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17.もう一人の師匠

「おい、何だその目は。この俺に何か言いたいことでも――っ!? こっ、こら! 何をする!」

「ふふっ、悪いようにはしませんわ」


セオお兄様の腕を引いてバルコニーを目指す。

お兄様の腕はユーリのものとは違って細く、しっとりとしていた。

同じ男性でもこうも違うものかとしみじみと思う。


「……もういいだろ。離せ」

「つれないですわね」


バルコニーに出るなり、お兄様は忌々し気に手を払った。

わたくしは唇を突き出していじけたフリをしつつ、何ともなしに庭を眺め始める。


馬車道を避けるようにして円形に芝が敷かれている。

我が家自慢の薔薇園はここからは見えないけれど、香りだけはしっかりと感じ取ることが出来る。

甘やかな風が、わたくし達の揃いの髪を撫でていった。


「良い拾い物をしたな」

「ユーリのことですか?」

「ヤツもまた俺を敬うが、それはあくまで義兄としてだ。はっ、実に愉快だ」


お兄様の祈り・結界術の腕前は、歴代五十名の聖者・聖女の中でも最上とされ、信徒のみならず王都中の人々から『神の愛し子』と崇められている。

信徒にとっては『聖教の象徴』、その他の方々にとっては『守護の要』であり『救命の最後の砦』でもあるからだ。


かかる重圧は相当なものなのだろう。

だからこそ、お兄様は人として扱われることを好む。

ユーリのような存在はありがたいのだ。


「っ! お兄様……」


霧がかかった虹色の光に包まれる。

超濃度の生命力が流れ込んできた。

一般的な成人女性なら、三日は徹夜出来てしまいそうな程の。


けれど、それでも削れた命は元には戻らなかった。

体が軽くなる。ただ、それだけで。


「チッ……何が神の愛し子だ。妹一人救えないで」


そう言って勢いよく鼻を啜る。

相も変わらず、直情的でお優しい方だ。

そんな貴方だからこそ、民を守る道を選んだ。

いえ。選んでしまわれたのですね。


「俺はただの天才だ」

「ええ。仰る通りです」

「っ! アルお兄様」


振り返るとそこには、わたくしの三番目の兄の姿があった。


アルバート・カーライル。三十一歳。

切れ長の目に濃紺の瞳の、涼やかな目元をしている。

お顔立ちはミシェルお兄様にとてもよく似ているけれど、印象は真逆だ。

アルお兄様は品行方正で厳格。

ともすれば冷たい印象を抱かせる。


黒く真っ直ぐな髪は後ろで一つ結びに。

セオお兄様同様に白いカソックに身を包んでいるけれど、首からは『ストラ』と呼ばれる紺色の帯のようなものを下げている。


あれは聖職者でありながら、戦闘を許可されたものの証だ。

そう。アルお兄様は『司祭』の位階を持つ聖職者でもありながら、トップレベルの魔術の才を持つ『賢者』でもあるのだ。


その特異性を活かして、セオお兄様の護衛 兼 秘書官をお務めになっている。

まさに替えの利かないお方だ。


「貴方のその才は『慧眼者』の方々の鑑定結果にもある通り、至高の域に達しています。ですが、それでも神の領域には……命は勿論のこと、失われた臓器や手足を生成することは出来ない」

「……皆まで言うな」

「ですが、それでも貴方は『神の愛し子』であり続けなければなりません。救いを求める信徒と民のためにも」

「うるさい。分かっている」


アルお兄様はご納得されたようだ。

深く頷きつつ、それとなくハンカチを差し出す。

セオお兄様はそれを酷く乱暴に受け取ると、躊躇なく鼻をかみ始めた。ずーーーっ!!!! と、それはもう豪快に。

流石ですわ、セオお兄様。


「ほら、神子の鼻水だぞ。ありがたく受け取れ」

「……まったく」


アルお兄様は放り返されたハンカチを水の球体で包み込むと、肩の辺りにぷかぷかと浮かせ始めた。

流石ですわ、賢者様。


「エラ、お前は変わらず礼拝に来るのだろう?」

「ええ、勿論です」

「なら、終わったら必ず俺の部屋に来い。アル、話を通しておけ」

「承知致しました」

「治療をしてくださる……ということでしょうか?」

「気休めだが、しないよりはマシだろう。週に一度は俺が。それ以外はユーリを頼れ」

「あら? お兄様もご存じなのですね。ユーリが祈りを扱えることを」

「当たり前だ。この俺が直々に指南してやったのだからな」

「まぁ!」


考えてみれば必然だった。

この国で祈りを扱えるのは、お父様、セオお兄様、シャロン様、そしてシャロン様のお父上である教皇様だけだ。

ユーリの指南役を担ってくれそうな方となると、セオお兄様以外にない。


「あの……因みに、ユーリはなぜ祈りを?」

「ヤツに聞け」

「ええ。ぜひ聞いてあげてください。とても素敵な理由ですよ」


アルお兄様に促されるままユーリに目を向ける。

今度はお母様と、二人のお姉様に囲まれていた。

凄まじいまでのモテっぷりね。

対応に追われてあくせくとしている。


『祈り』を習得した理由、ちゃんと教えてくれるわよね?

甘くやわらかなシフォンケーキのような予感を胸に、夜空を見上げた。


小さな星々が瞬いて、この賑やかな夜を彩ってくれている。

セオお兄様の祈りのお陰か、体はまだまだ軽い。

もう少しだけ。もう少しだけ楽しませてもらいましょう。

家族と過ごす、このかけがえのない夜を。




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