見えない翼 ―時をかけた君へ―
あの日、君は言った。
「見えない翼があったら、どこにだって行けるのにね」
何気ないその言葉を、今でも覚えている。
君がいなくなってから、もう十年になる。
僕はあの時から、時をかけている。
開発中だった“時観測装置”――通称。
それは、記憶の波形と時間の揺らぎを利用し、過去の特定地点に意識を飛ばす装置だ。
僕は研究員として関わっていた。
でも、これは研究のためじゃない。
君を救うためだ。
高校時代、君はバイク事故で亡くなった。
「雨の日の下校途中だった」と警察は言ったけど、僕は知っている。
その日、君は僕に会いに来ていたんだ。
家に届いた、未送信のメッセージがそれを物語っていた。
> 「伝えたいことがあるの。また、あの場所で。」
クロノグラスの使用は厳重に制限されていた。
だが、僕は一度だけ、装置を使った。
意識を、あの日に飛ばすために。
眩暈とともに、世界が反転する。
次に目を開けたとき、僕は高校時代の教室にいた。
「……っ、成功したのか?」
ノートに書かれた日付は、あの日。
君が事故に遭う、数時間前だった。
僕は駆けた。
びしょ濡れになりながら、君が待っていたあの河原へ。
懐かしい匂い、雨の音、濁った空。
そして、君がいた。
「……え?」
君は驚いた顔をして、僕を見つめた。
まだ何も知らない顔だった。
僕は抱きしめるように、君を止めた。
「行かないで。今日は……帰って」
「でも……言いたいことがあって……」
「わかってる。ごめん、でも今は、ただ……生きててほしい」
君は戸惑いながらも、頷いた。
そして、ふっと笑った。
「じゃあ、また明日。約束だよ」
それが――“もう一度”の、最後の言葉だった。
僕の意識は元の時代に戻り、気づくと研究室の床に倒れていた。
起き上がると、見慣れた研究員たちの顔、だけど――何かが違う。
資料棚には見覚えのない報告書があり、
僕の机には“高校教師”としての名札があった。
タイムラインが変わった。
その日、学校の講堂で保護者説明会があった。
職員として参加していた僕は、ふと、会場の扉を見た。
そこに、ひとりの女性が立っていた。
どこか懐かしい輪郭。
それでいて、大人になった顔。
だけど、間違いない。
君だった。
「……来てくれたんだね」
「ん? 初めて来た気がしないんだけど。不思議」
君は記憶を持っていない。
でも、“何か”を感じている。
そして、笑った。
> 「ずっと誰かを待ってた気がしてたの。でも、ようやくわかった。あなただったんだね。」
まるで、見えない翼に導かれるように。
僕らは、再び出会った。
時を掛けて、時代を超えて。
見えない翼は、確かに存在した。
それは――「想い」だったのだ。
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✦あとがき
> 想いは時空を越えるかもしれない――そんなことを信じたくなる、
少し不思議で、少し切ないけれど、希望のある物語でした。
目には見えない“翼”を、あなたも心に持っているのかもしれません。