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*完結* Dearest  作者: Terra
Beginning To Unfurl ~綻ぶ花弁~
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10




        *




 雲は、長い間、街全体を暗くさせた。空を執拗に覆い、故意に影を生みだしては、病棟やその敷地を冷やしていく。雲間から僅かに射し込む陽光は、一時的に灰色に染まる空で、淡い明滅を見せていた。


 街の外れにある森林公園は、曇天の影響か、人気は少なかった。

 その光景が愉快だというのか、銀のコヨーテは毛を逆立て、口角を上げる。奥に伸びる散策ルートを囲む大木の枝に立ち、麓を行き交う人々を見下ろした。まるで小動物の移動を眺めるようで、先を見据えれば、一帯に木々が生い茂っているだけだ。


 しかし、コヨーテの強光を放つ両眼は、おぼつかない足取りのステファンを、確かに捉えていた。するとまた、低い唸りを漏らすと、(わら)った。




        *




 その晩、ステファンは何日かぶりに、たらふく食べた。妻を心配させないよう、昼間の症状については何も言わなかった。というよりも、あれから診察が増えて忙しくなり、症状のことを忘れていた。



「順調か? 例の講義の準備」



「ええまぁ。だけど久しぶりだし、緊張しちゃう」



 ステファンは微笑むと、食後の片付けを担い、気がそわそわしている妻をデスクに向かわせた。キリのいいところにいないと、彼女はいつもそんな様子だ。




 ステファンは、粗方片付けを終えると、食洗器のスイッチを入れた。そして、やっと一息つこうとした時――ふと、風を感じた。


 キッチン横の扉に目をやると、僅かに開いていた。妻にしては珍しく無防備だった。そんなに余裕がなくなっているのだろうかと、今度は部屋の階段を見上げる。

 心配ではあるが、自分にも似たようなところがあることを思い出した。そんな時、妻は何をしてくれたのか。じっと考えている内に、手が自然と電気ポットに伸びた。


 紅茶の準備をしてから、なんとなく、もう一度キッチン横の扉に触れた。そこからの微風が心地よく、それに当たりたくて、気晴らしに庭に出た。






 アナベルの白さが夜を輝かせている。ところが、ステファンは目を細め、視界まで覆ってしまう。直接光を当てられたような眩しさを覚え、何が起きているのかと、恐る恐る手を下ろした。


 そこにあるものを認識するまでに数秒かかり、二度見をして、やっと声が漏れた。


 アナベルから、銀の光が滲み出ていた。それは尾を引き、緩やかに宙に浮かぶ。と、光は闇に拡がり、輪郭を形作りながら――獣の姿に成った。


 庭に降り立った眩い銀のコヨーテに、ステファンは目を見張る。そのまま、偶然壁に立てかけていたガーデニング用のシャベルを取ろうとするが――白銀の光が、帯を靡かせるように周囲を迸ると、ステファンは硬直して動けなくなった。呼吸が薄くなる中、コヨーテの姿を視界に押しつけられる。



『こいつぁ、サマになりそうじゃねぇか……』



 人の言葉を話した不可思議なコヨーテは、低い哂いを、ステファンの声なき声に重ねる。その哂いはやがて、細く、小さく、そして誰にでも聞き取れるくらいに大きな嗤いに変わると、牙から銀の飛沫が散った。




 ステファンは、心で抗うのがやっとだった。身動きが取れないまま、今度は、この場に不釣り合いなほどに美しい、銀の煙が集まる光景を見た。それは一気に、術後に見た夢を呼び起こしてくる。


 ステファンは目を剥いた。次に何が起こるか、容易に想像できてしまった。だが、夢で見た巨大な牙はもう、目と鼻の先まで迫っている。そして身構えていた通り、コヨーテが煙と化すと――顔から喰らいつかれ、そのまま身体を擦り抜けられた。




 力が抜け、腰から崩れ落ちる。ほんの数秒の出来事のはずが、長く走っていたかのように、汗が噴き出し、息切れまでしていた。

 立ち上がるのに、シャベルと壁に縋るしかなかった。またどういう訳か、回復傾向にあるはずの左足に電気が走り、足が言うことをきいてくれない。


 痛みを引き金に、襲撃された頃が蘇る。あまりに濃く、鮮明に。それこそ、視界そのものを当時に塗り替えられているかのように、はっきりと。


 熊の眼光と、先ほどのコヨーテの眼光が重なり合った時、ステファンは喉を鳴らした。しかし、多過ぎる情報に、整理が追いつかない。とにかく景色を変えたいあまり、反射的に立ち上がると、キッチンに逃げ込んだ。








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