15
ステファンの勤務先の病院患者もまた、彼のことで気が気でなかった。親しかったゾーイこそ、すっかり見なくなった元担当医が心配のあまり、気力をなくしてしまっていた。ウェブデザインの手も止まり、庭に出ても上の空で、ただ言われるがまま外気に触れているだけだった。
彼女はベンチに溶けるように凭れ、澄み渡った空を眺めていた。なんて空気の読めない天気なのかと、乱暴に姿勢を変え、手摺りに縋りつく。
その時、大きな影が落ちた。地面から、おそるおそる上を向くと、黒いスニーカーからネイビーのジーンズ、黒い半袖シャツに黒いキャップ帽と、見るからに暑苦しい男性に、崩した表情で用を訊ねる。
「そんなに怪しまないでよ。悪いけど、ちょっと聞いてもいいかい? この病院の先生達は、信頼できる?」
「……十分怪しいじゃない。そんなこと聞くなんて」
男性は目を見開くと、苦笑しながらしゃがみ、彼女と目線を合わせた。
「だから、ごめんって言ってるじゃないか。疑わしい性格なんだよ。この病院に母親を任せようと思っててね。ドクター達は前向きなことしか言わない。だから、君はどう思ってるのかなって」
ゾーイは口を曲げ、徐に起き上がると、隣のスペースを叩いた。男性は、導かれるままそこに座ると、改めて彼女と向き合った。
「楽しい先生ばかりよ。それに、どんなに痛いことでも、頑張ろうって思える。そう思えるようにしてくれるのが上手なの」
「痛いこと?」
妙な部分を聞き返され、ゾーイは顔を歪めた。
「病気を治すんだから、痛いことがあって当たり前でしょ」
「ああ、まぁ、そうだ。確かに。いや、君は長い間、その痛みと戦ってるのかと思ってね。それがいつまで続くのかを考えてしまったんだ」
ゾーイは口を噤む。彼の言う通り、治療歴は長い。日々、次の戦いに挑めるように励まされながら、今日まできた。だが、この苦痛と別れて未来を楽に生きられるということは、約束されていない。それを何度も求めたことがあるが、大人達は決まって困った顔をした。そこから、自分で既に答えに行き着いていた。
「そんなの、先生にだって分かりっこない。先生はその時その時、病気を治す人なの。未来を予言できる人じゃないし、そんな人、本当はどこにもいっこない。神様だけができるんだわ」
そしてゾーイは、男性の前に立って向き合うと、心で見下ろす姿勢になる。
「カウンターに行けばいいわ。頼れるかどうかが心配なら、それこそ病院に聞くほうがいい。私から言えるのは、ここでなら頑張れるってことだけ」
彼女の透き通った肌は、陽射に溶け込むように弱々しい。だが、それとは真逆に、立ち振る舞いは凛とし、瞳は光っていた。その勇ましい姿に、彼は鍔を上げて微笑んだ。
「違いない。じゃあ最後にいい? 君からは、かなり強い意思を感じるけど、そうさせてくれた先生がいるの?」
その途端、ゾーイは耳の奥で縺れた言葉に目を尖らせ、唇を噛んだ。
「させてくれたんじゃなくて、今でもさせてくれてるわっ!」
そう言い放つと、許されていない駆け足でその場を去った。
記者は、少女が完全に見えなくなると、やっと立ち上がり、勧められた通り、カウンターに向かった。
息を切らせたゾーイは、病棟に入るなりしゃがみ込む。通りかかった看護師が彼女を支え、車椅子を求めた。
だが、それよりもと、ゾーイは看護師の腕に縋り、こちらを振り向かせる。喋らないようにと言われるのも余所に、声を被せた。
「変な男の人がいる……ラッセル先生のことを聞かれた……上手くできたか分からない……カウンターに行くかも……黒いっ……服っ――」
咳き込む彼女の背中を擦りながら、看護師は頷くと、後から来た仲間に外の巡回をさせた。
ゾーイは車椅子に乗せられると、外へ駆け出る看護師達の背中を、不安な目で見届けた。
Instagram・Threds・Xにて公開済み作品宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め 気が向きましたら是非




