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COYOTE Waxing Gibbous[17]
散らばっていた希望が1つになり、実ろうとしている。それを実感した夜から、ホリーの生活にまた、光が戻りはじめていた。
けれども、気づけば多くの人達が2人の帰りを待つようになっていながら、彼等は一向に現れなかった。
せめてアクセルだけでもと、ホリーはいつしか強く願うようになった。彼の友人達が打ち出す音楽は、波を立て続ける沖を眺めるようだった。流れを妨げようとする岩に打ち負かされることなく、歌に込められた彼等の想いは、飛沫になって消えても、また元の広い海に戻り、必ず出直してくる。
彼等は歌い続けた。友人と夫の居場所を。2人が皆と同じように生きていたことを。2人がこちらの世界で生きていた痕跡があることを、サウンドで世間の目を振り向かせ続けた。
自らの力で立つことに拘るバンドは、片手間で得た稼ぎと隙間時間を使って、演奏の場を設けている。よって、頻繁にライブをすることは、なかなか叶わなかった。
ところが、ようやく2度目のパフォーマンスが決まった頃には、集まる有志に合わせて寄付金も膨れ上がり、会場の警備や記者の量を増やせるまでに至った。
彼等には、本当は大きな夢があるはずなのではないか。ホリーは、チャリティーバンドが結成されてからというもの、喜びの反面、悔いの層が増していた。彼等に流れる貴重な時間と、そこにいたはずの友達を、自分達夫婦のことで奪ってしまっていると――
ホリーは寝室で、手の中で眠るオルゴールをじっと見つめていた。端の棚では相変わらず、フレームとガラスで仕切られた空間の中で、夫が笑っている。
諦めが悪い――どこからともなく聞こえてきた言葉が、不意に過った。
夫はもう、この世にはいないのかもしれない。現実を見ても、そう思うのが自然だろうと、悪魔の囁き同然の声がした途端、耳を塞いだ。
オルゴールが床を打ち、悲し気な音を伸ばしながら転がった。その音に吹き消されるように、ノイズは聞こえなくなった。
空になって暫く経ったカップを見て、ホリーは一息吐くと、ベッドから立ち上がる。若々しい彼等が打ち込んでいるというのに、自分の様子に呆れてしまう。そして、もう1杯水を飲もうとキッチンに下りた。
生活だけでなく、寄せ集めた機器類も全て元に戻していた。番号をリセットし、コールが煩く鳴り響くこともない。
それでも、当時のことはずっと、胸の深くにまで残っている。玄関先のポストや宅配便の確認を、やっと自然にできるようになったばかりで、自由気ままに外に出る気は、まだまだ起こらなかった。
夫とアクセルに纏わる情報は途絶えていた。こまめに警察とやり取りをしているが、どこの森林を探しても、騒動が起きた街の現場と同じ、彼等の痕跡は一切なかった。
夫を襲った熊からも、何も検出されていない。ホリーも周囲と同じように、熊の身体の異変そのものばかりを気にしていた。医療界や動物研究に携わる者達は、今も変わらず、突然変異というものにフォーカスしながら、調査に当たっている。
ホリーは、キッチンの窓枠に置いていた観葉植物に触れた。昨夜までピンと葉を伸ばしていたサンスベリアは、どういう訳か、くたびれていた。水の与え過ぎか、温度調節が悪かったか、日当たりが良過ぎたか――そうして、一般的な要因が自然と頭を巡る。
その時、ふと、アクセルの叫びを思い出した。
「ターゲットは、他にいる……本当の改良を見せられるのは、人間だけ……」
他に関わっている人物がいる、ということなのか。その分析も、全く追いついていない。イリュージョンのような美しい現象を出せる存在など、マジシャンくらいしか浮かばなかった。
唐突な異変について、考えを巡らせてみる。様々な科学的根拠を用いるようになってから、それ以前に思いを馳せていたことがあった時を忘れているような気がした。
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