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警察の忠告を押し切ってでも、実行しやすい手は打つと決め、多くの人の協力を得ようとした。快諾してくれたDJの力は優れたもので、その知り合いにまでステファンの情報が拡がると、寄せられる情報もまた増えた。そして
「すぐ行きます!」
ホリーは、臨時の番号から入った刑事の連絡に即答すると、家事の何もかもを放り出し、車を出した。目撃情報があった店舗から、カメラの映像が入手できたという知らせであり、共に確認してもらいたいという依頼だった。
身体の重みも忘れ、ホリーは警察署のカウンターに飛びつくと、前のめりになりながら映像を求めた。周囲の警官やオフィスのスタッフ達は顔を歪め、互いを見つめ合う。そして、カウンター席にいた1人のスタッフが、躊躇いを隠せないまま訊ねた。
「……ラッセルさん、どうかしたかしら?」
「カメラの映像を一緒に見たいと言われたの。早くして」
その女性は、背後に控えている他の警官や、スタッフ達に振り向くと、数人が確認作業に入った。なぜすぐに案内してもらえないのかと、ホリーはカウンターを指で叩きながら、小言を漏らす。
「まだ出先にいるっていうの!? 前にも行った、ここからすぐのカフェよ? 連絡がきてから今まで、まだ15分も経ってない」
「その刑事の名前は?」
ふと、1人の警官が割り込み、ホリーは口を閉ざした。見下ろしてくる警官の、淡々とした態度を見れば見るほど、不快さが込み上げてくる。ホリーは苛立ち、分かっているだろうと、表情だけで訴えるのだが、相手は応じなかった。
「ええ。ですから、妙だなと。何せ、旦那さんの件を担当する刑事は、現在別の地域に居りますので」
ホリーは、頭から一気に血の気が引いていくのを感じた。勝手に揺れる首を止められず、震える唇で、懸命に言い訳を連ねてしまう。
「聞けば聞くほど夫だったわ……頼んだメニューだって、コーヒーだって、彼が好きなものだった……」
「臨時の番号からだなんて、有り得ないですよ。決まりはお伝えしているはずです。必ず、奥さんが登録頂いた我々の番号から連絡する、と。それに、今仰るその情報も気がかりだ」
警官は言ったその場で、後の仲間に番号を特定するよう指示した。少し前まで、冷ややかな空気に満ちていたカウンターは、たちまち熱を帯びはじめる。
カウンターの女性は、奥で改めて話を聞こうと、放心状態に陥るホリーの肩を抱いた。しかしホリーは、逃げるように大きく引き下がると、署のエントランスにふらふらと歩いていく。
誰の呼び声も届かなかった。振り向かせてくれるような説得力もなかった。徐々に現実に戻されていく内に、殆ど枯れてしまったはずの目から、涙が一筋しぼり出される。
そして脳を巡りはじめたのは、見えない誰かによるノイズだ。早く見つかることを祈ってくれる人がいても、中には常軌を逸したことを言う人もいた。海や川、山もしっかりと調べろという声は、自殺か、或いは殺されているかもしれないという、受け入れ難い推測だ。片や、殺人を犯している場合もありえるだろうという憶測も飛び交った。
そのような声が集まることなど、捜査を実行すると決めた時点で分かり切っていた。なのに、これではまるで、自分が何の覚悟もできていなかったようだと、ホリーは腹の息子を強く抱えたまま、道路の真ん中で崩れ落ちた。
「ラッセルさん!」
悲鳴交じりの呼び声よりも、迫りくる地面の振動が、首を振り向かせた。
まるで、太陽が接近してくるようだった。燦々と降り注ぐ陽光が、向かい来る車のバンパーに照り返すと――ホリーの視界は、忽ち白く染まった。それと同時に、多くの、太く温かい何かが身を包んだかと思えば、浮遊感が生まれた。そして、身体への激しい衝撃に、叫ばずにはいられなくなった。
「救急車を呼んでくれ、早く!」
身体のどこの部分よりも、腹に引き千切れそうな痛みが迸った。呼吸ができず、声が擦り切れていく中、地面を求めるように倒れた。太陽の温もりを吸収したアスファルトだけが、力尽きた身体を、じっと受け止めてくれた。
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