第一話:ウィークエンド・エアフォース
人は誰しも一度は大空を自由に飛んでみたいと思う事がある。ここアメリカにはそんな夢を叶えた人たちが大勢いるのだ。
2050年、カリフォルニアのとある飛行場。いつものように良く晴れた土曜日。こんな日は早朝から沢山の車が集まってくる。
ハンガー(格納庫)からトラクターで引き出されるウオー・バード(軍用機)達。(軍用機といっても今では第二次世界大戦の頃の機体をいう事が多い。)
皆エンジンのアイドリング(暖機運転)や燃料補給に余念がない。だがその機体のほとんどはレプリカと呼ばれる模造品で、本物ではない。
本物は整備も大変で、貴重過ぎて値段も高く、保険も高くつき、老朽化も心配される。また、レプリカには装備し易い模擬空戦セットが付けにくい。
模擬空戦セットとは弱可視光パルスレーザー機関銃、フェライト塗料(命中判定用―レーザー光が命中すると光を熱に変える。)それを機に搭載されたセンサーとコンピューターが自動計算し、ダメージを出す。エルロンやラダー等の補助翼、エンジンまでが実戦でダメージを受けた時の動きをする。被弾すると片翼から発煙筒を炊き、撃墜されると両翼から煙が出る。
すると、自動で高度3千メートル以下のコンバット・エリア(戦闘空域)外へ出て飛行場へ帰る。(山地を除く)弱可視光レーザーとはいえ目には悪いので、UVカット付きのゴーグルをするかアクリルガラスの風防を開けないか、どちらかを選ばなければならないルールだ。
真後ろから撃たれると音が聞こえる(発射音)所も本物を再現している。接近し過ぎな時などの危険な時はGPS(衛星監視システム)、機体に装備されたフェイズドアレイ(360度全方位同時発射)レーダーの機影を個々のコンピューターと飛行場のコントロール.タワー(管制塔)が衝突回避させる。
だが、それでもウィンドウ・シル(真空の場所・飛行機は即墜落する。エア.ポケットとも言う)等は防げない。そのため安全高度3,000m以上で戦うことになっている。それなら墜落する前にリカバー出来るからだ。
最初は飛べるだけで満足していた者も、続々とこの新しいスポーツに参入している。フライトシミュレーター育ちの若いパイロット達にとって、夢だった戦闘機パイロットになれるチャンスなのだ。
2047年、GⅯ(ゼネラルモーターズ)からノースアメリカン・Pー51Ⅾムスタングが再販された。
世の中はほとんどの新車が電気自動車(水素:燃料電池車を含む)であり、内燃機関は水素、アンモニアエンジン以外は作れないようになっていた。(ガソリン・ディーゼルエンジンのパーツが一部使える。設計も。)それは同時にガソリン、軽油が必要無くなった世界でもある。(日本の開発したエネファームによるブルー水素は作っているが。再生可能エネルギーから作った水素はグリーン水素という。)
プラスチック等も史上最安値を更新しているくらいだ。そんな中、石油業界と自動車業界が共に起こしたプロジェクトだ。第一弾は人気、性能、飛ばしやすさから、アメリカ陸軍、Pー51Ⅾムスタング(野生馬)が選ばれた。水冷V型12気筒ⅮOHC1490馬力パッカード.マーリンエンジン。(イギリスのロールスロイス.マーリンエンジンのライセンス生産版)最高速度703㎞/h、2機のスーパーチャージャー過給機(エンジンの回転から取り出した力で風車を回して空気を多量にエンジンに送り込む機構。エンジンのパワーが上がる)の力を見せつけるように、スロットルを開けると〝キーン″という金属音がする。その姿は、ある角度からはスマートに、ある角度からは力強く見える。第二次世界大戦最優秀戦闘機だ。ガソリンは、バイオエタノール(植物性燃料)と石油の混合だ。2010年代は、バイオエタノールだけだと燃費が悪かったのだが、2047年度には解決済みだ。だが、安い燃料としてガソリンを混ぜている。一度燃焼させたガソリンから抽出し直したガソリンを使うと排気ガスは綺麗になり、不純物が混じらなくなる。こうした取り組みがあって、地球温暖化はある程度抑えられてはいるが、飛行機雲を引くと雨が降りやすくなったりするので完全ではない。 なにしろ全米で6,000機余りが飛んでいて、まだバックオーダーを抱えている。カーボン製とジュラルミン製の機体があるが、人気はカーボン製だ。高性能で安いからだ。機体外形寸法はカーボン製、ジュラルミン製共に本物と同じだが、重量はカーボン製が10%も軽い。だが強度やGによるたわみのでき方は本物と同じだ。
ー年に一度やっているリノの名物、エア.レースでは3,000馬力級の化物のような機体が飛んでいるが、時速800km/h前後の最高速度を出している。文字通りレシプロ(プロペラ機)最速だ。カーボン繊維FRP(強化プラスチック)のボディはそうした機体に打って付けだ。(余談)。
夜明けと共に出撃の時間が迫ってくる。タクシー.ウエーをゆっくり進むウォーバード達。翼端灯の赤と青が鮮やかに光っている。
「コントロール‼こちらWF212-AE離陸したい。滑走路に進入して良いか?」
「こちらコントロール。WF212-AE,滑走路に進入、離陸せよ。」
「こちらWF212-AE,了解、滑走路に進入、離陸する。」
一旦停止から僅かにスロットルを開け、ブレーキを外すとゆっくり進みだすP-51。
駐車場の巨大スクリーンにその様子が写し出される。だが、その姿はフルCGであり、実物の動きを完全にトレースしている。(機体のマークまで。)アマチュアとプロがあり、TV放映もされている。インターネット配信もあり、人気を博している。対戦は、史実モード、一対一、ニ対ニ、自由戦闘モード、(無差別、改造自由)等、様々なクラス分けがある。今回は、初めての空中戦に挑むパイロットにスポットを当ててみよう。
ビギナーは一対一の空中戦からだ。その内ニ対ニ、四対四と徐々にクラスが上がってゆき、最後は無差別クラス(改造自由)になる。そこまで行けば、スポンサーも付き、賞金も出るようになる。だが、上位のクラスには、元アメリカ空軍出身のジェット戦闘機パイロット等もいて、上位に行くのはかなり難しい。対Gスーツを持ち込んでいる者もいる(軍の放出品等)皆、それぞれにできる事はやっている。
「シミュレーションはやれるだけやったし、体調も整えた。後は実践あるのみだ。」
グンッ‼スロットルを全開にするとかなりの加速で3Gがかかる。
「V1」
「V2」
「VR!!」(離陸やり直しができない速度になった事)速度が上がってゆき、機体がふわりと浮き上がる。脚を引っ込めると、機体の空気抵抗が減り、更に速度が増す。上昇し、高度をとる。高度計の針がグングン回っていき、高度3000メートルに駆け上がると日の出を見られる。上空は沢山の機体が周回をしている。編隊を組み終わった部隊からそれぞれのコンバット.エリアへ向けて飛び去って行く。スッ、と大型機の影がよぎる。4機のアメリカ陸軍Bー17、フライングフォートレス(空の要塞)4発(エンジンが4つある事)重爆撃機だ。今日はどこへ行くのか。この機体は数少ない本物で、民間から各社が有料で借り受けている。どうしても華のある戦闘機に目が行きがちで、地味な爆撃機のクルーは敬遠される。社員たちも休日出勤してBー17に乗るなら、Pー51に乗って思いっきりドック・ファイトしたいと思うが、そこは特別ボーナスが出るので良しとなる。爆撃機の護衛任務は難しく、太陽の中から降ってくる敵機を追っていると次の敵機に対処できないし、追わなければまた上昇して来て何度でも攻撃してくるし。味方の数が多いのが一番だ。それなら役割を分担できる。だが州対州の大合戦ともなると500機位の戦力が集まってしまうのでもう無茶苦茶だ。それが楽しくてしょうがない人達なのだ。
「今日は初陣だ。」Pー51は快調に飛ぶ。
「WF212ーAE、コンバットエリアに向かえ。」
「WF-212AE了解。」
ピカピカの新品。慣らしの終わったばかりの機体。2010年代に初めてフライトシミュレーターに触れて以来、あこがれ続けた大空と戦闘機。気がつけば50を過ぎての初陣。250万円のベース機に30万円の空戦セット分が掛かり(ドル表示は分かりにくいのでこう書いておきます。安すぎるのは作者の希望です。)、航空大学通信教育にシミュレーター教育、飛行教育課程(実地)それらを経てやっと自由に飛べるが、Pー51や飛行教育課程が格安でも維持費は高い。ガソリン、バイオエタノール混合燃料は格安だ。30リットル100円位だ。(ガロンとドル表示は分かりにくいのでこう書いておきます。)これでは赤字だが、無人配送システムや無人トラクタ、有料駐機場等で利ざやを稼ぐ。レーザー機銃のバッテリーも一発当たり100円(12.7ミリ)で補充してもらう。7.7ミリは安く、20ミリは高い。口径によってと、弾の種類(本物でいう徹甲弾、相手を貫く弾、焼夷弾、火をつける弾、曳光弾、弾道が見やすい様に火を噴いて飛ぶ弾、炸裂弾、相手に当たると爆発する弾。)によって値段はまちまちだ。ガソリンのハイオクとレギュラーの価格の様に変動する。また、本物のエンジンは450時間も飛ぶとオーバーホール(分解整備)だが、(ドイツのメッサーシュミットBF109に搭載されているダイムラーベンツ601は廃棄)現在の技術では10年オーバーホール無しだ。ガソリン混合液とエンジンの材質が良くなった事やオイル自体が昔とは全く違う事(スリップスという。科学雑誌ニュートンより。)、電子制御直噴インジェクター(エンジンの筒内に直接燃料を噴射する機械。)のパワーをデチューン(本物は殆どがキャブレター。完全な機械式。インジェクターに比べると空気と燃料の混合比を細かく設定できない為、パワーアップしにくい。デチューンとは、意図的にパワーを落とし、燃費を良くしたり、排気ガスを綺麗にすることができるとか、エンジンの摩耗を防ぎ、持ちを良くする等、メリットがある。本来ならかなりのパワーアップができる機構なのだが、本物程度のパワーに抑えられている。ちなみにドイツのメッサーシュミットBF109は例外的にメカニカル(機械式)インジェクション装備。)等々、エンジンの持ちを良くする様々な手が尽くされている。
30分程荒れ地の上空を飛ぶ。日差しが強い。高度5000メートル。上空は寒く、空気は薄い。酸素マスクをしていないと意識が遠のく。
「こちらコントロール。対向戦から始める。計器盤をコンバットモードへ。」
「WF212-AE了解。」
有機ELに写る計器が実物のアナログモードへ変わる。2秒で計器を点検すると、機関銃を試射する。リズミカルな振動と共に発射音が響く。照準器越しに6本の光の筋が伸び、200メートル先で交差する。(弾道交差点という。)P-51の照準器は自動追尾式(後期型以降)で、相手の翼の大きさと距離をロックしてしまえば、後は相手の未来位置へと自機を誘導してくれるので、楽に戦える。だが相手も同じP-51なら条件は同じだ。油断はできない。対向戦から始まるのなら、腕は互角のはずで、ハンデ無しと見られる。いやが上にも緊張感が高まって行く。これから始まるドッグファイト(犬同士の喧嘩。互いの弱点である尻尾を取り合ってグルグル回ること)への期待と高揚。体温が上がり、汗ばむ感覚。口の中が渇き、水分が欲しくなる。
「待て待て、これからだ。」
「こちらコントロール。距離10㎞。自由戦闘だ。!!」
「コンバットオープン!!」
コントロールの声に応じる。―薄い曇の彼方に水色の影が見える。目を凝らすとエンジンと主翼らしき物だ。なおも直進しながら見ていると、銀色の機体が太陽光を反射してキラリと光る。
「間違いない、相手もP-51だ。」
機影が見分けられる。対向戦で一撃はできるが、こちらも危険だ。
本物のP-51Ⅾの武装はブローニング・12・7㎜キャリバー50重機関銃6門で、その命中率は恐ろしく高い。キャリバー50は現在でも使われている優秀な物で、銃身によっては弾の速度は音速を超え、威力は距離1000メートルで100㎜の直立したアルミ板を撃ち抜く事ができる。
地上では装甲車がやられてしまうのに、飛行機ではたまった物ではない。やられる立場になれば、「模擬戦で良かった。」と思うだろう。
激しい空中戦の中では機銃弾は中々命中しないが、それでも弱パルスレーザー機銃弾は多少命中率が良い。山なり弾道でないし、曳光弾(弾道が分かるように火を噴きながら飛ぶようにした弾)より見やすいし。だが曇の中に入ると消えてしまうので各種レーダーとコンピューターが自動で命中判定する。各機とコントロール・タワー、衛星がA・I(人工知能)でリンクしていて、安全でリアルなゲームを楽しめるようになっている。これは、2000年代にアメリカ軍やNATO軍、日本の自衛隊等が開発したデータリンク装置や、自動車メーカーの開発した自動運転技術をベースに開発した物で、今ではすっかりおなじみだ。IBM等のコンピューター会社が開発した量子コンピューターが各地のコントロールや衛星、戦闘機各機にまで、小型化・軽量化・省エネルギーで熱に強くなって搭載され、その計算速度が飛躍的に向上した結果だ。各機の未来位置を予測するソフトはマイクロソフト社のフライトシミュレーターで、1990年代のコンピューター・ゲームでは機銃を撃つと機体に硝煙(しょうえん、火薬の燃焼した時に出る煙)の煤(すす、黒い汚れ)が付く所まで再現されていた。どれほど飛びたい人がいて、どれほどこだわる人がいたか分かるだろう。それにフライバイ・ワイヤを組み込み、操縦索(操縦桿から補助翼を繋ぐワイヤの事)を動かすシステムは、コンピューター制御だ。それはパイロットの負担を軽減させ、事故を防ぐために絶対必要だったのだ。だがコンバットモードの時にはオートパイロットは極力出しゃばらないようになっている。例えば三菱零戦の場合、速度が550ノットになると操縦桿が重くなり、そのまま急降下を続けたりすると機体が空中分解するという設計だった。機体を極力軽く作らなければならなかったために強度を犠牲にしたのだ。当然、そのままではまずいので自動操縦装置はセーフモードを作っている。旋回のGが掛かり過ぎたり、速度が出過ぎたりした時には水平飛行に戻すのだ。こういう設計は世界広しといえど零戦と中島飛行機(現スバル自動車、日産自動車)の陸軍・一式戦機‘隼‘だけで、他の機体は極力頑丈に作られている。アメリカ海軍グラマンF8F`ベアキャット`はウィングチップという装置が付けられていて、旋回Gが掛かり過ぎると主翼に仕込まれた火薬が爆発して主翼の先が吹き飛び、旋回Gをやわらげてパイロットの命を守るようになっていた。
さて、話を元に戻そう。互いに正面からの撃ち合いは避けた。命中率の悪い高速でのすれ違いで、その割には危険が伴うからだ。ビギナーの使う戦法ではない。ヨーを使って機体を右へ横滑りさせると互いに水平旋回に入る。日本機なら垂直旋回(縦方向の旋回)が得意だが、欧米の戦闘機は水平旋回を得意とする。例外はアメリカ海軍(海兵隊)グラマンF4Fワイルドキャット位だ。互いに後ろを取り合う`ドッグファイト`が始まった。頭の上に見え隠れする敵機を追う。スロットルレバーを固定し、両手で力一杯操縦桿を引く。高度を失わないようにするには、失速しないようにしないといけない。だが、相手より小さい直径で旋回しなければ後ろは取れない。スロットルを絞り、速度を落とさなければならないのだ。相反する要素をどこでバランスを取るかが問われる。首が折れるかと思う程に上を向き、それでも目の上にチラチラ見えては消える敵機。完全に見失ったら負けだ。後ろに付かれて一方的に攻撃される。だからGが下向きに掛かり、目玉が潰れそうになり、血が下がって足がパンパンに膨れ、脳に血液が行かなくなって視界が暗くなっても(ブラックアウトという)旋回をやめない。そうすると、気絶してしまい、死の危険があるのでコンピューターが自動でやめさせる。
―チラチラ見えていた敵機が、ス~ッと前に来る。 「やった!!勝った!!」
照準器に敵機の距離と翼の大きさをロックする。初撃墜に胸が高まる。―敵機がフラップを降ろし、スロットルを絞る。ガクンとスピードが落ち、エンジンが不完全燃焼して白煙を吹く。プロペラが止まりそうになり、急に機体が失速する。
「ヤバい‼」
空中衝突しそうになり、パニックを起こす。落下した敵機を追い越す。グオン!!敵機がエンジンを掛け、反対方向に全速で飛び去ってしまう。
「やられた。」
コンバットエリアから先に出た方が失格となるので勝利は勝利だが、撃墜はできなかった。
「今度こそ!!」
飛行場へ向かう。