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26.新婦の身支度

結婚式当日。

わたくしはアンナをはじめとしたメイド達の助けを借りながら、身支度を整えていた。


ここは大聖堂南の回廊に面した一室。

壁は淡い白壁で、天井には浅いリブ・ヴォールトが広がっている。

中庭と室内を繋ぐ窓からは、薔薇と緑が育んだやわらかな光が差し込んできていた。


「エレノア様、あの……これ……」

「まぁ! 素敵!」


身支度を終えたところで、アンナからとあるものを渡された。

彼女に制作を依頼していたブライダルハンカチだ。

真っ白なリネンで織られている。

クリーム色の糸で『Y』と刺繍され、その周囲はハルジオンの花で囲われている。


「ありがとう、アンナ。とっても嬉しいわ」

「っ! いいいっ、いえ! そんな! あっ、アタシの方こそ……。やっぱり、前みたく上手には出来ませんでしたけど、それでも楽しくて、嬉しかったので……」


アンナはぺこりと頭を下げた。

照れた表情を隠すように、それはもう深く深く。


「ふふっ、次はわたくしへの裁縫指南ですね」

「うっ! うぅ……あぃ……がんばります……」


項垂れる彼女をじっくりと堪能しつつ鏡に目を向ける。

鏡の中のわたくしは、純白のウエディングドレスに身を包んでいた。

ハイネックの長袖タイプのシンプルなドレスだ。

フリルさえほとんど付けられていない。


三大聖教一族の令嬢であること、ユーリの『庶民派勇者』という立場を考慮して、シンプルなデザインにした。

自分で言うのも難だけどよく似合ってる。

いえ。目に馴染むと言った方がいいのかもしれないわね。

このドレスはぴっちりとしている点を除けば、カソックに近いデザインをしているから。


「でも……その……ごめんなさい。本当は『E』の刺繍が入っている方をお渡ししたかったんですけど、その……ユーリ様が……」


その意図は考えるまでもなかった。

気恥ずかしくなるくらい熱くてひたむきな思いね。

でも、酷く強引だわ。自信の顕れとも取れるけど。


「ふふっ、まったく困った人ね」

「一体どうして……?」

「指輪と共に、永久の愛を誓う証とするつもりなのでしょう」

「あっ! ああ……なるほど! 素敵――」

「ひゃっほーい! ブノワサマ、かれーにとうじょう!!」

「ちょっ! ブノワ!!」


元気な足音と共に子供達が入ってくる。

少年と少女の二人組だ。

見れば見るほどそっくりね。

お二人の父君の姿をこっそりと思い浮かべながら、笑顔で迎え入れる。


「お待ちしておりましたわ。わたくしの可愛いベルボーイ、ベルガールさん」

「よっ! オバサマ! じゅんびバッチリだな!!」

「おばさま……キレイ……」


少年の方はブノワ、少女の方はイザベル。

ブノワはミルキーブロンドの髪に瑠璃色の瞳、イザベルは黒髪に濃紺の瞳をしている。


「ああ、これか! これもってチチウエのところまでいけばいーんだな!」


ブノワはわたくしの白いヴェールを掴むなり、バサバサと波立たせた。

ガサツなところも父君に――セオお兄様にそっくりね。


「ぎゃーー!!! 何するんですか!!! バサバサも論外ですけど、そんな雑巾絞るみたいに握っちゃダメです!! ふわっと卵を包み込むようにして持つんです! ヴェールにしわが付いちゃうでしょうが!!!」


アンナがブノワを叱り始めた。

怒涛の勢い。まさに人が変わったよう。

彼女の衣服愛、裁縫愛が伺える。


「っ!? ……んっ、んなおこることねーだろ……」

「あぁ~! よく見たらジャケットも、パンツもホコリまみれじゃないですかっ!? どうしてこんなヒドいことするんですか!? お洋服が可哀そうじゃないですか!!」

「はぁ? なにいってんだ、コイツ……?」


戸惑うブノワを他所に、アンナはせっせと彼の衣服を整えていく。

今日のブノワは、白を基調としたジャケットに短パン姿。

胸には白い薔薇のコサージュをさしている。


そんな彼のお役目は『ベルボーイ』。

わたくしを極力美しい状態で、ユーリのもとまで送り届けるのが役割であるはずなのだけれど……どうにも理解が及んでいないみたい。

大役を任されたという点にしか意識が向いていないのでしょうね。


「ブノワ! ダメだよ! ちゃんといわれたとおりにしないと!」


別角度からも非難の声が飛ぶ。

同じく『ベルガール』を務めるイザベルからだ。


彼女は白いシフォンのワンピースを身に纏い、胸にはブノワと揃いの白薔薇のコサージュをさしている。


「うっせぇな。わかってるよ」

「わかってない! わかってないからおこられてるんでしょ!」

「うぐっ!? にゃろ~……」


イザベルの方はきちんと役割を理解しているみたい。

しっかり者でやや口うるさいところは自然と彼女の父君を――アルお兄様を彷彿とさせる。


二人ともまさに生き写しね。

容姿に限らず、言動も何もかも全部。

当人達は娘息子達がこうして言い争う姿を見て、何を思うのかしら。

想像するだけで笑みが零れた。


ねえ、ユーリ。わたくしと貴方の子はどちらに似るのでしょうね?

出来れば貴方に似てくれると良いのだけれど。


「エラ……ああ、とても美しいわ」

「っ! お母様」


クレメンス・カーライル。五十五歳。

三大賢者一族ロベール侯爵家の生まれで、実弟には前代一の魔術師エルヴェがいる。


ウェーブがかった黒髪に濃紺の瞳。

切れ長の目は、理知的でありながら魅惑的な印象も抱かせる。


今日のお母様は、薄紅色のハイネックのドレスをお召しになっていた。

メリハリのついた女性らしいボディラインを惜しげもなく披露しながらも、侯爵夫人らしい気品も漂わせている。


「ああ、父親冥利に尽きるというものだ」


お母様に続いてお父様も入室してくる。

今日のお父様は馴染みの白いカソックに加えて、肩からは帯紐を下げていた。

金の葡萄の刺繍が施されたそれは、お父様が『司教枢機卿』というお立場にあることを示している。


「クレメンス、ヴェールを」


お母様はお父様に一礼をすると、わたくしの頭の後ろにあるヴェールに手を伸ばした。

わたくしが目を伏せると、そっと囁きかけてくる。


「ねえ、エラ。わたくしね……少し気になって、ハルジオンのお花について調べてみたの」

「まぁ? 何かお分かりになりまして?」

「名前の由来は『春に咲く紫苑に似た花』。本来は秋には咲かないそうよ」

「ふふっ、目立っていたから、つい選び取ってしまったのでしょうか?」

「いいえ。きっと花に呼ばれたのよ。花言葉は『追想の愛』だそうだから」

「追想の愛……」

「貴方達にぴったりのお花よね」

「先立つわたくしの立場からすると、少々複雑な思いが致しますが」

「彼なら大丈夫よ。きっと貴方への愛を貫くわ。どんな手を使ってでもね」


お母様はわたくしの額にキスをして、ヴェールを下ろした。


お気持ちはありがたいわ。

でも、わたくしは……それを望まない。

ユーリに宛てた遺書にはしっかりと記しておいた。

再婚を希望する旨を。

ユーリには幸せになってほしいから。


「またあとでね、エラ」


お母様が足早に去っていく。

わたくしはハンカチをアンナに預け、代わりに亜麻色の薔薇のブーケを受け取った。

そしてそのまま流れるようにお父様の腕に掴まり、ゆっくりと歩き出す。

後ろにはブノワ、イザベル、そしてアンナが続く。


向かう先は礼拝堂。

そこにはユーリが待っている。

軍服じゃないわよね? ちゃんとタキシードよね?

一抹の不安を抱きながら控え室を後にした。

式はもう間もなく始まる。




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