ものは試しですので
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お茶会当日。
私は今までにない緊張のさなかにいた。
前世の結婚式の時でさえこんなに緊張しなかったのではないか、と思うほどだ。
まず私が登場した時のざわつき。さすがにお母様の主催のお茶会でその娘の陰口を叩く者はいなかったが、私が浮いているのは明らかだった。ほどほどに人が集まった所で、母が歓迎の挨拶をする。といってもそこまで格式張ったものではなく、和やかに進行していくための雰囲気作りのようなものだ。
次に私が挨拶をし、お茶会が始まった。私の挨拶の後、ざわついた声の中に「ジャスミン様がご挨拶されたの、珍しいですわね…」「そうね…それにあの格好…」とまばらに聞こえてくることで、手が震えてしまう。
でも、それを表に出してはいけない。私は母にしごかれた口角を上げた笑顔をいかんなく発揮しつつ、久々に会うご令嬢やお客様方に積極的に話かけることにした。
しばらく経つと、近くのテーブルの人も、離れたところにいる人々も、お互いに緊張がほぐれて、穏やかな雰囲気が流れ始めた。
「あの…」と切り出したのはエノーラ・サジタリー侯爵令嬢。お父様が昔から懇意にしている家のお嬢様で、家の力関係もさほど離れてはいない。
年齢も近く、あまり話したことはないが学園時代は同学年だった。
「ジャスミン様、少し雰囲気がお変わりになられましたのね」
近くの人達の空気がやや緊張感を帯びたものになるが、私がにっこりと笑っているとすぐに緩和された。
「そうなのです。実は、お母様にこちらの方が似合うと勧めてもらって」
「まあ!とっても素敵です。さすがはマーグレイブ夫人ですわ」
エノーラ侯爵令嬢は嫌みのない朗らかな人だ。心の底から褒めてくれていることが分かる。
それからは少し、周りの令嬢を含めて学園時代の話をして盛り上がった。
「ジャスミン様と沢山お話出来て嬉しいですわ。とってもお優しくて…実は今日、少し緊張していたんです。こんなこと、ここで言ってはいけないんでしょうが、あまりお茶会が得意ではなくて…」
エノーラ侯爵令嬢がこっそり打ち明けるように話を切り出すと、皆「そうよねえ…」とエノーラ様をなだめるように見る。
一度死んだ体験が衝撃的過ぎてすっかり忘れていたが、エノーラ様は最近婚約を解消したのだ。
理由は相手の婚約者が心変わりをしたとか…何とか…。とても他人とは思えない理由である。
「私に、魅力が無いからなんでしょうか…華がない、一緒にいても面白くない、と言われてしまって…」
「そんなことないわ!」
「そうよ、あちらのご令息が一方的に破棄したのだから、エノーラ様が非難される筋合いはなくてよ!」
周りのご令嬢が一生懸命励ましているが、エノーラ様のお顔は晴れない。
確かにエノーラ様も私と似て地味目なお顔立ちで、大人しく目立たない性格だ。
大勢での会話は苦手そうにしているし、学園でもどちらかといえばお一人で過されていた。
それでもこうして味方になってくれる令嬢がいるのだから、交友関係はあるのだろうが…。
「…もし今、エノーラ様が自分に自信がなくて落ち込んでしまっているのなら、一緒に自分らしさを探してみませんか?」
私がそう言うと、「え?」と目線が集まる。
今までの私なら、「それはお辛いですわね…」と慰めることはしても、こんな発言をすることはなかっただろう。
でも、私はどうしてもエノーラ様と前世の自分…いや、今の自分さえも重ねてみてしまうのだ。
「自分らしさ…ですか?」
「ええ。実は…私、今まで流行や貴族としての役割を重視するあまり、自分らしさというのものが(死ぬまで)分からないままでした。でも、それじゃあ誰かに利用されるだけだと思って、今人生をやり直すべく、自分らしさを探求しているの」
「確かに…ジャスミン様は今までの印象からがらりと変わられて…今日のお姿も、自分らしさの一つですのね。それに何だか…大人ですわ」
内心前世での年齢を指摘された気がして、うっと心臓が驚いたが、エノーラ様に私の言葉は響いたようだ。
「私も…変われるでしょうか」
「私もまだ、探求を始めたばかりですわ。ものは試しと思って、一緒にやってみませんか?」
にこりと笑って見せると、エノーラ様も肩の力が抜けたようにふっと笑って、「そう、ですわね…ぜひ…」と頷いてくれた。
また連絡することを約束していると、話を聴いていた周りのご令嬢も何やら感化されたようで、「自分らしさ…素敵ですわね」「私の魅力って何かしら…」と話が弾んでいた。
だが、穏やかな雰囲気は、警戒心も緩めていくようで、とあるご令嬢がぽろりと口に出した。
「やっぱり、ジャスミン様はアージリー様が仰っていたような方ではありませんわ」
そしてその言葉を皮切りに、「そうですわよね、私もそう思っていましたの!」と同意の波が拡がる。
嫌な名前を耳にした、と思いながらも、私が「アージリー伯爵が何かありましたの?」と尋ねると、皆が心のわだかまりをこちらに渡したがるようにどんどんと語り始める。
「実は、アージリー伯爵家のアイク様が、一昨日の私の身内のお茶会で、こう言いふらしていましたの。『ジャスミン・マーグレイブ辺境伯令嬢はとんだ田舎娘で、貴族の役割を放棄して、男遊びをしたがっている。実際、自分の婚約は結ばれそうだったのにジャスミン令嬢が嫌がったせいで破棄された。常識のないわがまま女だ』…と」
何てやつだ、あのクズ野郎が、と思わず内心口汚くなってしまう。
「でも、私達は学園の頃からジャスミン様を知っていたので、まさかあの大人しいジャスミン様がそんなことをするわけがないと思って…今日のお茶会で、学園時代よりもしっかりされたお姿を見て、アージリー様の嘘だとはっきりいたしましたわ」
「間もなく伯爵の爵位を継がれるというのに、自分が振られた腹いせにああやって根も葉もない噂を流すのですから、信用ができませんわね」
「大人しい裏で何をしているのか分からない、とも仰っていましたわ。…実は、もしかしたらそうなのかもしれない、とここに来るまで思っていましたが…今のジャスミン様を見ていると、そんなことは起こりえない、と思いましたの」
あ、危なかった…のかもしれない。
今日この場で積極的に会話をしなければ、今日この場でエノーラ様に意見を言わなければ、今日この場でこうして皆が教えてくれなければ、私はあのクズによって知らぬ間に男遊びの田舎令嬢のレッテルを貼られるところだったのだ。
アイク・アージリー…気を良くして帰ったと思っていたのに、どうしてそんなことをするのだろう。
もしやアージリー伯爵家の現当主…つまり父親に、婚姻を結ばなかったことについて怒られたのだろうか。
それとも、よくよく考えたら馬鹿にされた気持ちにでもなったのだろうか。
元夫が何かしらプライドを傷つけられたのだろうということ以外は、私は理由を絞ることができない。
黙っていた私がショックを受けているように見えたのだろう、周りのご令嬢が今度は私を励ましてくれる。
「アージリー様の言葉を信じないよう、私の方からも周囲の者に伝えておきますわ」
「私もそうしますわ」
今回の茶会のメンバーはお母様寄りの貴族のご令嬢だし、私も顔見知りであるご令嬢ばかりだ。
このいわゆる身内でさえ、妄言を信じそうになるくらいだから、もしかしたら噂はもっと爆発的に拡がっているのかもしれない。
アージリー伯爵家は貿易で栄えている家。
つまり、多くの交流がある家の、時期嫡男の言葉だ。
本当には信じていなくても、アージリー家の思惑に適当に乗っかっておこうという派閥もいるだろう。
これだから貴族社会は嫌なのだ…と思う反面、こうやって参加しておかなければ、どんどん自分にとって都合の悪い社会にされていくのだから、身を守るためにもむしろ参加をしていくべきなのだろう…。
お茶会はその後和やかな雰囲気に戻り、平和に解散した。
「疲れた…」
自室にベッドに倒れ込むと、メイドのミリーから「はしたないですよ」とお叱りの声が飛ぶ。
「今日はただでさえ相手の好みの把握だなんだで大変だったのに…余計な悩みの種が増えたわ…」
アイク・アージリーは本当にどこまで言っても私の邪魔をしてくる。
あの人に執着されると、本当にしつこいということは身をもって知っているのだ。
何度、そして何年にわたって、ユリウス・フォークロイ公爵の悪口を聞いたことか。
私自身公爵に会ったこともないのに、彼の業績ばかりが耳に入っているようなものだ。
「面倒だわ…面倒過ぎる…」
まさか一度会っただけで、そこまでしてくるとは思わなかった。
枕に突っ伏してうなっていると、お母様がやってきた。
「ジャスミン、随分と疲れたようね、熱はないの?」
お茶会が終わったからか、いつもの心配性のお母様だ。
「熱はないわ…でも面倒なことになっているみたい…」
「そうよ!まさかアージリー伯爵家のご令息があんな噂を立てるなんて、困ったことになったわ。どうしましょう。あそこのお家は貿易が大きいから大変だわ」
そわそわとしているのは、元来の気の弱さからか。
お茶会の主催で疲れているのはお母様も同じようで、お茶会前の一週間の姿とは別人のように繊細な様子だ。
「どうにかするから、心配しないで」
私がそういうと、「本当かしら…」とまだ心配そうに目を向ける。
やっぱり貴族社会には向いていない性格なのは変わらないらしい。
田舎の辺境伯でたまにお茶会を開く、流行の最先端の夫人、という立ち位置がお母様には丁度良さそうだ。
勿論今回は身内が多かったが、いつもは王都から多くの参加者が集まり、そこにはいわゆる仲の悪い貴族も混じっている。
お母様が王都の舞踏会やお茶会に参加することもあるが、辺境伯だから、という理由で王都にいる貴族よりは参加率は低いらしい。
たまにしか参加しない分、レアな人物としてかえって人気が高まっているというのもあるようだ。
母としてはそれも利用しているのだろうが。
…うまい生き方だなあ、と思う。
苦手な貴族社会への参加はほどほどで良いし、家の利益にもなっている。
私もそうなれれば良いなと思っていると、お母様がそういえば、と再び毅然とした態度になる。
貴族スイッチのようなものがあるのかもしれない。
「今日のお茶会での貴女の立ち振る舞い、とても良かったわ。警戒心をなくせたからこそ出てきた噂話も、周りを味方につけることが出来たのも、ジャスミンの力よ」
…きっと、私が参加していなくても、時間が経てばアージリー家の悪行は母の耳に入ったのかも知れない。でも、その時にはけっこうな時間が経っていただろうし、私の力だと言って貰えたことは…素直に嬉しかった。
「ありがとうございます。でも、私もお茶会は苦手みたいだわ」
私がそう言うと
「まあ、私の娘だものね」
とお母様も嬉しそうに笑った。
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