3話
エルフ衛兵と歩くことしばらく、冒険者ギルドを避けていったので少々時間がかかったうえに体力も消費したが、途中で果実水と串焼きを食べて補給をしようやく図書館に到着した。地方の街ということもあって規模自体は周囲の建物と比べて特別大きいというわけではないが、相応に大きいし何より装飾なども豪華で綺麗だ。神の要請によって作られた中立機関ということもあってどの陣営の領地にも図書館があるのだが、中立陣営領に図書館の本部があるということもあって他陣営領と比べて中立陣営の図書館は蔵書数なども多く、図書館の規模も大きい。ここはエルフの国の街らしいが、国の首都ともなると図書館の規模もより大きくなる。マギはベータ版ではエルフの国の首都にいたのだが、首都の図書館はこの図書館の数倍の規模であった。といっても地方の蔵書が劣るといえども、地方特有の資料などがあったりするので馬鹿にできない。マギは、ベータ版では魔道の研鑽のためにと図書館に通っていたのだが、その中で読書というのにハマってしまったのだ。魔道の研鑽、錬金術の研究のをしながら片手間に読書も良く嗜んだものだ。ゲーム時間で言えばおよそ半年のベータ期間は充実したものだった。正式サービス開始して、情報封鎖のために制限されていた閲覧権限がベータより緩くなっている今、これまで以上に読書を楽しめると思うと心が躍って下がないというものだ。
「衛兵さんありがとう」
「ああ、帰りは一緒にいられないから気を付けるんだよ。街がこんなだから」
「うん。またね」
エルフ衛兵と別れて図書館の敷地へと入っていく。図書館を囲む門を守る兵隊に許可証を見せて、割賦を預かり中に入れてもらう。敷地には綺麗な庭が広がっているがそれは後で見るとして、無視して建物の中に入る。中に入れば入り繰り近くにカウンターがあり司書さんがいるのだが、司書さんに改めて許可証と割賦を渡し照合してもらう。そうすれば図書館の利用を心置きなくできるようになる。
「こんにちは。これ、許可証と割賦です」
「はい。一人で図書館にくるなんて偉いわね・・・はい、大丈夫よ。ゆっくりしていってね」
「はい、この街と周辺の資料ってどこにありますか?」
「エルスラの街の資料と周辺地図とかは結構奥に行かないとないから、私が案内するわ」
そうして金のショートカットに緑色の縁の眼鏡をかけたエルフ司書さんが案内してくれた。それと屋内に常駐している兵隊さんの一人がついてきたのだが、それはいつものことである。何度も通って顔を覚えてもらって信頼を得なければこんなものなのでる。ある程度の印刷技術が発展してはいるものの、本は未だに高価で貴重なものなのである。この図書館は神命によって作られたものなので余計慎重になってしかりである。
資料のある場所についたのでエルフ司書さんと別れて一人で資料を探し始める。もちろん兵隊さんはそのまま近くにいるのだが。エルスラというらしいこの街内部の地図、そして周辺の地図、エルスラ内で出回っている新聞も置いてあったのでそれもピックアップする。それに加えて周辺でとれる素材や生息している魔物の資料もあったので、それも持つ。一般にでまっている野菜や果実はともかく、他の薬などになるような植物や生物は周辺の魔素の濃度にもよるので未だ人の手で育てることは叶っていない。そういったものは一定以上魔素の濃い場所で生育するのだが、空気中に漂っているとされている魔素の濃度をコントロールする技術は確立されていないのだ。そういうこともあって錬金術の素材を得るためにエルスラ周辺の魔境などの情報を得なければいけない。さもなくば効率よく稼げず、燃費の悪い子の体を食わせていけない。せっかくベータから一度もデスを経験していないのだ。だからこれからもノーデスを貫きたいし、飢渇で死ぬなんてごめんだ。このゲームは以上に感覚がリアルだから余計に。
地図と新聞だけなら片手でどうにか持てていたのだが、それに加えて資料となると手のサイズと筋力を加味すると到底一度では運べない。(クソッ、猫が邪魔だ!)なんだかんだマギは猫を抱きかかえながら図書館に入ってきたのだった。どうして猫が入れているのか謎だが兵隊さんも司書さんも文句を言ってこなかったから入ってきてから抱えたままである。
そうしてそのせいで今資料を持てないでいる。入り口近くのよく日の当たる明るい場所で読みたいので運びたいのだが、このズボラマギは往復せずに一度に運びたいのである。そうやって四苦八苦しているとなんと兵隊さんが資料を持ってくれたのである。(優しい、好き)
兵隊さんの協力もあって入り口近くの席に資料を一度に運ぶことができた。
「兵隊さんありがとう」
「・・・」
寡黙な兵隊さんはぺこりと頭を少し下げて反応すると、もともと立っていた入り口のすぐ脇に戻っていった。流石に真後ろで監視されると読書に集中しずらいので良かったと思いながら読書を始める。
まずはエルスラ内部の地図と周辺地図に目を通す。エルスラは外壁に八つの門があり、それぞれ別の町村や魔境につながっているらしい。街の規模に対してかなり多いが、この街は地図を見る限りかなり計画的に区画整理され作られているみたいでとても機能的な上、中立陣営の北の方の街ということもあって戦争を仕掛けてきそうな魔陣営や人陣営の領からはかなり距離があり、警戒するのは魔境からの魔物だけであることもあってこうなっているのだろう。
街の北側にギルド館、北東はスラムっぽい。南側には領主館、領主館の結構すぐ北にこの図書館、私がいた門は北北西にある門だったみたいだ。
街から出て北側には魔境である森林地帯が広がっている。他は街道と畑、ビッグカウのための大規模な牧場である。
周辺の資料から情報を拾った限りは、錬金術素材等を狙うならもっぱら魔境である。というか魔境に行くしかない。周囲は畑か牧場が広がっているためである。それもあって食料自給も相当高そうであるし、それどころか交易においての一大産業になっていそうだが。まあ、そういった意味でもこの街は豊かそうである。区画整理のされた綺麗な町並みで暮らしやすそうでもあるし、初期スポーン地点としては最高と言っても良いのではなかろうか。
魔境においても、街沿いの魔境外周部は他の外周部や深部よりも危険度は低いようである。魔境とあって生産素材は潤沢であるし、西へ行ってエルフ領を出ればすぐにノーム領があり、その領境の街では顔料になる魔鉱物が特産である。そうであればこの街とも取引しているはずだし、どうにかそれも手に入れることができるだろう。ベータでマギが研究していたネタで魔鉱物の顔料が必須であり、それを手に入れることができれば戦闘力の強化が可能である。まあ、今は魔鉱物なんて高級品を買う金はないのだが。
ゆっくりと読書している内に、そんなこんなで街の騒動も多少は落ち着いたみたいで、誰かが半狂乱している声は聞こえなくなっていた。図書館近くでは図書館所属の兵隊さんが動いていたのでもともと少なくはあったのだが、今は全くそれらの声は聞こえないのである。ログインした時間がゲーム内での昼過ぎだったので、そろそろ宿を探さないと不味そうである。なんてことを考えながら席を立とうとする。すると___
グギュリュリュリュウウウ___
なんて節操なくお腹が鳴き声を上げてきた。長時間頭を使っていたせいで燃費の悪い体が、燃料の補給を求めてきたのである。あまりにも集中しすぎて空腹に気が付かなかった。
(まずい!初ですが飢渇とか恥ずか死ぬぞ___ちくしょうっ!猫が膝の上で寝てやがる。起こさないようにどかさなければ!己の慈悲深さが憎いわ!急いで投げてしまえば解決なのに)
なんてことを考えながら、そおっと猫を持ち上げてテーブルの上にのせてやる。そのあとは資料をもとの場所に戻してやらなければならない。資料を急いで、ただし傷をつけないように丁寧に持ち上げて抱える。
(お、重い!空腹でデバフでも掛かってるのか?持って来た時より重く感じるぞ!タスケテ!兵隊さん!)
そうして乞うようにして入り口傍に立つ兵隊さんを見つめる。するとなんということでしょう!視線に気が付いた兵隊さんはすぐに気が付き寄ってきて、代わりに資料を持ってくれたじゃあありませんか!
(優しい、好き)
そうして片付けを終え、未だ寝続けている猫を両手で抱きかかえ外へ出る。門で兵隊さんに割賦を返して屋台を探す。
(ちくしょうっ!猫が重い!しかも図書館近くの通りには屋台がないぞ!飯屋もないし・・・)
串焼き屋台があった通りまではまだ遠い。今の状態で串焼きが入るかわからないが。とりあえず今すぐ何かを口に入れたい。
このゲームなら普通は、現実同様数日食べなくとも生きることはできる。ただマギは「スタミナ低下」というスキルを持ち、その上ステータスがint以外最低値ということもあって一日の断食すら不可能である。「スタミナ低下」というスキルは持久力に作用するが、それ以上に空腹度と生命活動する上での燃費により大きく作用してくる。それのためこまめに食事をしなければこうなるのだ。
顔を青くしながら道をひたすら歩いていく。
(ああ、もう・・・やば・・・)
とうとう足に力が入らなくなり、力なく道に倒れてしまう。
視界がはっきりしない。音もよく聞こえない。そのくせ腹の虫の鳴く音だけ頭に響いてくる。限界でもはや苦しいのかすらわからなくなってきている。
(ああ、たま・・まわんな・・・死にたk、な・・・)
腹の音のほかに猫の鳴き声が聞こえてくる。マギが倒れたときに目を覚ましたようで、まるでマギを心配しているような声色で大きく鳴いているのが聞こえてくる。
「ね、こ・・・はら、へた・・・」
喉も乾いており、声がかすかすだがどうにか絞り出す。誰かがこの声を聞いて、口に食べ物をぶち込んでくれることを祈って。
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マギは夢を見た。自分が温かいシチューの中で溺れる夢を。