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脳内に犇めくノイズが、小さな音を立てて崩れはじめた。そんな幻を窓に見た途端――クッションを投げ飛ばした。テレビが激しく揺れ、その裏に雑音が消えていく。朝をめっきり閉ざした家は、ずっと時間が止まったままだった。
ホリーは、蓄積している鬱憤を拭えないまま、元犯罪捜査の専門家の言葉に振り向いた。この荒ぶる呼吸を、彼は、真っ直ぐに擦り抜けてきた。
“彼が容疑者だと仮定した場合、何故、ハンターにだけ集中しているのか。他にもキャンパーがいるのに、だ。ハンターに対して恨みがあるのかどうか、という事になる。もう一度言うが、これは仮説だ。
捜査をするには、それこそ街中の美容院、染め液やコンタクトを販売している店を調べるべきだろう。銀髪にするには、そういった行動を取らなくてはならない。
この様な調査は全て警察が執り行う事であり、市民の皆さんは決して、今回の被害者の様な危険な行動は慎むように。加えて、失踪者の家族への負担がどういうものかを、よく考えるようにして頂きたい”
ホリーは、トルネードの中心に落ちたような心地だった。一時の温もりと静けさに、涙は、怒りから細い哀しみに変わった。
画面の向こうで微笑む夫と、周囲の波を鎮めようとする専門家が、呆気なく次の話題に切り替わってしまう。
早すぎる流れに、また、動悸が運ばれてくる。外での騒ぎが、荒波となって、再び脳内に戻ってくる。いつか、その波の勢いで、全身の皮膚や肉を剥ぎ取られるのではないか――そんな恐怖に、ホリーは反射的に立ち上がった。
動きは無意識で、まるで機械だった。家の隅々まで目を這わせ、額縁や花瓶、本やクッションで、隙間という隙間を埋め尽くした。足りなければボール箱を潰し、壁にした。そうでもしなければ、家が壊れてしまいそうだった。
けれども、玄関だけはすぐに開けられるようにした。夫が帰った時、この状況を見て驚くだろうが、そんなことも、笑い話にすればいい。いつ、何時に戻ってきてもいいようにと、足元には小さなスタンドライトも用意した。
後は2階で過ごせばいい。地上から少しでも離れていたかった。言葉の海がせり上がろうが、寝室までは絶対に辿り着けやしない。否、させるものか。
テレビやパソコン、電話も念のために設置した。リビングに飾っていたあらゆる思い出や、よく食べていたもの、ケトルに揃いのカップ。互いが好きな飲み物。息子のための食器に毛布、気分を満たす数々のもの。何もかもを、たった1つの部屋に詰め込んだ。そして、余程の用がない限り下には行かないと決めると、ホリーは、やっと足を止めた。
腹をゆっくりと撫でると、手の震えが引いていく。ひっきりなしに寄せ集めた、穏やかな静けさと、温かい思い出に、頬が上がった。そして、ベッド脇のテーブルのオルゴールのゼンマイを固くなるまで回し、音色に寝そべるように、ベッドに横になった。
「もう誰もいないわ、坊や……おやすみ……」
この時、身体の微かな揺れが動悸なのか、息子の応えなのか、ホリーは虚ろになったせいで、一切分からなくなっていた。
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