表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/34

31.憎まれ役

「うっ! あぅ!」


ルーをそっと抱き上げる。

何も知らない彼はただ無邪気に笑って、わたくしの若葉色のドレスの胸に顔を埋めている。

わたくしは目尻が熱くなるのを感じながら、ルーの額にそっと口付けた。


「ルー、愛しているわ。……信じてもらえないかもしれないけれど、本当よ」

「信じて……っ、くださいますよ」

「アンナ……」

「……っ、アタシが話して聞かせますから! お分かりいただけるまで、何度でも!!」


涙で濡れた黄緑色の瞳。

けれど、その瞳には強い意思が宿っていた。


ねえ、ルー。わたくしも貴方も果報者ね。

こんなにも優しくて、頼もしい女性に支えられて。


「ありがとう。ルーのこと、お願いね」

「~~っ、はい」

「うっ、……あぅ」


アンナにルーを託す。

彼女は主人であるルーをぎゅっと抱き締めた。


ルーは泣かない。

もしかしたら、彼なりの優しさなのかもしれない。

どうかそのままで。アンナへの感謝を忘れずに、大切にしてあげてね。


「こんな時ぐらい涙を見せたらどうだ」


投げかけてきたのはクリストフ様だった。

一見すると呆れ顔。

だけど、よくよく見てみると悔しがっている。


頑固ですね。

貴方とわたくしは違う。

いい加減、ご理解いただきたいのですが……。


「まったく……可愛げのない」

「ええ。十年前から変わりなく」

「ああ。まるで進歩がない。君を選ばずにおいて正解だったよ」


これだけ言いたい放題なんですもの、わたくしも少しぐらい……いえ、遠慮は要らないわね。

これが最後なんですもの、最後ぐらいガツンと言わせていただきましょう。


「何を嗤っている」

「いえね。まったく仰る通りだなと思いまして」


言いながら、紺色の巾着袋に手を伸ばす。

取り出したのは白いレースの扇子だ。それを開いて口元を隠す。

目元には、枢機卿(お父様)仕込みの隙のない笑みを浮かべた。


「……何が言いたい」

「仰る通り、わたくしでは貴方の妻は務まらなかったでしょう。わたくしはシャロン様のように、貴方のことを甘やかしたりはしませんから」

「~~っ、貴様――」

「貴方は勇者です。誰が何と言おうと、貴方自身がいくら否定しようとも、貴方は変わらず、勇者なのです」


アイスブルーの瞳が一層暗く沈む。

十年前、わたくしに深い失望の念を抱いた時のことを思い出している。

『やはり私達は分かり合えない』と、そう思っているのでしょうね。

残念ながらその通りです。

ですが……だからこそ、お送り出来る言葉がある。


「貴方が真に守るべきものはなんですか? どうか見誤らないでください」


アイスブルーの瞳が大きく揺れた。

顎に力を込めている。何かをぐっと堪えているみたい。

それは怒りでしょうか? それとも悲しみ? 喜び?


何かが変わったと信じたい。

願わくばその何かが反抗に――お人形からの脱却に繋がればと。


「生意気な」

「琴線に触れまして?」

「自惚れるな」

「まぁ、怖い」


くすくすと一頻り笑うと、ぱたりと音を立てて扇子を閉じた。

わたくしが出来るのはここまでね。

後はユーリに任せるとしましょう。


「無駄話はこれで終いだ。さっさと行くぞ」

「ええ」

「君も同行しろ。戦傷者のもとまで案内するんだ」

「はっ! 承知致しました」


クリストフ様とコリン様が歩き出す。

振り返ると、アンナがルーを抱えたまま深々と頭を下げていた。


神よ、どうかあの二人に祝福を。

未来を明るくお照らしください。


「……さようなら」


大聖堂を後にする。

王都にはもう二度と戻ることはないのだろう。

そんな確信に近い予感を肌で感じながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ