32.最期の務め
高い塀に囲まれた城の中。
その中庭には多数の戦傷者の方々が横たわっていた。
その数はざっと百人は下らない。
いずれも顔面蒼白で息も絶え絶え。
患部や吐き出される息からは紫色の靄が見て取れる。
個人差はあれど、全体的にかなり深刻な状態ね。
一刻も早く処置しなければ。
「状況は?」
クリストフ様が中年の騎士と話をし始めた。
お相手は現場の指揮官であるようだ。
テキパキと戦況や、追加で運ばれてくる予定の患者様の数などを確認していく。
「なら、問題ないな」
「……と、仰いますと?」
「君。至急王都に戻って教皇様に連絡を。シャロンをここに連れてきてくれ」
クリストフ様が命じたそのお相手は、わたくし達をこの地まで導いてくれた青年騎士コリン様だった。
「よっ、よろしいのですか? まだ戦闘は続いているとのことですが」
「討伐は済んだとお伝えしろ」
「うっ、嘘の報告をしろと!?」
「嘘ではない。直に済む」
アイスブルーの瞳に光が宿った。
加勢されるおつもりなのね!
わたくしはあまりの嬉しさに、控えめにガッツポーズをした。
そんなわたくしを見て、クリストフ様はふんっと子供のように鼻を鳴らす。
ズルい人。どうにも憎めないのよね。
「っ! しょっ、承知致しました。ご武運を」
コリン様もクリストフ様の覚悟を汲み取ったようだ。
一礼の上、勢いよく駆け出す。
転移装置を駆使すれば王都までは一時間程度。
諸々スムーズに運べば、二~三時間ほどでシャロン様をお連れすることが出来るだろう。
「安堵致しました。これで余すことなく患者様をお救いすることが出来そうです」
「…………」
クリストフ様は無言のまま向きを変えた。
その先には『常闇の森』へと続く大門がある。
いよいよお別れですね。
「…………………………感謝する」
「えっ?」
直後、クリストフ様のお姿が消えた。
高速魔法の颯を使ったのだろう。
思わず笑ってしまうぐらい一方的で、素っ気のないお別れ。
何ともまぁ、わたくし達らしい最後ですね。
くすくすと笑いつつ、クリストフ様が走り去ったであろう方角に向かって礼をする。
「ありがとうございました。どうかお元気で」
「大丈夫よ。『聖光』なんてなくたって、アタシが何とかするから」
「なりません! 奥様、どうかお戻りください!」
聞き馴染みのある声。
もしやと思い、声の出所を探ると……案の定そこにはミラの姿があった。
深緑色の軍服姿。
薄茶色の長い髪は、変わらずポニーテールにしている。
笑顔を振りまきながら患者様の治療にあたっているけれど、その顔は酷くやつれていて無理をしているのは明白だった。
「ミラ、ありがとう。もう結構です」
「っ! エレノア様……?」
驚くミラに笑顔で応える。
一方のミラは激しく動揺し出して。
「どう、して……?」
「これがわたくしの務めですから」
「~~っ、誰よ!? 誰がエレノア様をこんなところ、に――」
「奥様!!」
ミラはしゃがみ込んでしまった。
口元を強く押さえている。悪阻だ。
聞いていた通りかなり悪いみたい。
「お体に障ります。どなたかミラをベッドへ」
「ダメです。ダメ……っ、そんな体で魔法なんて使ったりしたら」
「見届けるのだ、ミラ」
車椅子に乗った初老の男性が声を掛けてくる。
フォーサイス辺境伯家のご当主ハーヴィー様だ。
「お前は語り部となるのだ。後世に……ユーリに、ルーベンに伝えてあげなさい。聖女エレノアの生き様を」
「……っ」
ミラが固く手を握り締める。
何か言いかけたけど、ぐっと呑み込んで――最後には大きく頷いてくれた。
ごめんなさいね、ミラ。ありがとう。
「……ハーヴィー様、恐れながら一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「何でも言ってくれ」
「もしもわたくしが倒れるようなことがあったら、その時は皆様に『大事ない』とお伝えいただけますか? その上でお部屋に運んでいただけると、大変ありがたいのですが」
「心得た」
ハーヴィー様は返事をするなり、自身の背後に立つ従者の男性に目配せをした。
男性はハーヴィー様に一礼した後に、周囲にいる治癒術師の方々にこっそりと指示を出していく。
これで一安心ね。
仮にこの場で命を落としたとしても誤魔化すことが出来る。
その後の細かな調整については……まぁ、ミシェルお兄様が上手くやってくれるでしょう。
ふっと小さく息をついて、中庭の中央へ。
次第に負傷した戦士の方々が、わたくしの存在に気付き始める。
「あの方は聖女エレノア様では……?」
「何と! こいつはありがたい!」
「助かった。~~っ、助かるぞ、みんな!!」
患者様の瞳に希望の光が灯っていく。
各々が帰りたい場所や、愛する人達の姿を思い浮かべているのだろう。
「ユーリ、ルー……」
はっと我に返り、直ぐに首を左右に振った。
浮かびかけたエゴを笑顔で覆い隠す。
「お待たせしました。治療を開始致します」
歓声が鳴り響く中、そっと目を閉じた。
意識を集中させて、上空に霧がかった虹色の魔法陣を展開させていく。
「……っ」
命を焚べていく。
一日、二日、一カ月、二か月……。
寿命がみるみるうちに削られていくのが分かる。
けれど、構わず続けていく。
一人でも多く患者様をお救いするために。
「きれい……」
誰かが呟いた。
見上げれば、彩雲のような小さな雲から白い光の粒が舞い落ちてきている。
ふんわり、ゆったりと。宛ら粉雪のようだ。
「ああ……っ」
「おぉ!」
それらの光を受けるなり、患者様の体に変化が現れ始める。
紫色の靄は薄れて、息遣いも穏やかに。
顔色も良くなり、笑顔も見られるようになった。
「……良かった」
ほっと息をつく。
それと同時に膝に力が入らなくなった。体がぐらりと傾く。
「聖女様、お気を確かに」
石畳が眼下に。体は半分宙に浮いたような状態になっている。
そう。抱き留めてくださったのね。
顔を上向けると、黒髪短髪の深緑色の軍服姿の女性の姿があった。
『ありがとう』と伝えたくて口を開くけど、声が――出なかった。
終わりが近い。
周囲がどよめき出す。
だけど、手筈通りに事が進んだお陰で大きな騒ぎにはならずに済んだ。
感謝してもしきれない。
「治療は……もう結構です」
ベッドに寝かせていただいて間もなく、わたくしはそうお伝えした。
治癒術師の方々はかなり困惑した様子で、それぞれ顔を見合わせている。
「しかし――」
「どうかお早く患者様のもとへ。まだ治療を必要とされているはずです」
「聖女様……」
「それと……あと二~三時間ほどで王都から聖女シャロン様がいらっしゃいます。重ねてお手数をおかけしますが、サポートをしてあげてください」
返事はなく、皆一様に押し黙ってしまった。
膠着状態が続く――かのように思われたけれど、先陣を切るようにして一人の男性が。
それに続いて、残りの治癒術師の方々も部屋を後にしていった。
フォーサイスの従者の方々にも、「少し休みたいから」と伝えて一人にしてもらう。
「ふぅ……これで一安心ね……」
深く息をつく。巾着袋は……良かった。ちゃんとあるわね。
中から一枚のハンカチを取り出して、そっと胸に抱く。
アンナに作ってもらったブライダルハンカチだ。
右端には『Y』と刺繍され、その周囲はハルジオンの花で囲われている。
揃いの『E』の刺繍が入ったハンカチは、ユーリが持っている。
今もきっと。肌身離さずに。
「……?」
不意に温もりを感じた。
誰かがわたくしの手を握っている……?
重たい瞼を持ち上げる。
するとそこには、ミラの姿があった。




