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☆?月?日 見知らぬベッドの上で(3)

「──つまり、その身体は、才川によって作り変えられたそのときのままってことか……」

「そ、そう。そういうことだ」


「でも、さっきの話を聞く限り、俺が目覚めるまでには結構な時間があったんじゃないか? 自分で元の身体に戻そうとは思わなかったのか?」

「じ、時間はなあ……。説明は大変だが、ハルキが思ってるほどには掛かってないんだ。そんな四年も五年も待ってられないから気合で短縮化のテクを編み出した」


「そうなのか。じゃあ、ひと段落付いたことだし、これから元の身体に戻すって感じか。俺としては残念だが、()()()()着せられたアバターなんだもんな」


 分かってる。俺のこの物言いは少し意地が悪い。

 鷹宮が俺に合わせて、敢えてあのときと同じ〈鷹宮遥香〉の姿でいるのではないかという厚かましい幻想に(すが)りたくて未練がましくしてしまった。


 それに対し鷹宮は、怒るでもなく、恥じるでもなく、複雑な……、どちらかといえば少し申し訳なさそうな顔になって押し黙る。

 その顔を見たときの俺の心境は、しまったな、だ。

 自分が衝動的に発したつまらない言葉のせいで、相棒としての信頼まで損ねてしまったのではと悔いた。


「……さっきハルキに、本当にあの鷹宮かって訊かれたとき、少しドキッとしたんだ。痛いところ突かれたって。後ろめたくて誤魔化した」


 何でも遠まわしに説明したがるのが鷹宮の悪い癖だ。

 だが、そうやっている間に鷹宮が心の整理を付けようとしてるのは分かるので、聞いている俺の方は話の核心にたどり着くまで安易に返事を返せない。


「分かるだろ? 今の俺は、本当は、ハルキが思ってるままの俺じゃない……」


 それだけ言うと、鷹宮は少し()ねた顔をしてうつむいた。

 そうして胡坐(あぐら)を組んだまま身体を前後に揺らし始める。

 落ち着かないでいる気持ちを隠さずに、むしろその弱々しさを主張しているようにすら見える。察してくれと……。

 だが、俺の方は何を察すればよいのか分からない。


「どういう意味だ?」

「ぜっ、全部言わないと駄目か? いつもは異常なほど飲み込みが早いくせに、ホントこういうときにだけぇ!」


 鷹宮はそう言うと両腕を組み、如何にも怒っています、というふうにプイと横を向く。

 以前にも思ったが、その芝居掛かった仕草がこの時代標準のボディランゲージなのだろうか? 他の人間ならともかく、鷹宮の外見でそれをやられると、正直、可愛らし過ぎて堪らないのだが?

 ガード不可。回避不能のハメ技に近い。


「すまん……」


 俺は抵抗を諦め白旗を上げる。

 あらゆる意味で降参だった。


「……鷹宮は魅力的だって。超かわいい。無茶苦茶かわいい。最初に会ったときから、今でもずっと夢中なんだ」

「? ? ?」


 鷹宮が怒ったぞのポーズをしたまま棒読みで呟く。

 俺は突然何が始まったのか、訳も分からず呆然とその横顔を見つめる。


「本当は男だとか、生きてる次元が違うとか、そんなこと関係なく、理屈じゃなくてマジ惚れしてる」


 鷹宮の口調は相変わらずムスっとした棒読みのままだったが、俺は台詞の続きを聞いて、それが俺自身が鷹宮に向かって言った恥ずかしい台詞であることに気が付いた。

 俺の体感では一昨日ぐらいの話。あの〈夏の教室の窓際〉で……。


「待て。ズルいぞ? それは記憶を取り戻す前のお前に言ったつもりの言葉で──」

「ズルくない。全部俺だ。あれもこれも、ハルキの前にいた〈鷹宮遥香〉は全部俺なんだ。全部ハルキが俺にくれた。全部……。全部()()()()に決まってるだろ?」


 あっ……、そういうことか……!

 今に至り、俺にもようやく鷹宮の真意が伝わった。

 迂遠な説明の帰結するところが理解できた。

 そういえば二周目の、水着姿の鷹宮とも同じ話をしたのだったと思い出す。

 これは澤井や吉野に鈍感ハルキと(なじ)られても文句の言えない鈍さである。


 鷹宮の脳には、あれからさらに二度も、二人もの女子の記憶が上書きされているのだ。

 元の記憶を思い出したといっても、人格への影響は確実にあり、不可逆なのだ。

 鷹宮が()()()()()()()でいるわけがないのだった。

 きっと今の鷹宮の精神は、あのときよりももっと女性的になっていて……。そればかりか、上書きに使われた人格は、あの奈津森と、あの昭島のもので……、ということは……。


「…………」


 これは確かに、全部明け透けにしては台無しだという気がした。


 先ほどの鷹宮の意見に遅れて同意することになった俺は、明らかに何かに気付いてハッとしたと思しき自分の表情を隠すため両手で顔を覆う。

 指と指の隙間から正面に座る鷹宮をチラリと覗き見る。

 鷹宮の方は依然顔を横に向けているが、その表情は怒りの装いを忘れ、自らの発した台詞を気恥ずかしそうにするものに変わっていた。


「酷い弱みを握られたもんだぜ……」


 俺は両手で揉むように顔を擦りながら言う。


「それはお互い様だ。言っとくが、さっき簡単そうに説明したアレ。ハルキの記憶と人格を丸々取り出す手法。あれだって本当は無茶苦茶大変だったんだぞ? もし公表したら、この先何十年分ものブレイクスルーをいくつも突破するようなことをしてようやく実現したんだ」

「へ、へー」


「それもこれも全部、あの言葉を真に受けたからだ。あれが間違いなくハルキの本心だって思ったから俺は──」

「わー! 分かった。分かったから」


「分かったって、お前どこまで──」

「俺が悪かったっ! この話はここまでにしよう! なっ?」


 今ここで、その先を聞いてしまうのは非常にもったいない気がしていた。

 語り出したら止まらない、とばかりに前のめりに突撃してくる鷹宮を黙らせようと、俺は慌てて立ち上がり、座っている彼女の腋の下に手を入れて持ち上げる。

 鷲尾覇流輝よりも一回り大きくて筋肉質な鷹宮道実の肉体のせいなのか、鷹宮の華奢な身体は思いのほか軽々と持ち上がった。


「お、おまっ! いきなりどこ触ってんだよ! そういうのはまだ早いって」

「わ、分かった分かった。まだ早い。早いよなー」


 俺は駄々をこねる子供をあやすように、バタバタと暴れる彼女の足を床の上に下ろしてやる。


「それより腹減ったわ。何か食わせてくれよ。未来社会の食い物とか、色々楽しみだなー」

「お前……、急にふてぶてしくなったな」


 腋の下を擦りながら鷹宮が俺を見上げる。


「そうだ。才川に成りすますのは頑張るからさあ。上手くこの社会に馴染んだら、俺の元の身体に変えさせてくれよ。できるんだろ?」

「ま、まあできるけど……」


「どうもこの身体のまま鷹宮にハグすんのは気が引けてなあ」

「だっ、誰がハグさせてやるなんて言った?」


 鷹宮がまたプンスカと怒ってみせる。

 ならば、さっき口走った()()()()とは何だったのだ。

 これはツンデレならぬデレツンだなと、俺は顔のニヤケが抑えられない。


「まあ、それはさておきハルキの身体に成形し直すのはおれも賛成だ。その(つら)だとどうしても才川の印象がチラついて複雑な気分だし。なんなら明日にでも施術の予約を入れるか」

「え、今すぐは流石にまずくないか? 才川に成り代わる必要があるのに」


「それは問題ない。そもそもその身体からして才川本来のものじゃない。鷹宮道真のアバターに似せてあいつが発注したものだから」

「あ、そうか」


 なんとなくそんな気はしていたのだが、うっかり失念していた。


「それに今の社会において個人の同一性を担保するのは外見じゃなくて、脳細胞が形作る固有の指紋のようなものだからな。みんな勝手気ままに取り替えるせいで脳以外の生体パーツは識別の役に立たないんだ」


 言われてみればなるほどだ。


「なら、俺が起きる前にやっといてくれてもよかったのに」


 そしたら俺が起き抜けにくらった衝撃だって多少は軽減されたはずである。


「さすがに医療行為だからなあ。本人の意思確認もなしに〈メディカルフォーゼ〉用の培養槽にぶち込むわけにはいかんよ」

「ふーん」


 生返事をした直後、俺の頭の中には別の疑問と、それに対する自明ともいえる推論が閃いていた。

 肉体の作り替え処置〈メディカルフォーゼ〉には、本人による申し込みが必要であるという、たったいま仕入れたばかりの情報と、いま俺の目の前にいる国府祐介が〈鷹宮遥香〉の身体であるという情報を結ぶ太い線が繋がったのである。それから、〈鷹宮遥香〉のアバターを創り出(スクラッチ)したのは国府祐介であるという、才川から聞き出した情報とも。


 自分の中で得られたこの知見を不用意に口に出していたら、また鷹宮の激昂を招いていただろうから、自分のその気付きの気配を上手く隠せたのは我ながらよくやったと褒めてやりたい気分だった。

 この件は追々からかう……、もとい、確かめるとして、しばらくは《鷹宮が自作の美少女モデルに着替えた理由》について密かな妄想に(ふけ)る自由を愉しむとしよう。


「……あ、そうだ。自由が長じて逆に不自由になったこともある」


 ほんの僅かな間ではあったが、俺との会話が途切れたことで気を揉んだのだろう。鷹宮の方から俺の興味を引きそうな話題を振ってきた。


 なんだろう? 君とのお喋りなら何でも楽しく聞けるよ、という表情を作って俺は待ち構える。


「名前だ。名前までコロコロ変えられたんじゃ、社会活動上不便極まりないからな。改名の類は原則禁止。芸名や源氏名なんてのも大昔の風習になってる。だから……、俺もハルキって呼ぶ癖をなくさないと。お前も俺のこと──」

「あ、そうか……! そういや、そうだよな……」


 部屋の出口に向かって歩き出していた足が止まる。


「……どうした? そんなショックなことだったか? まあ、どうしても嫌なら肉声の上に自動翻訳(カスタム)音声を被せるって手も──」

「いや、そうじゃなくてな」


 鷹宮が怪訝な顔で俺を見上げる。

 意図せず心配させてしまったことを()びるつもりで俺は満面の笑みを作りその顔を見返した。


「最高だっつってんの! (さい)(かわ)(ひろし)、だろ? 《全部でたった九画しかない》とか。マジかー。俺、あいつの名前だけはマジで羨ましいと思ってたんだよ、……ッシャア!」

「はあっ⁉ そこなのか⁉ そこって、そんなに喜ぶとこか? 他にもっと喜ぶことがあっただろぉ? なあっ⁉」


 そうだそうだ。鷹宮とはもっと喜びを分かち合わなければ。

 俺たちは思う存分互いに甘えた悪態をつき合いながら、肩を並べてドアの先の新世界へと歩き出すのだった。

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