表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/34

21.自慢の愛弟子に夢を託して

「治癒術師のお仕事はどう?」

「え~? 何ですかいきなり」

「とっても興味があるの。どうか教えて」


ミラは行き場を失ったハンカチを胸に当てつつ、「ん~」と首を捻る。


「そうですね……。めっちゃ大変だけど、やりがいはありますよ」

「まぁ? どんなところが?」

「当たり前ですけど、痛いのも苦しいのもしんどいじゃないですか。それを笑顔に変えられるのが、すごく嬉しくて。昔はほら……苦しむみんなのことを、ただひたすら励ますことしか出来なかったから」


彼女には、治癒術師を志して挫折した過去がある。

励ますことしか出来なかった、というのは挫折~再起に至るまでの、冒険者時代に経験した出来事のことを言っているのだろう。


「ライフワークには?」

「そりゃしたいですよ。でも、無理。これでも一応フォーサイスの嫁ですから」


今のミラと、十年前のわたくしの姿が重なり合う。

夢を諦めかけていた、そんな過去の自分と。

大丈夫よ、ミラ。貴方の夢はわたくしが守るから。


「だけど、わたくしの頼みなら?」

「エレノア様の……?」

「『家庭には入らず、一人でも多く患者様をお救いしたい』そんなわたくしの夢もまた、舞台や本を通じて広く知れ渡っているのでしょう?」

「ええ、まぁ……」

「ならばこのハンカチは、治癒術師としての貴方を守る盾となるはずです」


わたくしはミラの手を、白いハンカチごと優しく包み込んだ。

ミラは困惑している。

けど、それと同じくらい期待もしてくれているのが分かった。

彼女の濃緑の瞳が爛々と輝いていたから。


「わたくしの夢を、このハンカチと共に貴方に託します。変わらず邁進して、一人でも多く患者様をお救いください」

「……っ、……はい……」


ミラの濃緑の瞳から大粒の涙が零れ出す。

そう。泣くほど嬉しいのね。

わたくしは愛おしさのなすままに、彼女をぎゅっと抱き締める。

彼女の体は変わらず小さくて、わたくしの胸の中にすっぽりと収まった。


三大勇者一族に嫁いでしまった以上、子を成す義務が免除されることはないでしょう。

それでも、過度に求められる事態は避けられるはず。


聖教の権威維持のため、一族繁栄を何よりも重んじるお父様がユーリとの結婚を――血筋由来の才を持たない男性との結婚を許すくらいですもの。

民衆の声は、フォーサイスとて無視出来るものではないはずよ。


「本当に……本当にありがとうございました」


ルイス様が深々と頭を下げた。

その肩は小さく震えている。

喜びと安堵と共に、無力感にも苛まれているような気がした。

私一人では、治癒術師としての彼女を守り切ることが出来なかった、と。


「わたくしがお力になれるのはここまでです。どうか、ミラのこと……よろしくお願い致します」

「心得ました」


とても力強いお返事だった。

心から愛していらっしゃるのね。

ミラのことを、その生き様も含めて。

ふふっ、『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものね。


「ミラ」

「あっ、あい……っ」

「向こうで待っています。ですから、ちゃんと忘れずに返しに来てくださいね」


ミラはこくこくと頷いて応える。

言葉にならないみたいだ。

一層愛おしく思っていると、ざざっと石畳を滑るような音が聞こえてきた。


「すみません! 遅くなりました」


ユーリが一瞬にして姿を現す。

剣技の一種である颯か、風魔法を使って移動して来たのだろう。


今日の彼もまた馴染みの白の軍服姿だ。

凱旋パレードなのだからこれは当然としても、そろそろ別の装いも見てみたいわ。

今晩の舞踏会でならそれも叶うかしら?

肩を竦めつつ前に出て、ユーリに労いの言葉を送る。


「ご苦労様でした。間に合って良かったわ」

「まぁ……何とか……っ!」


顔を上げたユーリと目が合う。

彼の白い頬がぶわっと紅潮して、栗色の瞳もじんわりと蕩けていく。

ふふっ、何だかデジャブね。


「思い出しちゃった? エレノア様と初めて会った日のことを」

「ばっ!? なっ、何言ってんですか先生!」


泣きじゃくったままのミラに代わって、ビルが茶々を入れてきた。

ユーリはそれを受けて勢いよく顔を逸らす。


ああ、完全なる悪手だわ。

周囲の他の戦士の方々はおろか、従者の皆までもが頬を緩ませている。

対するユーリは悔しさからか、肩をぷるぷると震わせて。

可愛いけれど、ちょっと可哀そうになってきた。


「やっぱり、レイさんは来られないって?」


見兼ねた様子で、ルイス様が助け舟を出してくれる。お優しい方。

ユーリはありがたい! と言わんばかりに勢いよく食いつく。


「ああ。ったく……ほんっと頑固だよな」


なるほど。貴方はレイにパレードに出るよう、お願いをしに行ってくれていたのね。


レイは国を代表する魔術師でありながら、こういった公の場には一切顔を出さない。

異国人、スラム出身、元男娼であることを理由にして。

今となっては、ユーリと共に国を救った英雄の一人でもあるのだから、もっと堂々としていればいいのに……。


この分だと、結婚式にも出てもらえないかもしれない。

彼は叔父様の愛弟子で、わたくしから見れば従兄のような存在だ。

出来れば参加してもらいたいのだけれど、無理強いは良くないわよね。


「何だかんだ言って見に来ると思うよ。エレノア様とユーリの晴れ舞台だからね」


気休めとも取れるビルの励ましを背に受けながら、フロート車の二階を目指していく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ