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王子様が放してくれません!  作者: TOMO
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どうしてこうなった

 遠い遠い昔。

 こことは違う世界で生きていた頃。

 そこでは月の女神の化身とまで謳われるほどに、美しい姫だった。


 宰相の娘だった彼女は、幼い頃から婚約者と定められていた自国の第一王子と順調に愛を育み、誰もが祝福する中で、幸せな結婚を三か月後に控えていたのに。


 王子が友好国に招かれて国を開けていたさなか、突然進軍してきた隣国の王に捕えられ、訳も分からないままに幽閉されてしまう。

 狂王と周囲の国々に恐れられていた隣国の王は、彼女に自分のものになれと迫り、それを頑なに拒むと一緒に捕えてきた侍女や騎士たちの首を、目の前で刎ねてみせた。

 震えながらそれでも首を縦に振らない彼女に焦れたのか、翌日には彼女の両親を。そして、国境付近で捕えた第一王子の首を刎ねさせたと、せせら笑いながら偽りを告げる。

 

 愛する人たちを喪い、絶望の淵に堕とされ。

 友好国の手を借りた王子が必死に助けにやって来た時には時すでに遅く、失意のあまり自らの命を絶ってしまっていた。


「何度生まれ変わっても、貴方だけを愛しています」


 その想いだけを胸に抱いたまま、ひっそりと窓から身を投げて――。





 その時の想いは、今でもちゃんと覚えている。

 こうして生まれ変わった、いまも変わらずに。

 

 ――だけど。


「……まさか、男に生まれ変わるだなんて聞いてないよっ!!」


 月の女神の化身と称えられた美しい姫も、今や普通の平凡な男子高校生。

 しかも、前世であんなに恋焦がれていた王子様もまた、同じ日本に生まれ変わっていた。

 前世と変わらない美貌と優しさを備えた、ひとつ上の学年の先輩に。


「今日も先輩、めっちゃカッコイイ!!」


 登校中、遠目にも目立つ王子の姿を見つけていたら、周りからそんなざわめきが耳に届いてきた。

 いつもと同じ、日常の光景。


 かつての愛しい婚約者は、今日も麗しい。

 遠くから眺めていても本当に素敵すぎて、見るたびに心臓がドキドキするのはきっと、他の人たちも同じ。

 

 この世界で初めてその姿を見つけた時、本当に心が震えるほどに嬉しかった。

 生まれ変わってもすぐに、王子だとわかってすぐさまその胸に飛び込みそうになった。


 ――だけど、いまの自分はただの普通の男子高校生。

 前世の姿とは月とスッポン以上にかけ離れていて、もしも彼に前世の記憶があったとしても、まさか婚約者の姫だったとは気づかないだろう。


(……それに、昔の記憶なんてない方が良い)


 あんなに悲しい記憶を、欠片もあの優しい王子に残したくはない。


 いま、こうして平和な世界に生まれ変わって。

 そして幸せに暮らしているのなら、それだけで十分嬉しい。


 そっと、こうして遠くから眺めているだけでもう充分すぎると、そう思いながらずっと、密やかに見つめて過ごすだけだったのに。


「……ん?」


 いつものように遠くから眺めていたら、ふと。

 王子がこちらの方を向いた。


(今、目が合った…?)

 

 目が合ったとしても、今は立派なモブ学生。

 何か起きるわけでもないよなぁと、ドキリとした心臓を抑えて踵を変えそうとしたその瞬間。


「待って!」

 

 王子の声が聞こえたと思ったら、もの凄い勢いでこちらへと突進してくるのが見えた!


「え、ええっ!?」


 鬼気迫る様子に、周りの生徒たちも驚いた顔で道を開ける。

 見たこともないほどに、真剣な表情だったから、思わず恐くなってその場を逃げ出した。


「待て!」

「ひえっ!」


 何だかわからないけど、ひらすら恐ろしい。

 前世でも、遠くから見つめていた現世でも、王子は常に優しい微笑みを浮かべた人だったというのに、追いかけてくる様はまるで仇でも見つけたかのように、温かみが一切ない。

 前世を含めて、一度も向けられたことのない表情に心臓がぎゅうっと痛い。

 恐ろしくて、悲しくて。とにかく遠くへ離れようと、がむしゃらに逃げた。


 だけど悲しいかな、足の長さが違う。

 そして王子は生まれ変わっても、王子。

 たちまちリーチを縮められて、あっという間に人気のない校舎裏で捕まった。


「何故逃げる」

「い、いや…追いかけられて、つい」

「こちらを見ろ」

「………」


 そろりと視線を向けたら、ぎゅっと抱き締められてしまった。


「!!」

「……やっと、会えた。姫」

「え…?」


 何が起こったのかがわからなくて、ただただ頭の中が真っ白になってしまう。

 それに今、姫って言った……?

 

「どれだけ、この日を願い続けて来たか…」

「い…いや、待って下さい!! 僕、男ですよ! どう見ても姫じゃないです!!」

「私を見くびってもらっては困るよ姫。女だろうが男だろうが、犬だろうが猫だろうが、間違えるはずがないだろう?」

(ひえっ!)


 いつも、穏やかで優しい微笑みを浮かべていた王子がなんだかヤンデレ発言始めるから、思わず固まった。


「さ、さすがに犬とか猫になったら無理じゃ……」

「いいや。たとえミジンコだろうが、見分ける自信はあるな」


 ミ…ミジンコって!?

 僕の知っている王子は、そんなこという人じゃなかったよな??

 このヤンデレ具合。もしやあの時の隣国の王じゃ……!?


「……あの、確認しますが。王子……ですよね?」


 僕(前世)の婚約者の、あの優しい王子ですよね??


「そうだよ、フィリア姫。君を喪ってからずっと。再び君に巡り合うことだけを願い続けていた」

「アルウィン様……」


 もう二度と、呼ばれることはないと思っていたかつての名を呼ばれて、思わず王子の名が口から零れ落ちる。

 すると、昔のように優しく髪を撫でられた。


(本当に、アルウィン様だ……)


 昔と変わらない、あたたかな腕の中。

 ツンと鼻の奥が痛くなるのを感じながら、その背中に腕を回そうとして……はっと、我に返った。

 そしてきゅっと唇を結んで、伸ばしかけた腕を下ろす。


「フィリア?」

「僕も会いたかったです。ずっと、ずっと。……でも、今の僕はもうフィリアじゃありません。貴方とと同じ男です。だから、前世のことはもう忘れて、今世では他の誰かと幸せになってください」


 いつでも願うのは、愛しい人の幸せ。

 昔のように隣に並ぶことはできないけれど、その幸せをこれからは見守りたい。


「忘れる?」

「はい。こうしてもう一度会えただけで、僕は十分です」


 そして、見つけてくれた。

 こんなにも、かつての姿と違い過ぎる僕のことを、それでもフィリアと呼んでくれた。

 これ以上の幸福が、あるだろうか。


「会えたからおしまいなどと、誰が言った? 私がフィリアを逃すとでも?」

「は?」


 予想外な言葉に、思わず聞き返してしまった。

 何やら不穏な気配がして、無意識に王子の腕から離れようとしたのだけれど……なぜか腕が、びくともしてくれない。


「えっと、アルウィン様?」

「再びこの手に抱くことがあったなら、もう二度と失わないと姫の亡骸に誓った。こうして再び見つけた今、たとえ嫌がられようとも、監禁してでも逃すつもりはないよ、フィリア」

(怖っ!!)


 穏やかで優しかった王子が昔と同じ微笑みを浮かべているのに、全くもって恐ろしいことを口にする。

 ヤンデレの、ヤの字から遠く離れた所にいたはずの人が、なにがどうやったらこんなふうになってしまうのだろう!!??


「怖い? 昔は本性を、なるべく君に見せないようにしていたからね」

「ほ、本性…!?」

「そう」


 ふふふっと微笑いながらも、腰を抱く腕がさっきよりも強くなる。

 それは、まさに逃がさないとばかりに強い力で。


「………」


 がっちりと、ホールドされた腕の中。

 かつての婚約者の、知らなかった素顔にただただ驚いて固まっている僕に、小さく微笑うと。


「愛しているよ。私の姫」


 王子様は嬉しそうにそっと、口づけを落としたのだった――…。

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