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*完結* Dearest  作者: terra.
Past its Prime ~盛りを過ぎて~
110/133

3



COYOTE Waxing Gibbous[15][16]






 画面いっぱいに映るのは、人がごったがえす街並みだった。悲鳴が飛び交う中には、パトカーのランプが乱雑に紛れてくる。右端には、コメントが追いつけないほどの速さで流れていた。これが誰かによるライブ配信であると、ホリーはすぐに分かった。

 ホリーは、そこで起きている様子に吸い込まれていく。不思議な感覚だった。いつもなら、こんな情報など断ち切ってしまうというのに。耳を澄ませると、警官と、別の若々しい声が鋭く聞こえてきた。




 映像からは特定できないが、誰かの飼い犬が大きな威嚇を上げたようだ。だが、それに被さるように周囲からの悲鳴が轟き、人だかりは一気に、何かから遠ざかっていく。配信者は人の波に逆らいながら、現場の様子を押さえようとしていた。



“学生だ! 学生が獣の声を放った!”



 その実況に、ホリーは息を漏らす。


 映像には、パトカーのルーフに掴まった高校生と思しき少年と、彼から僅か数メートルの距離を取って銃を向ける警官が映っていた。

 獣の威嚇を放ったとされる少年は、警官を睨んだまま、特段大きな動きを見せないでいる。

 悲鳴に包まれるその場から、逃げていく足音が散らばった。それと入れ替わるように、警棒を手にした警官グループが合流すると、少年と対面する警官が銃を握り直した。


 ホリーは息を震わせ、銃口を下げろと切に願いながら、両手を握り合わせる。だがその少年は、動くなと言う警官の抑制に、びくともしない。少年の後ろには、友人と思しき数人の姿が窺えたが、周囲の群がりに呑まれてしまった。


 間もなくそこに飛び込んだのは、麻酔銃を寄こせと騒ぐ警官達だ。



「止めて……」



 彼等の対応にレンジャーが(よぎ)り、ホリーは思わず呟いた。



“仕舞った方が……いいんじゃないのか……”



 パトカーのルーフに伏せていた少年が、肩で息をしながら、慎重に警官に告げた。


 ホリーはこの時、息が止まった。少年が発言したと同時に起きた身体の異変に、喉を切られるようだった。

 彼の髪が銀に染まり、肉体が膨張していく。騒ぎの中からは、映画の撮影かと疑う声まで聞こえた。


 ホリーは、少年から目を離さなかった。彼が意図的にその姿をさらしているのが、見ていて明らかだったからだ。

 少年は、ルーフに手を付いたまま、前の警官を睨んでいる。光る銀の瞳を捉えた瞬間、ホリーは夫の光る眼が(よぎ)り、居ても立っても居られなくなった。

 今すぐ現場に向かおうとした時、映像から警官の小声のやり取りが聞こえ、意識が引っ張られる。少年を眠らせて確保する計画が耳に流れ込んだ途端、そこに垣間見えたのは、害獣用の麻酔銃だった。



「そんな!?」



 人に使うものではないと、ホリーは配信をそのままに、テレビで現場の特定を急いだ。

 麻酔銃を手にしたグループの話し声がする。どうやら少年は、パトカーから離れないまま、まるで匂いを嗅ぐように何かを探しているらしい。



“警察が近づいていくぞ!”



 張り上げられた実況に、ホリーはスマートフォンの画面に向き直る。

 少年は、警官に低く身構えていた。既に発砲が起きているなどという声もし、その場の臭いに鼻を覆う者が見える。

 そこへまた、威嚇が聞こえた。



“落ち着け……助けてやる……”



 異変をさらす少年に、警官は強い警戒心を滲ませたまま、銃を仕舞った。そして、両手を空けて見せた。


 だがホリーは、ふらふらと首を横に振る。少年の背後に麻酔銃を持ったグループが回り込んでいた。それらが構えられる音がし、堪らず顔を背けてしまう。すると



“撮るなら、しっかり押さえろ……いいか、これは人力で起きてるんじゃない……ステファンも被害者だ……俺よりも遥かに侵され、歪なもんに弄ばれてる……”



 少年の感情を押し殺す発言に紛れた名前に、ホリーの脈が寸秒、止まった。確かに聞こえた夫の名が、環境音を全て取り払ってしまう。



“……君達の異変は認める。だが、そのままではこちらも出難い。冷静になれ”



 警官が呼びかけた矢先――少年は、背後から迫る警官グループに威嚇を放ち、怯ませた。その隙に、説得していた警官が少年に飛びかかり、彼をパトカーに押さえつけた。見兼ねた残りの警官達は、次々と2人に群がっていく。周囲からは、手錠や鎮静剤を促す声が飛び交い、ホリーは叫んだ。


 その時、何かが()ぜるように、長く、高い遠吠えが響き渡った。



「コヨー……テ……!?」



 ホリーが気がついた次の瞬間――配信者が大きく揺さぶられ、映像が乱れた。何かが来たと、(しき)りに騒ぐ声がする。ホリーは画面を鼻にまで近づけ、ただただ状況を追い求めた。








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