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COYOTE Waxing Gibbous[15][16]
画面いっぱいに映るのは、人がごったがえす街並みだった。悲鳴が飛び交う中には、パトカーのランプが乱雑に紛れてくる。右端には、コメントが追いつけないほどの速さで流れていた。これが誰かによるライブ配信であると、ホリーはすぐに分かった。
ホリーは、そこで起きている様子に吸い込まれていく。不思議な感覚だった。いつもなら、こんな情報など断ち切ってしまうというのに。耳を澄ませると、警官と、別の若々しい声が鋭く聞こえてきた。
映像からは特定できないが、誰かの飼い犬が大きな威嚇を上げたようだ。だが、それに被さるように周囲からの悲鳴が轟き、人だかりは一気に、何かから遠ざかっていく。配信者は人の波に逆らいながら、現場の様子を押さえようとしていた。
“学生だ! 学生が獣の声を放った!”
その実況に、ホリーは息を漏らす。
映像には、パトカーのルーフに掴まった高校生と思しき少年と、彼から僅か数メートルの距離を取って銃を向ける警官が映っていた。
獣の威嚇を放ったとされる少年は、警官を睨んだまま、特段大きな動きを見せないでいる。
悲鳴に包まれるその場から、逃げていく足音が散らばった。それと入れ替わるように、警棒を手にした警官グループが合流すると、少年と対面する警官が銃を握り直した。
ホリーは息を震わせ、銃口を下げろと切に願いながら、両手を握り合わせる。だがその少年は、動くなと言う警官の抑制に、びくともしない。少年の後ろには、友人と思しき数人の姿が窺えたが、周囲の群がりに呑まれてしまった。
間もなくそこに飛び込んだのは、麻酔銃を寄こせと騒ぐ警官達だ。
「止めて……」
彼等の対応にレンジャーが過り、ホリーは思わず呟いた。
“仕舞った方が……いいんじゃないのか……”
パトカーのルーフに伏せていた少年が、肩で息をしながら、慎重に警官に告げた。
ホリーはこの時、息が止まった。少年が発言したと同時に起きた身体の異変に、喉を切られるようだった。
彼の髪が銀に染まり、肉体が膨張していく。騒ぎの中からは、映画の撮影かと疑う声まで聞こえた。
ホリーは、少年から目を離さなかった。彼が意図的にその姿をさらしているのが、見ていて明らかだったからだ。
少年は、ルーフに手を付いたまま、前の警官を睨んでいる。光る銀の瞳を捉えた瞬間、ホリーは夫の光る眼が過り、居ても立っても居られなくなった。
今すぐ現場に向かおうとした時、映像から警官の小声のやり取りが聞こえ、意識が引っ張られる。少年を眠らせて確保する計画が耳に流れ込んだ途端、そこに垣間見えたのは、害獣用の麻酔銃だった。
「そんな!?」
人に使うものではないと、ホリーは配信をそのままに、テレビで現場の特定を急いだ。
麻酔銃を手にしたグループの話し声がする。どうやら少年は、パトカーから離れないまま、まるで匂いを嗅ぐように何かを探しているらしい。
“警察が近づいていくぞ!”
張り上げられた実況に、ホリーはスマートフォンの画面に向き直る。
少年は、警官に低く身構えていた。既に発砲が起きているなどという声もし、その場の臭いに鼻を覆う者が見える。
そこへまた、威嚇が聞こえた。
“落ち着け……助けてやる……”
異変をさらす少年に、警官は強い警戒心を滲ませたまま、銃を仕舞った。そして、両手を空けて見せた。
だがホリーは、ふらふらと首を横に振る。少年の背後に麻酔銃を持ったグループが回り込んでいた。それらが構えられる音がし、堪らず顔を背けてしまう。すると
“撮るなら、しっかり押さえろ……いいか、これは人力で起きてるんじゃない……ステファンも被害者だ……俺よりも遥かに侵され、歪なもんに弄ばれてる……”
少年の感情を押し殺す発言に紛れた名前に、ホリーの脈が寸秒、止まった。確かに聞こえた夫の名が、環境音を全て取り払ってしまう。
“……君達の異変は認める。だが、そのままではこちらも出難い。冷静になれ”
警官が呼びかけた矢先――少年は、背後から迫る警官グループに威嚇を放ち、怯ませた。その隙に、説得していた警官が少年に飛びかかり、彼をパトカーに押さえつけた。見兼ねた残りの警官達は、次々と2人に群がっていく。周囲からは、手錠や鎮静剤を促す声が飛び交い、ホリーは叫んだ。
その時、何かが爆ぜるように、長く、高い遠吠えが響き渡った。
「コヨー……テ……!?」
ホリーが気がついた次の瞬間――配信者が大きく揺さぶられ、映像が乱れた。何かが来たと、頻りに騒ぐ声がする。ホリーは画面を鼻にまで近づけ、ただただ状況を追い求めた。
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