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20.黒猫似の専属メイド

「じゃあ、被せていきますね」


頭の上に白いヴェールが乗る。

鏡の中には、白いカソックに身を包んだわたくしの姿があった。


――見納めね。


途端に膨らみ出した未練をぐっと握り潰す。

ダメよ、エレノア。趣旨を見失わないで。

貴方は『光の勝利』をより確かなものにするために、ここにいるのだから。


「へへっ、喜んでますね。カソックもヴェールも」


不思議な物言いをする彼女の名はアンナ。

真っ黒な髪と、黄緑色の猫目が印象的な十七歳の少女。

お母様からの猛プッシュを受けて、この度わたくしの専属メイドに就任した。


そんな彼女の右手にはとある特徴がある。

端的に言えば人差し指がないのだ。

パッと見は分からない。

彼女は常に、詰め物入りの白い手袋をしているから。


だけど、隠すつもりが逆に目立ってしまっているというのが現状だ。

この国のメイドは手袋をしないから。


指を失った原因は彼女の元同業――先輩お針子達による嫉妬だ。

弱冠十四歳にして侯爵夫人であるお母様の専属お針子となった、そんなアンナを彼女達はどうしても許すことが出来なかったのだ。


責任を感じたお母様が彼女を雇い入れて……今年で三年。

ハンデを抱えながらも、こうしてとても熱心に働いてくれている。


「んしょ……んしょ……」


この子には、ミラとはまた違った可愛らしさがある。

例えるのならそう小さな黒猫のような。

内気で何ともいじらしく、彼女を見ていると胸の奥が擽ったくなる。


「変わらず、針を握っているそうですね」


アンナを傷付けたり、同情する意図はまったくない。

むしろその逆。仲良くなりたくてこの話題を選んだ。

勝算はある。彼女の上役のサリーがこう言っていたのだ。

『今は趣味の形で裁縫を楽しんでいる』と。


鼻息荒く返事を待つ。

するとアンナが、照れ臭そうに笑いながら頷いてくれた。


「はい。あくまで……趣味で。前みたいに早くもないし、綺麗でもないですけど……でも、やっぱり好きだから……」

「趣味か~、羨ましいわ」

「えっ? あっ……もしかして……趣味……ないんですか?」

「仕事一筋でしたから」

「あ……すみません……」

「ねえ、折を見てご指南をいただけないかしら?」

「えっ? ……えっ!? ア、アタシがですか……?」


ふふっ、本当に猫みたい。

綺麗な黒髪を逆立たせて。


「ごっ、ごめんなさい。自信、ないです。アタシ……話すの……下手だから。イライラさせたり……きっと嫌な思いを――」

「あら? ふふっ、こう見えて()()()()()()()()()()のよ」

「あ……そう……ですよね。……エレノア様なら……えと……頑張ります……」

「楽しみにしているわ」


その後、サリーからの厳しいチェックを受けて身支度は完了した。


「ありがとう。さぁ、参りましょうか」


アンナと一緒にパレードの出発点である王城に向かう。

ユーリは急用が入ってしまって、現地で合流することになっていた。

間に合うといいけど。少々気を揉みながら馬車を降りる。


「っ! エレノア様! うわぁ~……超綺麗……!」


フロート車の前には、ミラ、ビル、ルイス様をはじめとしたユーリのお仲間の姿があった。

剣聖であるビルとルイス様は深紅の、治癒術師であるミラは深緑色の軍服姿だ。


今日のミラもポニーテールだ。

思えば、フォーサイスの居城を出て以降ずっとそうね。

もしかしたら気遣ってくれているのかもしれない。

取り残されてしまったわたくしのために、何か変わりないものを一つでも、と。


「とてもお綺麗です」


ミラに便乗する形で、彼女の夫のルイス様も褒めてくださる。

おっ、大きい……。

わたくしはお礼の言葉も忘れて、思わず見上げてしまった。


身長は少なく見積もっても二メートル以上。

肩幅も広く、全身が分厚い筋肉で覆われている。

まさに屈強の一言……なのだけれど、そのお体とは裏腹に非常に気弱な印象を抱く。


猫背で、眉も目も口も下がり調子。

栗色のやわらかい髪色に、外はねのセンター分けが似合う点もまた『お坊ちゃま感』というか、繊細さを際立たせているような気がした。


このお方が、魔王との決戦で先陣を切られたあの重騎士様だなんて。

少々……いえ、大変失礼だけれど信じられない。

もしかしたら、いざという時――例えば、ミラやユーリをはじめとした大切なお仲間を守りたいと思った時に、本領を発揮されるタイプのお方なのかもしれない。

ふふっ、まさに愛の力。素敵ね。


「そうだ! エレノア様、これ忘れないうちに」


ミラの手には見覚えのある白いハンカチがあった。

Eのアルファベットと、柊の刺繍が施されている。

これは十年前、わたくしの旅の無事を祈ってお母様がプレゼントしてくれたもの。

ミラに貸したまま、預けるような形になってしまっていたものだ。


「遅くなっちゃってごめんなさい。本当にありがとうございました」


爽やかに笑うミラ。

一方で、その隣に立つルイス様は暗い表情を浮かべていた。

物言いたげで、とてもお辛そうな顔をしている。


このハンカチを手放してほしくない。

それだけこのハンカチは、今のミラにとって必要不可欠なものであるということですね。


今の彼女は……王国一の治癒術師であり、三大勇者一族フォーサイス辺境伯家の四男ルイス様の妻でもある。


なるほど。合点がいきましたわ。

このハンカチは、治癒術師ミラを守る盾なのですね。

ご安心ください、ルイス様。わたくしも同じ思いですから。


だけど、その前に本人の意思を確認させてくださいね。

変わらず目を伏せたままのルイス様を一瞥しつつ、無邪気に首を傾げるミラに向き直る。




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