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25.始まりの地

黄色く色付くポプラの木々が、右に左に小さく揺れている。

天気は快晴。雲一つない穏やかな昼下がりだ。

しかしながら、漂う雰囲気は途方もなく侘しい。


わたくしは祈りを解いて、そっと視線を上向かせた。

そこには白い柱のようなモニュメントが建っている。

これは慰霊碑だ。

魔王に命を奪われた人々を祀ると共に、悲しみの記憶を後世に伝える役割を担っている。


そう。ここはユーリが生まれ育った村ポップバーグ。

式を間近に控えたわたくし達は、追悼と結婚のご報告のためにこの地を訪れていた。


「ありがとうございます。父もさぞ喜んでいることと思います」


小柄でふくよかな男性が声をかけてくる。年齢は三十歳前後。

人好きのする笑顔は、彼のお父様を自然と思い起こさせてくれる。


フレディ・ペンバートン様。

前領主であるオスカー・ペンバートン様の次男で、現在はポップバーグの領主をお務めになっている。


そんなフレディ様の背後には、ポップバーグの全景が広がっている。

ここは小高い丘の上にあって、村を一望することが出来るのだ。


けれど、懐かしさはあまり感じない。

その景観はわたくし達の知るものとは大きく異なっていたから。

畑や牧草地の面積も、立ち並ぶ家々の数も十年前の比ではない。

その発展ぶりは、もはや町に近いと感じた。


あの惨劇をバネにされたのね。

決して闇に屈しない、彼らの死を無駄にしない、そんな熱い思いが伝わってくるようだわ。


わたくしは、彼らのことを心から尊敬した。

でも、ユーリはどうにも受け入れがたいみたい。

村に入ってからというものずっと暗い表情をしている。

きっとまだ心の整理がついていないのね。

ここに来るのにはまだ早かったのかも。

ごめんなさいね、ユーリ。


「それでは私はこれで。邸にてお待ちしております」


去り際、フレディ様が茶目っ気たっぷりにウインクをしてきた。

そう。彼はわたくしの企みを知っているから。

苦笑しつつフレディ様の背中を見送る。


「エラ」


ユーリが腕を差し出してくる。

わたくしは笑顔で応え、その逞しい腕に掴まった。


冷たい風がわたくしの深緑色のドレスを撫でていく。

フリルはスカートの裾にほんの少しだけ。

形状もハイネックタイプで露出も抑えた。


ユーリは言うまでもなく白い軍服姿だ。

勇者となったユーリを見て、ご両親は、かつてのお仲間は何を思うのだろう。


「どこに行くんですか?」

「ふふっ、内緒よ」


やれやれと首を振るユーリを愛でながら、ちらりと背後に目を向ける。

二十歩ほど離れたところにレイとビルの姿があった。

端的に言えば、彼らは護衛役だ。

ありがたいことにポップバーグに行くと言ったら率先して付いてきてくれた。


レイは相変わらずの黒の革製のジャケット、パンツ、ブーツスタイル。

ビルも以前のような、チュニック&パンツのとてもカジュアルな格好をしている。


共に笑顔こそ浮かべていないものの、纏う雰囲気は穏やかであるように思う。

静かに受け止めているのね。

過去も、やりきれない思いの数々も。


「……やっぱりな」


目的地に着くなりユーリは深い溜息をついた。

ここはユーリがわたくしにプロポーズをしてくれた場所だ。

左手には家畜小屋、右手には牧草地が広がっている。

従業員の方の姿はなく、牛の鳴き声だけがのんびりゆったりとこだましていた。


「ねえ、貴方はどうしてわたくしを選んでくれたの?」

「……言わなきゃダメですか?」

「ダメね。絶対にダメよ」


嬉々として求めると、ユーリはわたくしの視線から逃れるように放牧柵に手をついた。

わたくしもその後に続いて、横からじっと覗き込む。

『逃がしませんわよ』と、そう言わんばかりに。


「……端的に言えば、一目惚れでした」


観念したのか、ユーリがぽつりぽつりと語り出した。

やはりどうにも気恥ずかしいのか、顔を俯かせている。

まぁ、わたくしの方が十センチほど小さいから丸見えなのだけれど。


「貴方は本当に綺麗だった。目も、髪も、纏う雰囲気まで全部」

「まぁ! 本当に?」

「ええ。気付けば俺は貴方の虜に。心を奪われていました」


直後、「もぉ~~~」と牛の鳴き声が響き渡った。

至ってマイペースで、わたくし達にはまるで興味がないみたい。


ユーリが不満げに舌を鳴らす。

台無しだと、そう思っているのだろう。

ふふっ、まだまだ青いわね。


「……だけど、貴方はただの綺麗なだけの人ではなかった。ご自分の信念を貫くためなら、死すら厭わない。そんな強くて儚い人だと知りました。だから、守りたいと思った。貴方自身も、その信念も」


すべてが繋がった。

数々の努力も、大いなる矛盾の訳も。


「ご納得いただけましたか?」

「ええ。とっても」

「では、貴方は? どうして俺を選んでくれたんですか?」

「言わなくてはダメ?」

「ダメです。絶対にダメだ」

「まぁ?」


一頻り笑い合った後で、思いを整理していく。

嘘をつくつもりはない。単純な準備不足だ。

問い返されるなんて夢にも思っていなかったから。


「決め手はやっぱり……不屈の精神でしょうね」

「貴方らしいですね」

「初心なところも気に入ってる」

「そんなこと言っていいんですか? 後で泣きを見るのは貴方の方ですよ」

「そうそう! そういう負けず嫌いなところも好きよ」

「……言ったな?」

「きゃっ!」


ユーリが覆い被さってきた――と思ったら、次の瞬間には横抱きにされていた。

有無を言わさずクルクルと回されていく。


「きゃーー!! おろしてーー!!」

「嫌です」

「もう!」


ケラケラと笑い合う内に、徐々に減速していった。

ピタリと止まるのと同時に、どちらともなくキスをする。


主導権を握ったのはユーリの方だった。

わたくしの唇を啄んで、目尻や頬にも甘いキスを落としていく。

わたくしはただされるがままだ。

このままでは暴かれてしまう。何もかも全部。

でも、構わない。貴方にならわたくしは――。


熱い吐息を絡ませながら至近距離で見つめ合う。

金色がかった栗色の瞳が――挑発的でもあり、悪戯っぽくもある瞳がわたくしを甘く蕩かしていく。


「こんなの序の口です。覚悟しておいてくださいね」

「それは楽しみね」


形ばかりの強がりだ。ガタガタでボロボロで。

ほんの一押しで崩れ去ってしまった。

あとに残ったのは浅ましい女のわたくし。

目を閉じて彼を求める。もっと……もっと……と。


「……あら?」

「何か?」

「いえ……」


あっさりとおろされてしまった。

当のユーリはきょとんとしている。

悪意はまるで感じない。焦らしたわけではなさそう。

……ああ! なるほど! 気付かなかったのね。


「何笑ってるんですか?」

「別に?」


どうやら買い被り過ぎたようね。

やはり貴方はまだまだ青い。

まぁ、そんなところもまた愛おしいのだけれど。


「……バカにしてますよね?」

「愛でているの間違いよ」

「……くそ」

「むくれないで。ささっ、領主様のお屋敷に参りましょう」


ユーリの腕を引いて歩いていく。

ひんやりと冷たかったはずの秋風が、今は何だか心地いい。




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