『ルーを失いたくない』と強く葛藤しながらも、最後には彼の意思を尊重する道を選んだ。


ユーリもまた『夢追い人』だったから、どうしてもルーの熱意に共感してしまう。

親に認められたい、味方になってほしかった……との思いも手伝って、どうにも折れがち。

自分の思いは二の次で、気を揉んでばかりいる。


『ふふっ、難儀なことね』


因みにキャルというのはミラとルイス様の長男。

ヒューはレイの因子を、ノルはビルの因子を継ぐ人造人間(ホムンクルス)の青年のことだ。


キャルは勇者、ヒューは賢者、ノルは剣聖で、それぞれ若くして国の主力を担っている。

王国が彼らの離脱を許すとはとても思えない。


だけど、ユーリのサポートと、彼らの若さと胆力があれば或いは……? とも思ってしまう。


『彼らの望みが叶ったら、王国はまた大きく変わることになるでしょうね』


血筋由来の才を持つ人々も、ある程度は自由が認められるようになるかもしれない。


『とっても素敵ね。わたくしも応援しちゃおうかしら』


くすくすと笑いながら、そっとユーリに寄り添う。

わたくしの姿は二十年前から何一つ変わっていない。

白い翼にカソック姿で宙に浮いている。


「はぁ~……エラ、ごめんな。まだまだ時間がかかりそうだ」

『大丈夫よ。傍にいてあげて』


ユーリはわたくしではなく、肖像画に向かって語りかけている。

その目がこちらに向くことはない。

寂しくないと言えば嘘になる。

だけど、大丈夫。貴方のことを信じているから。


『必ず見つけ出すって、そう言ってくれたものね』


勿論、報われる保証なんてない。

けど、それでもいい。信じてるの。


「さて、行くか」

『ええ、参りましょう』


こうして今日も重ねていく。

賑やかで、時にほろ苦い日々を。

再び交わる日を夢に見ながら。




fin

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