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外で車が停車する音がすると、ホリーは家を飛び出した。そのタクシーから夫が下りて来るかと、期待に目を見開いたのも束の間――現れたのは、緊迫感を滲ませる友人だった。
「ああリズ……ごめんなさい……ありがとう……」
「いいのよ。けど、久しぶりの連絡がまさかこんなことだなんてね。とにかく入ろ」
ホリーは、大学時代の友人リズを迎え、今朝からの出来事を話した。そうしている内に、動悸は緩やかになっていった。しかし、過ぎてしまった時間を思うと、心細さがますます膨らんでいく。昼になったというのに、夫は帰らないどころか、連絡も寄こさないでいた。
「病院の人は、誰も夫と連絡を取ってないって……最後に顔を出したのは11月の頭で、その後に数回メールのやり取りをした人がいたみたいなんだけど、それも同月の話で、以降は誰も、何も……」
ホリーは水に殆ど口をつけないまま、積もり積もった恐怖を連ねていると、リズにコップを突き出された。
「これはジョークにもほどがあるし、帰ったら何してやるか、今から考えない?」
リズは、少しでも気が晴れるようにと、悪戯に笑った。しかしホリーは、弱々しく否定すると、近頃の夫のことに頭を抱えた。そんな彼女に、リズは溜め息を吐いた。
「事故から働けるまで回復して、大したもんだなって思ってたところにね……」
そして、淹れられた紅茶を飲むと、真っ青になるホリーに、ステファンが帰るまでここにいると告げた。
「心強いわ……ありがとう……」
「にしても身体に悪すぎでしょ! それがドクターのすること? あんたよりも先に、私が手を出しちゃいそう。まぁ、ちょっと横になりなよ。何かあれば起こしてあげるから」
リズに甘えたはいいものの、眠れたのは30分ほどだった。そして陽が沈みはじめ、気持ちの余裕は、再び影に覆われていく。
「……彼が他に行きそうな所は?」
リズの質問に、ホリーは目の焦点が合わないまま、首を横に振る。夫は自分と違い、積極的に出かける人ではない。いつもと言っていいほど、自分が訪れる場所に付き添うだけだった。
静かすぎるリビングがうるさく、バラエティー番組を流していた。そこへリズが、夕方のニュース番組に切り替えた。ホリーは肩を跳ね上げ、彼女からリモコンを奪うと、すぐさまテレビを切った。
「考えたくないから止めて」
ホリーは、リズの言わんとしていることを察するなり、反射的に行動してしまっていた。そして、心配の連絡をメッセージで寄こしてくれていた夫の両親や、実の両親に、重い指使いで状況を知らせた。
「ホリー、時間になった……考えをシフトしよう。けろっと帰って来たんなら、その時はその時でブチのめすだけなんだし。でも、それどころじゃなければ……」
時計を見て絞り出すリズの決心に、ホリーの涙がテーブルを打った。リズは、ホリーの目をそっと拭う。ハンカチは追いつかないくらい、みるみる湿っていった。
「ステファンの情報を全部まとめて、車に乗って。届け、出しに行くよ」
ホリーは、蹲ってしまう背中に、リズの温もりを縋るように感じた。しかし、今はどうしても、動悸がその温もりを打ち消そうとする。
頭では理解していても、心では抗ってしまう。これから取る行動は、今日まで予想もしていなかった選択だった。ホリーは、これが決して長い戦いにならないことを涙ながらに祈ると、重い腰を上げた。
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