消耗品はごめんですので
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私がフォークロイ公爵に連れられて別室に着くと、そこには記録係のような男性隊員が端に座っており、私と公爵はソファに向かい合わせで座る。
「突然で戸惑うこともあるかと思うが、嘘偽りのないように語っていただきたい。まず、男爵令嬢とのやりとりについてだがーー…」
先ほどまでのことの成り行きを詳細に尋ねられ、できる限り正確に答えていく。ここで嘘をつくメリットは私にはないし、被害者は私だと明らかにしてくれるというなら、むしろ味方だ。
「なるほど、では次にアージリー伯爵家嫡男との関係性についてだが、何故彼が貴女のよからぬ噂を広めたのか、心当たりはあるか?」
「心当たり、ですか……あるようなないような……ええと…」
これまでスラスラと答えていたのに、急に歯切れが悪くなったせいだろうか。明らかに怪訝な顔をしている。
でも、一体どう説明すれば良いのだろうか。
多分前世での記憶をアージリーは持っていて、私を今世でも良いように扱いたかったのに、思うように行かなかったから悪口を広めて発散している?私を不利な立場に置こうとしている?本当は彼にはリリーという想い人がいるのに、その踏み台にされている??
だめだ、まだ起きてもないことを語っても不自然だし…ええと…うまくまとめなきゃ……。
「わ、私が…(前世と違って)婚約を辞退して、アージリー卿は腹が立っているようです…?」
苦し紛れだが、それっぽい理由が答えられた!
だが、フォークロイ公爵はあまり納得はしていないようだ。
「ふむ、なるほど…。それは筋が通っていそうではあるが、アージリー伯爵家とマーグレイブ辺境伯は、かねてからの付き合いはほとんどなかったと聞いている。
故に今回の婚姻の申込みはただ年齢がちょうど良く、家柄も釣り合いが取れているからだろう、と。断られたからと言って、そこまでアージリー卿が憤慨する理由は分からないが」
どこまでも冷静なその瞳は、真実をまっすぐ見つめようとしているようだ。
「私にも、その、よく分かりませんでして…」
「実際のところは、どうなのだ?」
「どうとは…?」
「失礼かもしれないが、アージリー卿が不快になる断り方をしたとか、男性との逢瀬を楽しむ趣味があるとか…。ここでは守秘義務は守られるので、もし思い当たることがあれば話してくれ」
正直、他の人物からこういう物言いをされると、憤慨してもおかしくなかっただろう。実際大変失礼な言い方ではあるので、端にいる男性職員さんが怯えるような顔でこちらを見ている。高位の貴族の令嬢を怒らせるとろくなことにならないからだろう。
でも、この人には悪意がないのだ。ただ知りたいだけ、仕事をまっとうしたいだけなのだろう。
だから、私はできるだけ穏やかに答えた。
「アージリー郷が不快になったかどうかは、私には断言できませんが…。結婚する気のない私より、もっと魅力的な人がいると思います、とお断りし、あまり気分を害された様子もなくお帰りになられましたわ。それから…私に婚約者がいなかったのは、父があまり私に貴族たれと勧めてこなかったこと、私が家に籠もってばかりであまり人と交流を持とうとしてこなかったことが理由ですわ。
きっと少しお調べになれば分かる通り、私はそもそも辺境伯の屋敷からあまり出てこなかったので、男性の影など全くありません」
当家の出入りの商人や、使用人、王都の出入りの記録を見ればきっと分かることだろう。
「そうか…。アージリー郷も今までと突然人が変わったように、マーグレイブ令嬢の悪い噂話を流し始めたと聞く。政略的な意図があるものなら、治安の維持にも関わるので取り調べをしようと考えていたところだが…」
人が変わった…?
それはもしかすると、あの男が前世の記憶を思い出した日ということだろう。
「それは一体…いつのことですの?」
「そうだな…大体、一ヶ月前か…。とある情報によると、アージリー郷が貴女と婚約の話し合いをしに行った次の日には、同僚や商人に噂を広めるようになっていた、とか」
「次の日にはもう、ですか…」
「だからこそ、何かアージリー郷が憤慨するようなことがあったのかと思ったのだが…貴女は嘘をついていない。となると、どうせ政略的なことか何かだろう」
私が嘘をついていないと断言するフォークロイ公爵を、思わず見つめてしまう。
「…何だ?」
「い、いえ…どうして私が嘘をついていないと思うのですか?」
彼は眉間にしわを寄せて、少し考えるような仕草をする。
「……そうだな」
そして長考を始めてしまい、私は何か余計なことを言ったのかとハラハラする。
男性的な顔立ちなのにここまで威圧感があるのも不思議なものだ。
正直、怖くなってきた。
「………マーグレイブご令嬢」
「は、はい!」
「つかぬことを尋ねるが、最近の貴女は今までと様子が違って見える。お茶会の準主催、服装の系統の変化、舞踏会への参加…これまでの外に出てこない辺境伯ご令嬢の様子からは、打って変わって非常に活発だ。
何故このような変化があったのか、差し支えなければ教えていただけるか。答えたくなければ答えなくてもかまわない。これは聴取とは関係ない、ただの…」
あ、この先の言葉は聞いたことがある。
私は、ぱっと頭に浮かんだ、私が死ぬ少し前の彼の台詞を口に出してしまう。
「ただの、興味本位、ですか?」
「あ、ああ…そうだ」
まさか当てられるとは思わなかったのだろうか。
驚いた顔は少し幼く見えてかわいらしい。
「私が変わろうと思ったのは、消耗品の人生をやめるためですわ」
「消耗品?」
「ええ。誰かの良いように利用されたり、自信のなさから自分で決定することを諦めたり、頑張れなかったり…そんなつまらない私自身の人生のことですわ。私はそんな人生を二度と味わいたくなくて…変わりたいと思って…まずは見た目と、人との関わりをやってみることにしました。
まだ……利用しようとしてくる人を見ると自分の意思が揺らぎますが…。
今は、とにかくやりたいことを探していますの」
「なるほど…。やりたいこと?何でも良いのか?」
「え?ええ…そうですね…出来れば魔法の幅を広げて、手に職をつけたいと思っていますが」
彼はあの時と同じように真剣に話を聴いてくれ、それどころか思いのほか積極的な姿勢だ。
「では、そのためには経験が必要だと思わないか?」
「まあ…そうですわね」
「しかも、利用したりされたりする貴族の社会を見ることができて」
「はあ…」
「人との関わりも増える、理想的な職場」
「確かにそんな職場があれば嬉しいですが…」
よく分からない彼の勢いに押されつつ、そう呟くと、彼はふっと不適な笑みを浮かべる。
「では、特殊公安部の隊員に就任してくれ」
「え!?」
驚く私が声を挙げる前に、大きな声を挙げたのは記録係の男性だった。
「正気ですか、隊長!?」
「ああ」
「いくら秘書官に逃げられたからと言って、ただの貴族令嬢ですよ!?もっと他に適任者はいるでしょう!」
「誰でも良い訳ではないぞ。まず彼女のリスク管理能力は高く評価されるべきだ。先ほど小耳に挟んだが、電撃を素早く回避する植物魔法の手際、侯爵家との交友関係を迅速に固める親近感、何より野心ではなく向上心がある」
「だからと言って!失礼ですが、マーグレイブ辺境伯令嬢!貴女も嫌ですよね!?こんな訳の分からない組織の仏頂面の秘書なんて!」
「失礼だぞ。私に」
彼らは私の顔を見て、ぴたっと動きが止まる。
わーわーと緊張感の抜けた会話のせいだろうか、それとも自分の行動を初めて評価されたせいだろうか。
それとも…誰でも良い訳ではない、という言葉のせいだろうか。
「…ほら、隊長が嫌すぎて涙を流されていますよ」
「私のせいではない」
「よく言う…」
そう言われて、頬に熱いものが流れていることに気がついた。
「あ…」
慌てて指先で涙を拭っていると、公爵がハンカチを渡してくれた。
「ありがとう、ございます…」
「ああ。あとこの雇用契約書に貴女の名前を書いてくれ」
ありがたくハンカチを使い、ペンと契約書を受け取る。
「隊長!強引すぎますよ!」
男性隊員さんが止めようとしてくれていて、その優しさが嬉しくなる。
だが、私は心に決めた。
すっと名前を書いて、目を見開く男性隊員さんを背景に、フォークロイ公爵に契約書を渡す。
「確かに」
彼はそう呟いて、契約書を封筒に入れた。
「本日は疲れたと思うので、来週の週初め、王城の西口、正面にある白い建物に来てくれ。寮があるためしばらく辺境伯を離れることになるが、希望があれば週に1度経費で帰れる。
仕事内容は秘書官、ひとまず私の専属だ。そこの隊員はジル・ファッジ。平民からの起用だから失礼な物言いがあるかもしれないが、ご容赦願いたい。一応今は秘書官兼書記官として雇っているので、研修中は関わりが多いだろう。問題ないか?」
「おお…はい!」
すっかり楽しみな気持ちになって、上機嫌に頷く。
ファッジ様は、頭を抱えた後、「あーもーっ!嫌になったら、すぐに逃げてくださいね!」と念押しをした後、「これからよろしくお願いします」と握手をしてくれた。
フォークロイ公爵は、満足そうに頷き、「では、自宅までお送りしよう」と、すっかり帰りが遅くなった私を辺境伯別邸までファッジ様と共に送ってくれたのでした。
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