15.新しい夢
「職を辞する必要はありません。俺は貴方の生き様も含めて愛する覚悟でいます。だから、遠慮はいりません」
逆の立場なら、わたくしも同じようなことを言っていたでしょうね。
やはりわたくしと貴方は似ている。
わたくし達には、周囲の反対を押し切って夢を追い続けた過去がある。
だから、分かるのよね。
その夢がいかに捨てがたいものであるのか。
だけど、一方で……貴方はとても大きな矛盾を抱えている。
「……っ」
白い顎には力が籠り、金色の虹彩は湖面の月のように力なく揺れている。
安心してユーリ。わたくしも同じ。
変わらず、貴方と共に在りたいと思っているから。
「気持ちはありがたいけれど、遠慮しておくわ。復帰したところで、お邪魔になるだけでしょうから」
「いいえ。貴方の知識と技術は、強く求められるはずです」
「知識といっても十年前のもの。治せたとしても擦り傷程度のものよ」
「そんな……っ」
「もう良いのです。わたくしは新しい夢を得たのですから」
「新しい……夢?」
「貴方よ」
ユーリが息を呑んだ。
しかしながら、その瞳には変わらず疑念が漂っていて。
「疑わないで。悲しくなるじゃない」
「……ですが――」
「何より勿体ないわ。時間は限られているのですから」
身を乗り出してユーリの手を取る。
その手は冷たく、それでいて強張っていた。
「……っ、………」
ユーリは口にしかけた言葉をぐっと呑み込んだ。
そしてそのまま首を左右に振って、搾り出すように言う。
「……励みます」
とは言いつつも、内心では納得されていないのでしょうね。
貴方の目には、未だ迷いがある。
頑固ね。だけど、そんなところもまた愛おしい。
「ではまずは、わたくしのことを『エラ』と呼ぶところからね」
「ああ……。貴方の愛称ですね。ご家族の方々がそうお呼びになっているのを、聞いたことがあります」
「方々? ミシェルお兄様以外にもお会いしたことが?」
「ご両親にも会っちゃってますよー! 結婚もOKだそうです!」
「っ! ミラさん!」
窓の外にはミラの姿が。
栗毛の馬に跨って、馬車と並走している。
いやだわ、わたくしったら……。
彼女が横に控えてくれているのをすっかり忘れていた。
気まずさから、そっとユーリの手を離す。
「その……随分とスムーズね?」
「認めざるを得なかった、というのが正直なところだと思います。結果的に、世論を味方に付けるような形になってしまったので」
「貴方が勇者だから?」
「それもありますが、他にもいろいろありまして」
ますます話が見えてこない。
首を傾げていると、ユーリが渋い顔で続ける。
「五年前に、先王様が無血退位をされたのはご存じですか?」
「ええ。レイから聞きました。先王様に代わって王弟のアンゲルス様が即位され、フレデリック三世とおなりあそばしたのよね」
旗振り役はわたくしの兄ミシェルだった。
腐敗しきったこの国を立て直すべく、表向きは先王様の公娼を――性王の毒牙にかかった『哀れな聖教徒』を演じながら裏で暗躍。
見事、偉業を成し遂げたのだという。
構想段階から数えて実に十五年にも及ぶ壮大な計画であったそうだけど、わたくしは僅かも知らずにいた。
万一の事態に備えて、あえて遠ざけてくださったのだろうと思いながらも、やはりどうにも寂しいものがある。
「新生デンスターは、身分を問わず国全体が一致団結して魔族に立ち向かう方針を取っています。奇しくも俺達のパーティーはそれを体現していて……それで理想のモデルケースとして、本や舞台で広く伝えられるようになったんです」
「特に人気なのは、エレノア様とユーリの恋物語ですよ♡♡♡」
「まぁ! もしかして……それでお父様がお認めに?」
「……はい」
時代が味方した、といったところかしら。
やや肩透かしではあるけれど、ここは素直に喜ぶべきね。
ユーリの表情が暗いのが少し気になるところではあるけれど。
「エレノア様! 舞台はアタシと一緒に行きましょう! ユーリはもうゼッタイに、何があっても行かないと思うので」
「もう?」
「~~っ、あんなの俺じゃない」
なるほど。相当脚色されているようね。
わたくしもその……耐えられるかしら……?
「しょ~がないでしょ~。舞台なんだからさぁ~」
「白々しい……っ。ミラさんでしょ? 作家先生にあることないこと言ったの」
「えぇ~? 何のこと~?」
「このっ……」
「あっ! そうそう! ユーリってば、エレノア様にフラれた時のこともちゃーんと考えてたんですよ?」
「ばっ……~~っ、もう!!」
ユーリは固く口を閉ざした。
頑として明かさない構えであるようだ。
でも、わたくしは知りたい。根比べね。
しーんと静まり返る車内。
ユーリにわたくしとミラの視線が突き刺さる。ブスブスッ……と。
「……っ」
ユーリの顔が怒り顔から困り顔へ。
深く、それはもう深く溜息をついた。
ふふっ……どうやら、わたくし達の勝ちのようね。
「真の魔王との戦いに備えて、先生達と研鑽の日々を送る……とする算段でした」
「THE★バチェラーズエンド!」
「本でも舞台でも、貴方を救出するところまでしか描かれていなかったので、支障はないかと」
描かれていないのではなく、描かせなかったのでしょうね。
見て見ぬフリをして、外堀を埋めることも出来たでしょうに。
「貴方のことが、もっともーーっと好きになりました」
「……それはどうも」
ユーリは変わらずむくれたままだ。
どうしたら機嫌を直してくれるのかしら? なんて、嬉々としてアイデアを練っていたら。
「……っ」
肩が重くなった。
ひどいわ。まだまだ聞きたいことが、お話したいことがたくさんあるのに。
体が勝手に傾いていく。瞼が重たくて仕方がない。
「ユーリ、任せていいよね?」
「はい。大丈夫です」
「……?」
座席が軋む音がする。
ほどなくして太股のあたりに体温を感じた。
かと思えば、わたくしの頬がユーリの肩に沈む。
するりとリボンのチョーカーが外された。
締め付けが和らいで、一層楽になる。
「ああ……眠るのが惜しいわ」
ユーリは口角だけくいっと持ち上げると、霧がかった虹色の魔法陣を展開し始めた。
『祈り』だ。わたくしを生命のオーラで包みながら、肩をトントンと叩いていく。
一定間隔でとても心地の良いリズムだ。
「これいいわね。すごくいい」
「まさか……初めてですか?」
「ええ」
「寝つきのいい子供だったんですね」
「貴方はとてもヤンチャで――」
「昔の話ですよ」
「そうかしら?」
「……そのはずです」
「まぁ?」
不調を言い訳にしてユーリに抱き付く。
彼は拒むことなくただ静かに受け止めてくれた。
「ユーリ……ありがとう……」
「……いえ」
ゆっくりと眠りの淵へと落ちていく。
彼の温もりをしっかりと肌で感じながら。




