Prologue
開花するずっと手前の、硬く閉じた蕾の状態。
新しい可能性や、期待・希望という意味がありますが、その受け取り方は様々。
大海の冒険者~不死の伝説~ Prologue
第三話「しかし 豹変は止まなかった」(5)
「環境問題って言うけど、本当? 今までそれで生活が困った事なんてある?」
その声は、何かを大きく揺るがせた。
これまでの長い長い過去を振り返ってみても、大気がぬるくなる時代はあった。多種多様な生命が集まる奇跡の星――地球は、暖と冷を交互に満たすことを繰り返してきている。
現在が、巨大な氷をも溶かされようとする時ならば、それはいずれ、寒冷化する時が訪れるだけのことであり、ただの自然現象にすぎない。
時を経て見えやすくなった根拠に、人は首を竦め、これまで通り、己の欲を満たして生きた。どこまでも満たし、変わらず求め、欲しがり続けた。
その姿に空虚感を覚え、苛まれたのは――人の目に留まることのない、独りの者。
朧月夜。
遺されし者は、身体から根を伸ばし、暗い地中や海中に這わせると、至るところを縫い進んでいた。
土に触れれば、仕掛けられていた爆弾に腕を飛ばされた。地面が次々と飛散し、壊された。生物の身体は、それに焼かれ続けた。血潮や悲鳴の雨が、酷く臭かった。
それでもその者は、失くした腕を再生させながら、憩いの場を探し求めた。幸と不幸が偏り、笑顔よりも不満や怒号が突き抜ける世界の中で、心おきなく過ごせる場所はどこか。
美しい白色と砂色をしていた身体は、傷や汚れに塗れていった。漸く甦った腕は、元とは違う腐った根になってしまった。そして、全身から炎のように影が立ち込めては――悪魔の姿になり果ててしまった。
遺されし者は、ある砂浜に飛び出すと、赤にしか映らなくなった視界の先に、不愛想な月を見た。
歪になってしまった身体は痒く、重く、痛く、腹立たしい。このままでは、世界は何も美しくなく、楽しくもないと、歯を鳴らした。
もっと開放的で、澄んだ空気があるところはどこか。もっと生きた土があるところはどこか。
美しさを持続させようとしてきた努力は、共に自然として在り続けようという願いは、薙ぎ払われてしまった。
守り続けていても、守られる事はないということなのだろうかと、焦燥に身が震える。
眼が、赤く灯った。
生命を守る神であるなど馬鹿馬鹿しいと、これまでの己に笑いが込み上げてくる。そして気付けば、悪魔の笑みを浮かべながら、腐敗した両腕を広げていた。
その場に歪みが生じると、陽炎が渦を巻きながら放たれた。空間を歪ませながら、それは蛇の形を成すと、呪いを秘めたような赤い眼を光らせる。
蛇達は、地面を我武者羅に這い進んでは、人の世界へ分散し、消え去った。
遺されし者は、苦しみをさらすべく、低く声をこぼした。
「喰えばいい……喰って、広めればいい……血を変えてやりゃあいい……遺伝子を変えてやれ……そうされてきた様に……」
月が、陽炎の蛇達を見下ろしている。
蛇達は芝生に踏み込むと、無人の公園の遊具を這い進み、更に先へ広がる森の遊歩道に入った。
目まぐるしい速さで、舗装された道から外れていくと――雲間から射した月明かりを受け、鋭い銀の光を放った。
蛇達は緩やかに膨らみ、被毛を生やすと、眩い銀のコヨーテに変わった。そして、あらわになった銀の眼光を、目先の黄褐色のコヨーテに向け、威嚇する。牙から銀の雫が滴ると、相手は激しい吠え声を上げた。
黄褐色のコヨーテは、迫りくる異質なコヨーテに驚き、堪らず身を翻す。だが、遅かった。
銀のコヨーテは、瞳から全身にかけて、鮮やかな銀の光の筋を走らせると、突進にかかる。風を切るよりも速く相手の首を取り、その息を止めた――かと思いきや、相手は激痛と猛烈な熱さに唸りだした。
黄褐色のコヨーテは、何かが体内を巡り、焼かれるような感覚に悲鳴を上げる。そのまま、同じ銀の被毛に豹変しては、胴震いで光を瞬かせると、月に向かって吠えた。
銀のコヨーテ達は、瞬く間に生物の豹変を広めていく。
暗い森が、彼等の銀の残像で明滅すると、他の動物達が避難をはかった。その悲鳴や草の摩擦を聞きつけた銀のコヨーテ達は、片っ端から彼等に喰らいつく。浅く入る牙からその体内に、呪いを流し続けた。
動物達は、熱鉄のような銀の液に蝕まれ、身を捩らせる。そして森中が、幾多もの銀の眼光に満ちていった。
皆、狂気の悲鳴を上げながら駆けずり回り、或いは、激しく空を舞った。飛び火するように山を越え、地域を越えた。多方面にまで続く呪いの連鎖はやがて、鹿や熊をも豹変させていく。
『こいつぁ、馬鹿げた人間に訪れた、抗えん運命だ……』
岩の上に佇む、1頭の銀のコヨーテが、低い威嚇を言葉に変えた。地を這うような重い哂いをこぼしては、舌なめずりをし、眩い被毛を逆立てる。そして、雲に潜む月に遠吠えを放つと、淡い銀の瞬きを散らしながら、煙の如く姿を消した。
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