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16.十年ぶりに家族と

フォーサイス家の居城を出発してから十日後。

わたくし達は予定通り、王都の邸に到着した。


両親は勿論のこと、三人のお兄様、二人のお姉様達も出迎えてくれた。

夜の八時を過ぎていることもあって、それぞれのパートナーや子供達の姿はなかったけれど、十年ぶりの再会ということもあって、笑いあり涙ありのとても賑やかな時を過ごすことが出来た。


「さて」


ディナーも終わりに差し掛かったあたりで、カンカンと何かを叩く音が聞こえてきた。

向かいの席に座るお父様からだ。

銀製のスプーンで金縁のステムグラスを叩いている。

中身がほぼ空になっているからか、ベルのような高い音色を響かせていた。


「ここで一つ、大切な話をしようか」


そう言って、ゆっくりと立ち上がる。


ガブリエル・カーライル。六十一歳。

『司教枢機卿』という教皇様に次ぐお役職を担う傍ら、カーライル侯爵家の当主も務めている。


纏っているのは白いカソック。

白髪混じりのミルキーブロンドの髪は横結びに。

瑠璃色の瞳を縁取る睫毛はずしりと重たく、目尻はくったりと垂れ下がっている。


わたくしは自他共に認めるお父様似だ。

瓜二つと言っても過言ではないほどに、とてもよく似た顔立ちをしている。

誇らしく思う反面とても息苦しくもある。


「エラと結婚するにあたり、ユーリは我がカーライルの婿養子に。ユーリ・カーライルと名を改めることになった」


驚くべきことに、ユーリには叙爵を受ける選択もあった。

それも一代ではなく、世襲の形で。


しかしながら、ユーリは辞退した。

後妻を迎えるつもりはないからと。

陛下はユーリの心ばえを絶賛し、辞退の件を快くお許しくださったそうだけど……先立つわたくしとしては複雑な思いだ。


ユーリの人生は、わたくしが亡き後も続いていく。

彼個人に限らず、取り巻く環境も大いに変わっていくはずだ。

今はNOで良くても、十年後、二十年後には再婚を望む、ないし再婚せざるを得ない状況に追い込まれてしまうかもしれない。


だからこそ、きちんと遺しておかなくてはね。

遺書の一節に、貴方の再婚を望む言葉を。


「エラ」

「はい。お父様」

「ユーリにもしものことがあったら、その時は次期当主であるミシェルが後見人を務めてくれる。だから、安心なさい。元気な子を産むんだよ」


お父様もわたくしの容態を把握されている。

寿命が残り二年であることも、日に日に衰弱していくことも。

それでも変わらず子を求めてくる。

迷いも、ほんの少しの罪悪感すらない。


悲しくないと言えば嘘になる。

でも、お父様を責める気にはなれない。

お父様のような信奉者なくしては家を、組織を維持することは出来ない。

憎まれ役を率先して担ってくださっているのだと思えば、不満の声も潰えていく。


「お心遣い痛み入ります。謹んで励んでまいりますわ」


わたくしは椅子から立ち上がると、濃緑のスカートの裾を摘まんで深く頭を下げた。

顔を上げて間もなくユーリと目が合う。

何か言いたげだけど、ぐっと堪えてくれているみたい。

ごめんなさいね、ユーリ。苦労をかけます。


「では、私はこれで失礼するよ。皆はゆっくりと愉しむといい」


お父様は言うや否や自室へと戻っていった。

その表情はとても晴れやかで、ますます毒気を抜かれてしまう。

敵わないわね。


お父様の背を見送った後で、皆がまた各々話し始める。

幸いなことにお父様を非難する声は聞こえてこなかった。

優しさでもあり、諦めでもあるのだろう。


「すまないね」

「いえ」


長兄のミシェルお兄様がユーリの肩を抱いた。

たったそれだけのことであるのにもかかわらず、見てはいけないものを見てしまったような……そんな背徳感を抱かせる。


原因は分かっている。

お兄様が蔓薔薇を思わせるようなとても艶やかな男性であるからだ。

おそらくは十三年にも及ぶ公娼生活の弊害ね。

磨きに磨き上げられた鮮烈な色香は、意図せず他者を悩殺してしまうきらいがある。


ミシェル・カーライル。三十七歳。

カーライル家の次期当主だ。

切れ長の目で、瞳の色は濃紺。

鎖骨まで伸びるゴールデンブロンドの髪は、束ねることはせず無造作に流している。


そんなお兄様が袖を通しているのが、王国戦士団司令部の制服。

この制服は全戦士の中で最も鮮やかとされている。

実動を担う戦士達のカラーを、至るところに配しているからだ。


体の中央から襟にかけては『深紅』(騎士)、その他ジャケット部分は『濃紺』(魔術師)、胸飾りのジャボは『空色』(付与術師)、ベストは『深緑』(治癒術師)、シャツは『白』(勇者)といった具合に。


戦士達の命を預かる、その重責を常日頃意識するために、彼らの色を取り入れているのだそうだ。


そんな司令官の一人であるお兄様が指揮を執られているのが、聖教支部――通称『聖戦士団』。

戒律で戦うことの出来ない聖職者達を守るために組織された部隊だ。

十年前、わたくしの護衛を務めてくれたのも、この戦士団所属の戦士達だった。


お兄様は先王様の無血退位の立役者なのだから、もっと国の中枢に立たれてもいいように思うのだけれど、ご本人の希望なのか十年前から変わらず聖戦士団に留まり続けている。


カーライルが三大聖教一族であるからかしら?

興味はあるけど……きっと伺うことはないのでしょうね。


端的に言えば怖いから。

はぐらかされたりしたら、いよいよ認めざるを得なくなってしまう。

お兄様から必要とされていないのだと。

やれやれと首を左右に振りつつ、再びユーリに目を向ける。


「ちょっ! せっ、セオドア様……っ!」

「ははははっ! どうだユーリ? 苦しいか?」


向かいの席で、白いカソック姿の男性がユーリにヘッドロックを仕掛けていた。


セオドア・カーライル。三十二歳。カーライル家の次男だ。

お父様と同じ聖者で、位階は『王都大司教』。

魔除けの結界で、日々王都を守護している。


容姿はお父様と瓜二つ。

違いと言えば、若さと髪型ぐらいのものだ。

ミルキーブロンドの髪はハーフアップの形で、とても綺麗に纏められている。


「おやおや~? もうギブアップかァ?」

「ギブギブ! マジで入ってますって!!」

「はっはっは!! 勇者ともあろう者が情けない!」


技をかけているお兄様も、受けているユーリも擽ったそうに笑っている。

あの二人には通じるものがあるものね。

お兄様もユーリに負けず劣らずの活発な少年だった。

邸を抜け出しては、王都の外れで暮らす子達と遊んで……三兄のアルお兄様を寂しがらせていた。


ふと息をついたところで、セオお兄様と目が合う。

見過ぎてしまったからか、或いは少し非難の色がのってしまったからか、みるみるうちに不機嫌になっていく。


来た来た。案の定、お兄様がこちらに向かって歩いてくる。

聖者らしからぬ荒っぽい足取りで。


いい機会だわ。

お兄様はあの通りユーリに夢中で、ほとんどお話が出来ていなかった。

このままバルコニーにでも連れ出してしまいましょう。




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