表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
*完結* Dearest  作者: terra.
In Full Glory ~完全なる開花~
87/133

22




 恩師の労いを耳に、ホリーは肩で大きく息を吐くと、ふと、洗面台の縁に手がいった。そこの手触りに気を引き留められ、次第に眉が寄っていく。

 黙り込んでしまうところ、どうしたのかと訊ねる恩師だが、その声も余所に、ホリーはそこに薄く広がる割れ目をなぞった。



「洗面台の側面が割れて、凹んでる……埋めてあって気づかなかった……こんなの、先が尖ったもので叩かないと有り得ない……」



 ホリーは、だんだん記憶の引き出しが開いていくと、恩師に呟くように、夫の行動を話した。力を放ちたくなるような何かが、彼自身の中で起きていたとすれば――


 その時、外で人が騒ぐ声に、鏡に映る顔が青褪めていく。ホリーはすぐさま窓を閉め、カーテンを引いた。恩師の気遣いに応えようにも、声が震えてしまう。



「ダレン、外に出られないかも……」



 動悸が激しくなると、ホリーはその場に小さくしゃがみ込む。

 異変を察した恩師は、そのままゆっくり深呼吸をし、安静にするよう指示した。また、外には出ず、警察には自分が連絡するとし、通話を切った。




 彼の声が聞こえなくなると、ホリーは更に萎縮してしまう。鳴りもしない電話の音が、耳の奥で響いている。身体を突き破ろうとしてくる鼓動は、玄関を叩いてくる拳の音だ。その音に、腹や胸を鋭く突かれるようで、痛みに身体が捩れてしまう。


 床に横になると、両耳と頭を包んだ。何か、息子のために音楽を思い出そうとする。だが、その焦りを上回る、記者の問い(ただ)す声が、波の如く押し寄せてきた。それは全身を圧迫し、広いバスルームをガス室のように変え、ホリーは、込み上げるものを叫びに変える。



「止めて! 彼はそんな人じゃない! この子は何も悪くない!」



 夫をあんな目に遭わせたのは自分だ。罪のない息子を、いつまでも外に出られないようにしたのも――家族を壊しているのは、自分だ。



「2人に酷いこと言わないでっ……」



 薄暗いバスルームに、涙で掠れた声がこだまする。



「この身体を、あげるから……守ろうとしてくれる彼を、どうか……彼は、人のためになれるから……神様……」



 警察の言葉が脳内を巡っていた。夫に襲撃の容疑がかけられかけている。それを救えるのは自分しかいないはずだというのに、足に力が入らない。




 バスルームのドアをどうにか開け放った。涙と辛苦に溺れ、激しい咳に邪魔をされる。それでも力を振り絞り、玄関前まで床を這って進んだ。

 汗と涙にぬれた肌に、塵が貼りつく。玄関からの声は、隣人のものではない。何かを囃し立てるそれは、情報を嗅ぎつけた記者達や、スキャンダル欲しさに興奮するメディア関係者達のもので、ホリーは怒りに歯を鳴らした。



「いい加減にしてっ……ここはっ……私達の家よっ!」



 限界の糸が切れた途端――空のスリッパ立てをドアにぶつけた。その音が騒ぎを撃ち消すと、ホリーはようやっと立ち上がる。息を整えながら、震える足でリビングに向かった。








Instagram・Threds・Xにて公開済み作品宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています

インスタサブアカウントでは

短編限定の「インスタ小説」も実施中


その他作品も含め 気が向きましたら是非



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ