17
クリスとジニーが、恩師に呼び出されると、ワークルームの空気は瞬時に張り詰めた。
「間違っても情報を売るなんてことはするな……あと周りにもし、そんな素振りを見せる誰かがいたら止めてくれ……」
その言葉は、しかし、彼等を逆撫でするばかりだった。
「止めて下さいよ。私達が彼のために必死だったこと、ドクター・ウィルソンだって分かってるでしょ」
ジニーの言い分に、クリスも被せるように首を振る。
「確かに私達が担当しましたよ。でも、いくら貴方より腕や人脈が劣るからって、そんな言い草はないな。貴方だって、他所にステファンのデータを渡してる」
2人の言い分に何も返せる訳もなく、恩師は首を落とす。ステファンが失踪してから、まともに寝れていない。彼の検査結果や、伝手である精神科医が出したカウンセリング結果を、警察に提出していた。その上で、当時の彼の様子を事細かに話したが、近頃のニュースの影響もあり、何かを問われる度に自分が疑われているような気になっていた。聞くところによると、熊害現場の管理者や当時のレンジャー、担当した解剖医にも、細かな状況確認がなされているようだ。そこに記者が来たことで、震えを隠し切れないでいた。
「記者は何をチラつかせるか分からない……こちらの誠意を乱そうとしてくる……そうなれば、嫌でも粗が出る。だから気をつけろって言ってるんだ。ステファンのことを勝手気ままに言われるせいで、お前達まで何かあったら俺は――」
そこへ、看護主任が待ったをかけ、恩師を宥めた。
「それは全員に言えること。この2人だけじゃない。今の貴方こそ、その態度はどうなの」
恩師は、やっと顔を上げた。ステファンが失踪して半年。自分を責めなかった日はない。部下の手際の悪さや、検査の詰めの甘さを指摘してしまう。どれもよくない態度だったが、原因が突き止められない焦燥が、自分をそんな風にしてくる。
だが、検査結果の振り返りで分析できることには限度があった。当の本人がいない限り、新たな発見に辿り着くのは厳しい。とはいえ、ステファンの身に起きたことや、自分が感じたことを、あらゆる仲間にかけ合ってでも、何かを見つけ出したかった。それでも、金属的な色をした吐瀉物が出るような症例はなかった。何かが発症している際に、そのような色に見えた可能性もある。つまり、全てはステファンの誤解ではないか、とも言われていた。
全く例のない存在ならば、寄生虫や感染症も視野に入れ、特定したかった。もし検査の見落としがあるならば、彼の子どもが生まれてこないことにも何か関係があるのではないか。そんな堂々巡りが続き、自分もまた、メスから距離を置いていた。
「俺が馬鹿なことを言ったからかもしれない……あいつを、おかしい者みたいに……」
恩師の頭に、テラスでのことが過った。すると、クリスが慌てて首を振り、その肩を取った。
「待って下さいよ。そんなこと言いだしたら、俺はどうなるんですか? しょっちゅう、あいつのことを……」
クリスが言葉を失う横で、ジニーもまた、ステファンが出していたであろうあらゆるサインを見落としていたのではないかと、俯いた。
ところで、と、記者の前で恩師と居合わせていた看護師が切り出した。
「ドクター・ラッセルの元患者のゾーイが、記者と話したそうで」
視線が一斉に向けられると、彼女は間を置いてから続けた。
「彼女の担当であったということまで、知られているのでしょうか……」
間違ってもそのようなことは口外しないと、その場は一時、騒然となった。ホリーもまた、そのようなことまで世間に公開はしていないと、誰もが認識していた。
「委員会で改めて対策を練る。今のセキュリティーのままではマズイ」
恩師は立ち上がると、どこかに電話をかけながら、その場を後にする。遠ざかっていく声は冷静ではあっても、焦りが漏れ出ていた。
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