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壁の花でも花ですので

本日も読んでくださり、ありがとうございます!


人が気絶するのには充分なほどの電気だった。

人によっては心臓に異常をきたすだろう。


私がいつまで経っても倒れないので、彼女は困惑と苛立ちの表情を募らせる。

彼女は知らないし、気づいてもいないのだ。


公爵家以上の上位貴族は微細な魔力でも感知することを。

周囲の人達はとっくに私達の騒動に気がついていて、注目もかなり集まっていたことを。

それから、私に魔法が効いていないことを。


なおも電撃を浴びせようとして躍起になっていたマール男爵令嬢だが、躍起になっている家に魔力がつきたようで、パリパリと静電気程度の電気しか起こせなくなっていた。


私がマール男爵令嬢の手をそっと取り、掴まれていた部分を見せる。

そこには掴まれる直前に滑り込ませた植物の分厚い葉が巻きついていて、細いがしっかりとした幹や根が、城の床の継ぎ目から地中へと伸びていた。

「何よこれ…」


私がその植物の成長を促して花を咲かせ、枯れさせると、ますます気味の悪いものを見る目に変わった。

失礼なものだ。

人に害を与える魔法を浴びせようとする方がよっぽど気味が悪い。


「ただの植物、ですよ。水分量が多く、あまり電気が通らないんですの。それよりも…一体どういうおつもりなのでしょうか」

出来るだけはっきりと、意思を込めた声で尋ねる。


「どういうって…何がよ」

奥の手が効かなかったことに動揺しているのもあり、さっきまでの勢いはどこかに消えてしまったようだ。


「辺境伯の代表として来城している私に対して無礼な行いをしたあげく、おめでたい場で魔法で攻撃をしかけたのです。充分捕らえられてしかるべき状況ですが」


ここまで言ってようやく今の自分の置かれている状況がわかったようだ。

カッとなってしまったのかもしれないが、どうにも短絡的過ぎる。


「……私、私は、別に…あなたに危害を加えるつもりは……ただ、ちょっともの申したくなったくらいで……」

唐突にガタガタと震えだし、今にも泣きそうな顔をするマール男爵令嬢。


まるで私がいじめているような図だ。

だが、周囲の人達はことのなりゆきを見ていたから、きっと理解してくれるだろう。


さっと城の警備隊に手を上げ、この令嬢たちを退場させるように促す。


だが、警備隊が近づこうとしたとき、

「これはこれは…辺境伯のジャスミンご令嬢ではないですか」と声が響く。


嫌なタイミングで来るなあ…と思ったのもつかの間、元夫、アイク・アージリーはにやりと笑う。

わざわざ遠くで私の名前を告げてから近づいてくるあたり、周囲の関心を集めて私をおとしめてやろうという安易な策略があるのだと分かる。


アージリー伯爵家の代表として1人参加しているらしいこの男は、表面上は紳士的で優しそうな顔をしているが…。

私も仮面を貼り付けて、内心気合いを入れ直す。


「まあ、アージリー郷、2度目の出逢いですわね」

「まだ経った2度目だったかな。私はもう何度かお会いしているような気持ちですが」


私が、まだ2度目なのによくもまああんな噂話ができましたね、と皮肉を込めて伝えると、アージリーは開き直ったように笑う。


「いえ、ご婚約のお話をご辞退させていただいて以来ですわね」

改めてはっきり言葉にしてやると、一瞬苛立った目線をよこすが、またすぐに紳士的な顔に戻す。

詰めが甘いのだ、この男は。


「では、マーグレイブ辺境伯ご令嬢は、新しい出逢いを求めて来られたのですね。それとも…若く美しいお嬢さんたちに、何か御用でも?」

そう言って、このクズはマール男爵令嬢にキザったらしい笑顔を見せる。

自分への好意を利用して、あくまでも私を悪者に仕立て上げようとしているようだ。


「いいえ、私の方は特に用事はなかったのですが、そちらの方々が用事があるというのでお話をお伺いしていましたの。アージリー郷は何か御用でも?」


私の一貫して取り付く島もない態度に苛立ちを隠しきれず、アージリーは「何だ、その態度は…」と低い声が漏れ出る。

…態度も何も、まだ2回しかお会いしていない人に話すことなど何もない。だが…先ほどから嫌な予感と、不自然な違和感がある。


前回会ったときには感じられなかった違和感が。


アージリーは「ああ、失礼、髪飾りが取れかけておりますよ」と私の髪に手を伸ばす。


予想もしていない行動に、私がびくっとした反応をしたのを見て、アージリーは確信を得たようににやついた。警戒心が漏れ出てしまったのだ。


そして、私にしか聞こえない角度でつぶやく。

「お前…覚えているな?」


衝撃のあまり、声がでなかった。

まさか、あり得ない。


私が前世、前回の人生の記憶があるだけでもおかしな話だというのに、それが2人も?


黙ってしまった私に気を良くしたのか、元夫はそのまま続ける。


「大人しくそちらから婚姻を申し込め。それが運命なんだよ。俺たちは一心同体だろう?

図々しくも婚約を断りやがって……逃げられると思うなよ」


悪魔にも見えるようなその瞳は、私の魂を冷え切らせていくような力を持っていた。


負けてはいけない、言い返さないといけない。

分かっているのに、すり込まれた諦めとコミュニケーションのパターンが、私の判断を鈍らせる。


すっと離れると、アージリーは「直りましたよ」といけしゃあしゃあと微笑んだ。

その表情には勝利を確信した時のようなすがすがしさがあり、対して私は体の震えが止まらない。


「…そうそう、私は貴女にダンスを申込みに来たのですよ」

は?と唖然とするが、声にならない。


「そんな…!」

代わりにマール男爵令嬢が絶望したように呟き、私を憎々しげに睨み付ける。


私だって、こんなやつと踊りたくなんかない。

踊りたくないのに…。

吐きそうなほどのめまいと頭痛、体の震えから逃れたくて、一刻も早くここから抜け出したくて、それならもういっそのこと踊った方が楽なのかもしれない、それだけでここの状況から逃げ出せるなら、と支離滅裂な考えが浮かんでくる。


「どうです?一曲踊りませんか?壁の花は寂しいでしょう。見知らぬ男性と踊るより、私と踊った方が世間体も良いかと思いますが」

…暗に、自分と踊らないとあることないこと言いふらすぞ、と脅しをかけているようだ。


もう放っておいてくれたらいいのに。

大体リリーはどうしたのだ、私に構ってないでさっさとリリーを探しにいけば良いのに。


………ああ、そうね、そうよね。

私がいないと領地の経営が忙しくて、リリーと遊ぶこともできないし、リリーと遊ぶ為の資金を貯めることさえできないものね。


運命、だなんて体のいい言葉で私の人生を浪費しようとしている。今度はきっと、骨の髄まで使われるに違いないのだ。


逃げられなどしないのだ。


私が絶望し、手を取ろうとすると、「失礼、少しお時間よろしいか」と低い聞き覚えのある声が響いた。


「きゃーっ!ユリウス様!」

と女性陣の黄色い声が響く。先ほどまで私に視線を向けていたマール男爵令嬢も、私の後ろの男性に見惚れてしまっている。


「…何か?」

突然現れた男性に、アージリーはひどく不愉快そうな顔をする。


ユリウス…?ユリウス・フォークロイ公爵!?

あの元夫が毛嫌いしていたフォークロイ公爵がここにいるってこと!?


思わずばっと振り返ると、そこには深い紫の瞳と、紺色の髪の…とても美しい公爵閣下がいた。少し女性的な顔立ちをしているその男性は、あの時、私の最期を看取った人だった。


まさか、この人が、公爵…?


考え事をしながらもあわててカーテシーを取る。


「挨拶はいい、それよりもなんの騒ぎだ?警備隊が男爵令嬢を退場させるのに手間取っていると聞いたが」


「存じませんが。警備隊と、公爵となんの関係があるのです?」ふてぶてしさが漏れ出ているアージリーだが、必要最低限の礼儀は示して答えている。


「関係はある。先日、私は王から対貴族特殊公安部の長官として任命を賜っている。王はかねてより貴族同士のトラブルによる内部分裂を懸念されておられるからな」


特殊公安部…?

聞いたことのないその役割は、前世にもなかった気がする。それはアージリーも同じであったようで、「公安部の…長官だと…?しかも、王より賜った…!?」と驚愕に目を見開いている。


いや、あれは驚きよりも嫉妬に頭が煮えたぎっているのかもしれない。またアージリーはフォークロイ公爵に負けたことになるのだろう。そして彼は家でわめくのだ。「あいつが俺の功績を盗み取ったんだ!」と…。



「それぞれの話を聴く方が公平性が保たれるので、別々の部屋で事情をお聞かせ願いたい。アージリー伯爵家嫡男はそちらの隊員と、マーグレイブ辺境伯令嬢と私についてきてくれ。そちらのご令嬢方は警備隊員の指示に従い、事情の聴取の後に速やかに退場するように」


場があっという間に整えられ、私たちは特に反論の余地もなく、それぞれ移動することになった。












週の後半、頑張りましょうね!

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